【国際文学館翻訳プロジェクト】ヒタ・コールさん 滞在レポート(2025/10/27-11/26)

「国際文学館翻訳プロジェクト」は、若手翻訳者の育成、翻訳文学の発展、そして世界各国の翻訳者交流を目的として、2024年度にスタートしました。その一環として、海外の翻訳者を日本に招き、1か月ほど滞在していただきながら研究活動や講演、ワークショップを行う 「翻訳者レジデンシー」 を実施しており、また今年度は初めて公募を実施し、2名の参加者が決まりました。インドネシアから来日したアンドリー・セティアワンさんに続き、ブラジル在住の翻訳者ヒタ・コールさんに当館に滞在いただきました(滞在期間:2025年10月27日~11月26日)。11月12日にはトークイベント【Translators Talk】海外に広がる日本文学 その2 ブラジルの場合にご登壇いただき、ブラジルにおける日本文学事情についてお話しいただきました。以下、ヒタ・コールさんの滞在レポートをお届けします。


ヒタ コール

私が仕事として日本文学の翻訳を始めたのは2014年。この11年の間、様々な作品を翻訳する機会に恵まれ、その意味では作品を通して日本とだんだん近づいてきたと言える。一方、コロナの影響や子育てなどの事情で日本になかなか行くことができなかったので、実際、日本に足を踏みいれたのは8年ぶりだった。

今年になって翻訳者として日本に行けるような機会を積極的に探そうと思っていたところ、早稲田大学の国際文学館翻訳プロジェクトを知り、このレジデンシーに参加できたことがとてもうれしかった。

運よく、一か月の滞在期間中、国際文学館で米田雅早先生が主宰している「日本語文学翻訳勉強会」に2回も参加することができた。一回目は来日の翌日で、Juliana Buriticaさんと一緒に松田青子さんの短編の翻訳についてディスカッションを行った。時差ボケが心配だったが、ライブラリーの心地いいスペースで、滞在中お会いしたいと思っていた翻訳者や研究者の何人かに初日から会えて、翻訳について様々な興味深い話ができて本当にすばらしかった。

来日一週間目、締め切りが迫っていた川上未映子さんの『黄色い家』の翻訳に集中し、その後、柴田元幸先生との対談イベント「Translators Talk」の準備に取り掛かった。人前で日本語で翻訳について話すのは初めてだったので大変緊張したが、柴田先生と国際文学館の皆さんのおかげでとてもいい経験になった。イベントでは、ブラジルにおけるこれまでの日本文学について紹介した。また、私が学生時代から尊敬している柴田先生と翻訳作業について対談でき、本当に貴重な一晩になった。

さらに、この滞在でとても大事だったのが、早稲田の由尾瞳先生の招待で参加した国際交流基金主催の東南アジア地域編集者向けのいくつかのイベントだった。由尾先生、Pau Pitarch先生、米田先生の講演のほかに交流会にも参加した。ブラジルの文学・出版業界は欧米の影響がとても大きいが、インドネシアやタイの業界についてはほとんど何も知らないので、とても勉強になった。

特に印象に残ったのは、滞在最終日に行われた松田青子さんと、私と同様に『おばちゃんたちのいるところ』の翻訳を担当したインドネシアのAsri Pratiwi WulandariさんとタイのGeywalin Likhitvidhayavuthさんとの座談会だった。松田さんとはオンラインで連絡を取っていたが、今回直接お会いできて心から嬉しかった。松田さんのほかに、一回ニューヨークのイベントでお目にかかった村田沙耶香さんとも再会して、数時間に渡ってポルトガル語の翻訳をはじめ、幅広いお話をした。二人ともブラジルの読者に人気があり、これからも翻訳され続けるはずの作家だから、このような繋がりはとても有意義である。

また、津島佑子さんの娘、劇作家の石原燃さんにもお会いして、『光の領分』の設定になっている駒込の周辺を案内していただいた。石原さんはブラジルの日系コミュニティが背景になっている小説も書かれているため、お母様の作品だけではなく、ブラジルでの石原さんご自身の経験についても語っていただきとても興味深かった。

滞在最終日は、松田青子さんとの座談会に加え、もう一度国際文学館の「翻訳勉強会」に参加した。由尾瞳先生と一緒に『黄色い家』の英訳を担当したLaurel Taylorさんにもお会いし、意見交換ができた。最後の最後まで非常に充実した時間だった。

レジデンシーに行く前に何人かのブラジルの編集者と連絡したが、彼らは日本の出版業界の情報を直接手に入れることの難しさを語っていた。早稲田でのイベントと国際交流基金の交流会では、ブラジルの出版業界に興味を示す方々に出会えたので、これを機に両国の業界の距離を少し縮められたらと思っている。

また、今回の滞在の目的の一つは、ブラジルの出版社に紹介できる女性作家をもっと知ることだったので、来日中にお会いできた方々に意見を求めたり、エトセトラブックスで雑誌や本を買ったりし、大正から平成にかけて活躍した私がまだ知らなかった非常に幅広い注目作家を発見できた。今のところ翻訳の予定が詰まっていて、すぐには新しいプロジェクトに取り掛かれないけれど、これから時間をかけてその作家たちに向き合っていきたい。今回の経験が私の翻訳者としての今後の活動に影響を与えることは間違いない。

ブラジルでは翻訳・日本語教師・子育てを並行していて、翻訳の仕事だけに完全に集中できる時間が限られている一方、今回、国際文学館での滞在一か月間は翻訳や文学の世界に浸ることができた。この経験を通して、どれだけこういう時間が私に必要だったのか分かった。

この機会をいただいてやっと学生ではなく、一人の日本文学の翻訳者として日本を味わうことができた。また多忙な日常に戻るけれど、今回出会った作品を読んだり作家についてもっと知っていき、また、知り合った翻訳者仲間たちとの絆を遠距離でも大切にしていきたいと思っている。

また早稲田大学の国際文学館を訪ねられる日を楽しみにしている。

 


ヒタ・コール

1984年ブラジル・サンパウロ生まれ。現在、日葡翻訳者として活動中。サンパウロ大学卒業、東京大学大学院修士課程修了(比較文学・比較文化)。村田沙耶香、小川洋子、村上春樹、有川浩、津島佑子らの作品など多数の日本文学作品をポルトガル語に翻訳。村上春樹の作品『風の歌を聴け・1973年のピンボール』(Alfaguara、2016年)の翻訳が2017年のJabuti賞翻訳部門を受賞した。

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