Authors Alive! ~作家に会おう~ 木下龍也×ロバート キャンベル 朗読と対談「すごい短歌部」(2025/11/19) レポート

2025年度「Authors Alive! ~作家に会おう~」の第二回目は、現代短歌ブームを牽引する歌人の一人といわれる木下龍也さんを迎え、国際文学館顧問のロバートキャンベルさんとの朗読を交えた対談を行いました。

冒頭、手土産の和菓子の話やお二人がある企業イベントで初めて出会われた時のエピソードなど、楽しいトークが披露されるなか、木下さんが何かを思い出したように「ちょっと話してもいいですか?」と切り出します。

ちょうど一週間前、打合せのために当館を訪れた際、建物の外で二人分のコーヒーを手にもったキャンベルさんに出迎えられたのだそう。挨拶を交わし、入口へ向かおうとしたとき、熱いコーヒーがこぼれキャンベルさんの指にかかるのが見えたといいます。

「きっと熱かったはずなのにキャンベルさんは何も言わなかったんですよ。けれど、僕のために用意してくれたコーヒーで確かにキャンベルさんの指は濡れていた。何も言わないようにしてくれたんですかね。僕もその時、何も言えなかったですが、その光景の細部や空気の匂いまですごく鮮明に覚えています。キャンベルさんが手を洗ってしまえば、その光景は無くなってしまうし、もしかすると、キャンベルさんは忘れていたかもしれない。こういうことを短歌にして残しておくのが、自分の仕事だと思っています」。

短歌のアイデアにつながる日常の出来事や反応について、木下さんはこんなふうに説明します。

「例えば、この会場に突然、刃物をもった人が入ってきたら、皆『あ!』と思いますよね。それはものすごく大きな『あ!』で、『早く逃げなきゃ』などと、皆が共有するものです。一方で日常生活のなかには、『あ!』と反応したけれど、誰にも話さずに心に残っている小さな『あ!』がいくつもあります。それを覚えていてほしいんです」。

自分の記憶や反応を言葉にして、五・七・五・七・七の型に当てはめていく作業は一見、難しそうですが、この形式を自分のものにしてしまえば、すっと入っていくものだそう。「言葉にした時点で生の反応とはズレが生じます。でも、そのズレをなるべく少なくして、短歌の定型の箱に入れられるようになるのは、センスでも才能でもなく、単に慣れの問題なんです」と木下さん。キャンベルさんは深くうなずきながら、「記憶をまず、煮凝りのように柔らかく優しく、心のなかにとどめておくという感じですかね」と応じました。

木下さんが本格的に作歌を始められたのは2011年。そのきっかけは、穂村弘さんの短歌集を読んだことだったそうです。

「それまでは、短歌は昔のもので勉強としてやるものだと考えていましたが、穂村さんの短歌を読んでぐっと身近になり、自分の気持ちを吐き出すためのツールになりました」。

2017年から始めた短歌の個人販売「あなたのための短歌1首」は、依頼者からメールで届くお題をもとに短歌を詠み、便せんに書いて封書で郵送するもので、著書の『あなたのための短歌集』(ナナロク社)は、この活動をベースに編纂されました。当初はすべての短歌を記録として残さず、公開する予定もなかったそうですが、出版社から声がかかったことをきっかけに、依頼者に許可を得て、短歌を提供してもらう形で100首を収録することになりました。

同書は見開きの右側に依頼者からのお題、左側には木下さんがつくった短歌が掲載されており、この体裁についてキャンベルさんが「問答のようですね」と述べると、木下さんも「まさに問答みたいになっているものもあります」と応じ、お題と短歌の朗読を始めます。

 

自分を否定することをやめて、一歩ずつ進んでいくための短歌をお願いします。

きつく巻くゆびを離せばゆっくりときみを奏でてゆくオルゴール

 

この短歌について木下さんは、「オルゴールはネジをキリキリ巻いて、手を放すことで音が鳴り始めます。自分を否定することを、もうネジが回らないのに、まだ回し続けている状態に置き換えました」と説明。続けて、もう一首を読み上げます。

 

教室を生き抜くための短歌をください。

違いとは間違いじゃない窓ひとつひとつに別の青空がある

「この依頼文はほぼ原文のままで、詳しい背景などは書かれていなかったと記憶しています。少ない情報のなかから、教室で生き抜いていけない状況にある依頼者を想像し、その人にどんな言葉を差し出せばよいだろうかと考えて、この短歌を詠みました」。

こう木下さんが説明すると、キャンベルさんは、「相手の状況を自分の記憶や経験、あるいは自分の思いと重ねて詠まれていて、依頼者にとっては、人生のさまざまなステージで助けになってくれる歌になっていますね」と評しました。

そして、話題は『すごい短歌部』(講談社)に移ります。同書は文芸誌『群像』の連載「群像短歌部」を書籍化したもので、連載では編集部が決めたテーマで短歌を募り、毎号、木下さんが選歌と講評をするほか、テーマに沿った自身の短歌も発表。短歌のテーマは、群れや夏、隙間、虫、ガム、休むなど多岐にわたっています。

「同じお題で僕も短歌を作るので、こっちとしては『これはバトルだ。応募者の歌よりも良いものを作るぞ』というモチベーションでやっていましたが、実は、毎回負けているなと感じていました」と語る木下さんに、キャンベルさんが「応募者の作品を選ぶ前に自分の歌をつくる?」と問うと、木下さんは「選んだあとですね」と返答。すると、キャンベルさんが「なんだか、ずるいですね。あと出しジャンケンみたい」と述べ、参加者から笑いが起こりました。

そして、木下さんは同書から「ヘビロテ」がテーマの一篇と講評を読み上げます。

 

我々はヒートテックの無い冬の乗り越え方を覚えていない/平井まどか

 

「僕の講評を要約すると、ヒートテックが登場する前は、冬の乗り越え方はみなバラバラだったので、『我々は』と言えるような解答がなかった。でも今、ヒートテックは一つの答えになったよねということです」と木下さんが説明。これに対して、キャンベルさんは、「日本語の一人称は英語などと違って、さまざまな形があるから面白いですよね。『我々は』という言葉からは、大きな仕組みを統合しているかのような力が感じられます。この短歌を読んで、確かにヒートテックは『僕』や『私』ではなく、『我々』が成立する出来事になっているなと実感しました」と述べました。

お二人の対談はさまざまな方向へと広がり、日本の古典詩にあたる和歌にも触れられました。そして、最後にキャンベルさんが「木下さんが詠む歌には深い愛情や慈しみが感じられます。今日、話を聞き、ご自身の経験や思いが短歌に反映されていること、そして、電子媒体を介して人間らしいコミュニティやつながりができていることがわかって、本当によかったと思います」と感想を述べ、イベントは終了しました。


木下龍也
歌人。2013年に第一歌集『つむじ風、ここにあります』を、2016年に第二歌集『きみを嫌いな奴はクズだよ』を刊行。このほか、歌集に『オールアラウンドユー』、『あなたのための短歌集』、短歌の入門書『天才による凡人のための短歌教室』や谷川俊太郎氏との共著『これより先には入れません』など著書多数。2025年4月よりNHK Eテレ「NHK短歌」選者歌人。


【開催概要】
・開催日時:2025年11月19日(水)18時30分~20時
・会場:早稲田大学国際文学館 地下1階
・主催:早稲田大学国際文学館

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