国際文学館ブッククラブ Vol.1 大和田俊之「ポピュラー音楽について書くこと──方法論と政治」(2025/5/14) レポート

国際文学館では、2025年から新たに「ブッククラブ」をスタートしました。文学、音楽、美術の各分野で活躍する研究者・専門家をお招きし、ご自身の著作や自らが影響を受けた書物について語っていただくシリーズです。5月14日(水)には、その第一回として、アメリカ文学、ポピュラー音楽研究者である慶應義塾大学法学部教授の大和田俊之さんを迎え、ブッククラブVol.1 「ポピュラー音楽について書くこと──方法論と政治」が開催されました。

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自分の著作についてまとまって語る機会がこれまであまりなかったという大和田さんは、栗原裕一郎著監修『村上春樹を音楽で読み解く』(日本文芸社、2010)などたびたび村上春樹文学について書いてきた経験について触れ、学生時代から世代全体が強く村上文学の影響を受けていたと述懐し、そこから研究者としての歩みを振り返ります。そして、アメリカ文学研究者として、音楽を正確に聴きそれについて書くということと政治的なスタンスを明示するというふたつの立場のあいだで、揺れ動きながら文章を書いてきたことを明かしました。

その後、ご著書を出版順に取り上げながら、それぞれの時代背景や執筆の動機について語ってくださいました。まずは『アメリカ音楽史-ミンストレル・ショウ、ブルースからヒップホップまで』(講談社、2011)です。オバマ政権時に執筆したことに大きな意味があったと大和田さんは振り返ります。19世紀アメリカ文学研究で博士号をとったのち、アメリカ音楽について授業で教えた経験が執筆につながっていること、さらに歴史がいかに構築されてきたかというテーゼを念頭に、新歴史主義、またカルチュラル・スタディーズなどの批評理論、アメリカ文学研究や日本の文芸批評、ポピュラー音楽研究者や評論家の影響のもとに『アメリカ音楽史』が書かれた背景について説明されました。さらに、語りが複数化し、さまざまな小さな歴史があらわれつづける今日の状況において、そうした個人の歴史が陰謀論と見分けがつかなくなってしまうという現代的な問題に触れられました。

続いて話題は、アメリカ音楽史の延長線上にあるヒップホップ文化へと移っていきました。『文化系のためのヒップホップ入門』1~3巻(長谷川町蔵との共著、アルテスパブリッシング(2011/2018/2019)についてお話しいただきました。怪我がきっかけで突然ヒップホップに開眼した大和田さん。特にギャングスタ・ラップを受け入れられるようになったことから、ヤンキーカルチャー的なものを自分の中に見出したといいます。つまり、本書はギャングスタ・ラップの価値観をヒップホップの中心的なものとみなし、それを「文化系」的に考えてみるという試みだった、と大和田さんは語ります。あわせて、1990年代から2010年代までのヒップホップの傾向についても触れ、『文化系のためのヒップホップ入門』の背景をご紹介いただきました。

2018年に『ちくま』に連載していたコラムをまとめた『アメリカ音楽の新しい地図』(筑摩書房、2021)についてもお話がありました。本書はトランプ政権下で書かれ、ストリーミングサービスの隆盛という新しいメディアの登場のもとに、2010年代におけるロッキズムとポップティミズム(ロックとポップ)の対立軸を捉えています。映画批評においてスピルバーグを語ることができるようになったことを引きつつ、現在テイラー・スウィフトについて語るべきだという問題意識が通底している本書は、ポップミュージックへの関心に貫かれたものだと言えるのです。

その後、ポピュラー音楽におけるアフロ=アジアなど、現在取り組んでいる研究についてもお聞きしました。最後にフロアからの質疑応答を受け、会は和やかに終わりました。

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大和田俊之
慶應義塾大学法学部教授。専門はアメリカ文学、ポピュラー音楽研究。『アメリカ音楽史—ミンストレル・ショウ、ブルースからヒップホップまで』(講談社)で第33回サントリー学芸賞(芸術・文学部門)受賞。他に『アメリカ音楽の新しい地図』(筑摩書房)、『ポップ・ミュージックを語る10の視点』(編著、アルテスパブリッシング)、永冨真梨責任編集『カントリー・ミュージックの地殻変動──多様な物語り』(監修、河出書房新社)、長谷川町蔵との共著『文化系のためのヒップホップ入門1、2、3』(アルテスパブリッシング)など。2020年ー21年ハーバード・イェンチン研究所客員研究員。


【開催概要】
・開催日時:2025年5月14日(水)18時30分~20時
・会場:早稲田大学国際文学館地下1階
・主催:早稲田大学国際文学館
※募集時の案内はこちら

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