異世界を創った担い手たち #3 「あざやかな緑が開館時には紅葉に――国際文学館を彩る植栽について聞く」
2021.05.26
- 文学・芸術
あざやかな緑が開館時には紅葉に――国際文学館を彩る植栽について聞く
しとしと雨が続いた某日、傘を差しながら国際文学館(村上春樹ライブラリー)の周囲の植物をじっくりと見つめる姿があった。当館の植栽業務に携わった池田哲朗さん(住友林業緑化株式会社 環境緑化事業部)である。待ち合わせ時間よりも早くに到着し、植物たちがしっかりと育っているかを確認していたようだ。マスク越しから伝わってくる優しい笑顔が印象的で、初対面であったにも拘わらず話が弾んだ。

池田 哲朗さん(住友林業緑化株式会社 環境緑化事業部)
木にも顔がある
植栽と一言でいっても、ただ単に植物を植えるわけではない。実際に配置する場所を検討し、そこに植える木を圃場(樹木を生産するための場所)に足を運んで確認し、そして重機作業の計画や施工計画を立案する。このような事前検討を経て、現場での作業がようやく始まる。国際文学館の植栽の特徴を聞いてみた。
「今回の植栽プランは、低木混植がメインで構成されています。通常は低木だけではなく、中木、高木も一緒に立て込む(植える)ことが多いのですが、トンネルを引き立たせるようにあえて低木のみの配置としたそうです。」たしかに、ランダムに配置された多種類の植物は、入口正面から側面にかけてトンネルの流れに沿うように各々のスピードで自由に伸び伸びと成長している。
「あとは、季節ごとに彩りを変える樹種が選ばれています。今は緑豊かですが、たとえば、開館頃にドウダンツツジやニシキギは紅葉して赤く色づきます。また、常緑樹と落葉樹の配置のバランスにも気を配りました。特に木には顔があるんです。どの向きを表として見せるのか決めることが難しい。」木にも顔がある・・・。これまでに数多くの植物を見てきた池田さんの仕事ぶりが伝わってくるフレーズである。
「どの向きで植えると美しいか、いろんな角度から見ますね。人によって、正面だと思う向きが違ってくるので難しいですが、そこが面白いです。また、北側に立て込んだ8本のシラカシは群馬にある圃場に行って、数ある候補の中から選んでいただいたものです。実物を見ないとどういう顔をしているのかわかりませんので。」と柔らかく笑う池田さん。一本一本の個性を見抜き、選定し提案する仕事は、さながら「緑のプロデューサー」である。
生き物を扱う建設業、つくって終わりではない
シラカシの木々に、包帯のようなものが巻かれている理由を聞くと、「幹巻きですね。例えるのが難しいのですが、僕は人間で言うところの“衣”とお答えします。この木々は移植のために根を切断され、慣れない環境にいる状態です。その根から必死に水分を吸収しています。そのため、木にとっては生命線である幹を保護するためにこの緑化テープを巻いています。また、人間と同様、木々も日差しや寒風など外部の刺激を受けやすい。少しでも負担を減らさなくては・・・。」その話しぶりからは植物に対する愛情が溢れ出ていた。なお、木々が環境に慣れてきた頃には、このテープは人が手を加えずとも自然に還るようである。
植栽の仕事について一通り教えていただいた後、仕事に対する池田さんのお考えを伺った。「この仕事は生き物を扱う建設業です。なので、施主の方に手渡してからもメンテナンスとして面倒を見ていきます。植物は生き物なので、作業が完了して終わりではないんです。それに、造園業は昔から存在する歴史ある仕事です。実際に手を動かす職人さんたちには常に敬意をもって接しています。」
最後に、池田さんの一番好きな植物を聞いてみた。「え~そうですね。う――ん。・・・・・・ひとつに選べないです(笑)」と微笑んでいた。丁寧に植えていただいた植物たちの力強い生命力を見習って、国際文学館の展開も活気に満ちてと思った。
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