【国際文学館ブッククラブ Vol.2】 マイク・モラスキー「ピアノから聴くマイルス・デイビス黄金時代」(2025/10/16)レポート
2026.01.22
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「国際文学館ブッククラブ」第二回目は、日本文化史、ジャズ音楽研究者のマイク・モラスキーさんを迎え、「ピアノから聴くマイルス・デイビス黄金時代」をテーマにお話しいただきました。ジャズピアニストでもあるモラスキーさんは、開演前からマイルス・デイビス(以下、デイビス)の名曲を含めて演奏。そして、デイビスのバンドで活躍したピアニスト三人の来歴や演奏の特徴について、時折ピアノや音源を使いながら解説いただきました。

まず、モラスキーさんはデイビス自身について語り始めます。
「よく知られているのは、デイビスがバンドリーダーとして無名のミュージシャンを起用し、スターに押し上げたことでしょう。さらに彼は、他のジャズミュージシャンがあまり手がけなかったポピュラーソングや映画音楽を気の利いたアレンジで演奏し、流行させてジャズ界に広めた。現在、ジャズの名曲として知られる『If I Were A Bell』や『On Green Dolphin Street』なども、もとは映画音楽です」。
デイビスは19歳で、「ビバップ」という革新的なモダンジャズの第一人者チャーリー・パーカーと共演し、パーカーの歴史的なレコードにも参加しました。その後、ジャズの様々な新しい動向を広める先駆者のひとりでした。
「デイビス自身の演奏の特徴のひとつは、音数が非常に少ないことにあります。彼は、最小限の音数で最大限の表現を目指す姿勢で知られています」。
デイビスと共演経験のあったサックスの名手、キャノンボール・アダレイは、「マイルス・デイビスは、トランベットは上手くない。でもソロはすごく上手い」と述べていたそう。
「実際、デイビスの演奏のレコードを聴くと、音割れやミスがあります。でも、それは『演奏に失敗はつきもので、それがジャズのライブ感なのだ。失敗のない完璧な演奏は結局、奏者がリスクを恐れて十分な演奏をしていない証であり、それでは物足りない』という姿勢の表れなのです」。

そして、モラスキーさんはアルバム『ROUND ABOUT MIDNIGHT』からガーランドのソロ演奏を流します。ガーランドは1955年からデイビスの第一黄金期といわれるクインテットに参加しました。このバンドの特徴は、デイビスとサックスのジョン・コルトレーンの対極的なサウンドによる絶妙なバランスの演奏、そしてピアノ、ベース、ドラムのリズムセクションが放つ軽快かつ強烈なスイング感だそう。モラスキーさんは「ガーランドは非常に軽やかな音を出します。それは鍵盤の高音域を使っているから」とピアノの高音のキーを鳴らしたあと、「でも、本来のガーランドの演奏はこうではありません。彼が1953年にチャーリー・パーカーのバックをしていた時の演奏は全くの別人が弾いているようです」と説明しました。
デイビスはバンドを結成するとき、初めはピアニストのアーマッド・ジャマルに声をかけたが、断わられてしまった。そこで、ガーランドがバンドに入ってから、「アーマッドのように弾いてくれ」と依頼したといいます。実際、ガーランドのピアノスタイルはジャマルの弾き方を踏襲していますが、デイビスもジャマルから様々な影響を受けたことを、本人も自伝などで証言しています。

続いてモラスキーさんはジャズのバラード曲「My Funny Valentine」を例に、ガーランドとビル・エヴァンス(以下、エヴァンス)の演奏の違いを説明します。
「ピアノソロによるイントロは、ガーランドは数秒ですが、エヴァンスの旋律は非常に長くて、また即興のフレーズの中のアクセントのつけ方が特徴のひとつです。どちらの演奏が良いとはいえませんが、エヴァンスの美しいタッチやリリシズムのみならず、彼の斬新なハーモニー感覚が当時のジャズ界で際立ちました」。
特にエヴァンスのコードの音の重ね方が絶妙だといわれるのは、ジャズの演奏にラヴェルやストラヴィンスキーなどがつくった音の配置をよく使っているからだそう。デイビスもクラシック音楽に関心をもっていた点においても、エヴァンスと気が合ったようだと指摘します。
1963年から5年間、デイビスのバンドでプレイしたハービー・ハンコック(以下、ハンコック)は、先任者たちの長所を取り入れながら、よりモダンで独創性のあるサウンドを作り上げました。「エヴァンスの新鮮なハーモニーとガーランドのスィング感、両方の良さを合わせ持っています」とモラスキーさんは言い、アルバム『My Funny Valentine: Miles Davis in Concert 1964』を流します。モラスキーさんは、この時期のデイビス・バンドの特徴は何よりもリズムセクションの変幻自在な姿勢にあると指摘し、また1965年以降、いっそう実験的な方向に進むにつれて、ハンコックがあえてピアノに触れない時間が増えたことも聴き逃せない、と付け加えました。
さらにモラスキーさんはデイビスのバンドメンバーの変遷を紹介。そして、「ピアニストが変わるたびにバンドのサウンドが大きく変化しています。デイビスのバンドは有機的な生き物として、各自の個性を活かしながら、独自のサウンドを作り上げた。同時代の他のジャズバンドに比べて非常に独創的だったといえます」と語りました。
最後にモラスキーさんはジャズの聴き方について音楽家ならではのアドバイスを届けました。
「『Isolated listening』という、一つひとつの音を分けて聴くというやり方があります。まずジャズ演奏の基点となるベースの音だけに集中して聴く。それから、ピアノの左手の音、ドラムのシンバルという聴き方をしてみる。それが身に付いてくれば、複数の音が同時に、そしてより鮮明に響いて聴こえるようになり、ジャズの楽しみ方の幅が広がります」。
モラスキーさんのお話は大変興味深く、「もっと聴いていたい」という気分にさせてくれる、とてもスウィンギーな講演会でした。

マイク・モラスキー
早稲田大学国際教養学部名誉教授。専門は日本文化史、ジャズ研究。ジャズ関連の著書に、『ジャズピアノ――その歴史から聴き方まで(上・下)』(岩波書店、2024年度芸術選奨文部科学大臣賞)、『戦後日本のジャズ文化――映画・文学・アングラ』(青土社、岩波現代文庫、2005年サントリー学芸賞)、『ピアノトリオ――モダンジャズへの入り口』(岩波新書)、『ジャズ喫茶論』(筑摩書房)。ほかに『占領の記憶/記憶の占領――戦後沖縄・日本とアメリカ』(鈴木直子訳、 青土社、岩波現代文庫)など多数。2026年5月、岩波新書より『ピアノから聴くマイルス・デイビス』を刊行予定。
【開催概要】
・開催日時:2025年10月16日(木)18時30分~20時
・会場:早稲田大学国際文学館 地下1階
・主催:早稲田大学国際文学館
※募集時の案内はこちら
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