Waseda Weekly早稲田ウィークリー

コラム

商科・理工科の開設 ―実業熱の勃興のなかで―

大学史資料センター嘱託 関口 直佑 (せきぐち なおすけ)

商科使用の校舎

2014年は、商学部の前身である大学部商科の創設から110年目を迎える。当時は、日清戦争後の実業界の目覚ましい進展により、実業教育熱が高まり、全国に商業学校が数多く作られていた。しかし、高等の商業教育を施す機関は限られていたため、早稲田大学は1904(明治37)年に商科の本科を開設した。

「学識ある者は実業の修養に乏しく、実業の修養ある者は多く学識を欠く、すなわち本科の目的はこの二者の調和を計り高等の学識ある実業家を養い、実業の修養ある学者を出すにあり。」と商科新設の目的を掲げ、ベルギーのアントワープ商業大学を模範として発足した。

遠くベルギーに範を求めたことは、当時唯一の商業高等教育機関であった東京高等商業学校がアントワープ商業大学に教科内容やそ の教授陣を倣っており、同校からの協力を仰いでのことであった。しかしながら東京高等商業学校には見られない広範な科目が設置されていたことは、早稲田大学商科における教育の独自性を表していると言えよう。

理工科全景

続いて1907(明治40)年の創立25周年に際して、理工科の開設が決定され、1909(明治42)年に機械学科、電気学科、翌年に採鉱学科、建築学科とその内容は拡充 していった。理工科の創設においても時代の要請があり、日本の産業革命の更なる進展のために、理学分野における優れた人材育成が求められていた。

「事業は吾輩等の前に俟(ま)つてゐる。南極探検、中央亜細亜の探検、其他亜細亜特有の文明の研究、凡ての科学、文学、哲学、史学これ等の諸科学が相あい俟(ま)つて進まなければならぬ。そこで其武器として何としてもこのサイエンスの完全な研究機関たる理工科を盛んにしなければならぬのである」と大隈重信は「本大学の新希望」と題する一文を寄稿し、その指針を示したのである。

こうした両科の誕生は、早稲田大学に新たな学風を生み、卒業生は近代日本発展の一翼を担ってゆくこととなった。

 

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