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糖尿病薬が「重篤アレルギー」を防ぐ?

糖尿病薬が「重篤アレルギー」を防ぐ?
~糖尿病治療薬アカルボースが腸内細菌の代謝を変え、アナフィラキシーを抑制する仕組みを解明~

北里大学、慶應義塾大学、早稲田大学を中心とする研究グループは、II型糖尿病治療薬の一つであるアカルボースが腸内細菌の糖代謝を変化させ、それによって産生される腸内細菌由来代謝物がアナフィラキシーを抑制する機構を明らかにしました。
本研究は、北里大学薬学部微生物学教室の金倫基教授、慶應義塾大学薬学部創薬研究センターの矢加部恭輔特任助教(研究当時)、慶應義塾大学薬学部医薬品情報学講座の堀里子教授、早稲田大学大学院先進理工学研究科生命医科学専攻の竹山春子教授、早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構の安藤正浩研究院准教授を中心とする研究グループの成果です。
アナフィラキシーは食物アレルギーの中でも最も重篤で、時に命に関わる急性反応として知られています。これまで、腸内細菌が免疫応答を調節し、アレルギー反応に影響を与える可能性が示唆されてきましたが、具体的な制御機構は十分に明らかではありませんでした。一方、糖尿病治療薬であるアカルボースは、食事に含まれるデンプンや砂糖などの糖質の分解・吸収を小腸で抑えることで食後の血糖値の上昇を抑制する薬剤として使用されています。
本研究では、アカルボースの「本来小腸で吸収されるはずの食事由来の糖質を大腸へ送り込む」という特性に着目し、腸内細菌叢※1と免疫応答への影響をマウスによる実験で検証しました(図1)。その結果、アカルボースは腸内細菌の代謝を変化させ、特定の細菌であるParabacteroides distasonisの増加とともに、代謝物であるコハク酸の産生を高めることが明らかになりました。さらに、このコハク酸がアレルギー反応の鍵となる肥満細胞の活性化(脱顆粒)を抑えることで、アナフィラキシー症状の指標の一つである体温低下を改善することが示されました。
また、この現象は単に薬剤投与だけではなく、食事中の糖(スクロースやマルトデキストリンなど)が大腸へ届くことによって初めて成立することも明らかとなりました。つまり、アカルボースは「薬剤」としてだけでなく、「腸内細菌に届く栄養環境を変える因子」として機能し、腸内細菌の代謝を変化させることで、コハク酸などの有益な代謝物の産生を促進していたのです。
さらに、実際の診療データに基づく医療ビッグデータ(JMDC医療機関データベース)を用いた解析により、アカルボースを含むα-グルコシダーゼ阻害薬を継続的に服用している糖尿病患者では、非服用の糖尿病患者と比較してアナフィラキシーの発症頻度が有意に低いことが確認されました。この結果は、動物実験で明らかになった腸内細菌―代謝物―免疫制御というメカニズムが、ヒトにおいても実際に機能している可能性を示しています。
本研究は、既存の糖尿病治療薬が腸内細菌を介してアレルギー反応を抑制するという、従来の概念を超えた新しい作用機構を提示するものです。今後、アカルボースや類似薬がアナフィラキシーの予防・治療に応用される可能性が期待されるとともに、「腸内細菌の代謝を操作することで免疫を制御する」という新たな治療戦略の基盤となる成果といえます。
本研究成果は、2026年5月12日(英国標準時)に国際学術誌『Nature Microbiology』(電子版)に掲載されました。

研究成果のポイント

糖尿病治療薬アカルボースの投与により、以下、①~⑤の実験結果のもと肥満細胞の活性化(脱顆粒)を抑制し、アナフィラキシーに伴う体温低下の軽減をすることが示された。
① 腸内細菌叢が変化し、P. distasonisの増加が認められる。
② 腸内のコハク酸濃度が上昇し、コハク酸は肥満細胞の脱顆粒を抑制する。
③アカルボースの作用には、スクロースやマルトデキストリンなどの消化性多糖が大腸へ到達することが必要である。
④消化性多糖が存在する条件では、P. distasonisは嫌気呼吸※2から発酵※3型代謝へ移行し、増殖およびコハク酸産生が促進される。
⑤医療ビッグデータ解析により、α-グルコシダーゼ阻害薬を継続的に服用している糖尿病患者では、非服用の糖尿病患者と比較してアナフィラキシー発症頻度が低いことが示される。

図1. 本研究の概念図 (Ⅰ)
アカルボース投与により、小腸で分解・吸収されなかったスクロースやマルトデキストリンが大腸に到達し、腸内細菌に利用される。(Ⅱ)大腸ではP. distasonisが増加し、糖が豊富な環境で嫌気呼吸から発酵型代謝へ移行することで、増殖とコハク酸産生が促進される。産生されたコハク酸は肥満細胞の脱顆粒を抑制し、アナフィラキシー症状を軽減する。(Ⅲ)さらに、医療ビッグデータ解析により、α-グルコシダーゼ阻害薬を服用している糖尿病患者では、アナフィラキシー発症頻度が低いことが確認された。

研究の背景

はじめに、アカルボースが食物アレルギー反応に与える影響を検証するため、卵白アルブミン(ovalbumin: OVA)に対するアレルギー応答を誘導したマウスを作製しました。アカルボースを投与したマウスにOVAを反復経口投与して下痢を誘導し、さらに腹腔内投与によりアナフィラキシーを誘発しました。その結果、アカルボース投与群では、下痢の発症頻度およびアナフィラキシーに伴う体温低下がいずれも抑制されました(図2A、B)。アレルギー反応の中心的役割を担う肥満細胞の活性化(脱顆粒)についてフローサイトメトリーで解析した結果、アカルボース投与群では脱顆粒した肥満細胞の割合が有意に低下していました(図2C)。
以上の結果から、アカルボースは肥満細胞の脱顆粒を抑制することで、食物アレルギーに伴う下痢およびアナフィラキシー症状を軽減することが示されました。

図2. アカルボースは食物アレルギー症状を緩和する
(A)下痢の発症頻度。
(B)アナフィラキシー誘導後の体温変化。
(C)アナフィラキシー誘導後における脱顆粒肥満細胞の割合。

次に、アカルボースによるアレルギー抑制機構を明らかにするため、既知の免疫調節因子について解析を行いました。アレルギー応答を促進する2型ヘルパーT細胞の割合は、複数の組織において対照群とアカルボース投与群で差は認められませんでした(図3A)。一方、アカルボース投与によりIgA産生B細胞の割合および血清中のOVA特異的IgAレベルが上昇しました(図3B)。IgAはIgEと抗原の結合を阻害することでアレルギー反応を抑制する可能性が示唆されているため、IgA欠損マウスを用いて検証を行いました。その結果、IgA欠損条件においてもアカルボースはアナフィラキシーに伴う体温低下を抑制しました(図3C)。
以上の結果から、アカルボースによるアナフィラキシー抑制効果は、従来想定されていた免疫因子に依存しない経路によって発揮される可能性が示されました。

図3. アカルボースによるアナフィラキシー抑制は従来の免疫因子に依存しない
(A)各種組織における2型ヘルパーT細胞の割合。
(B)IgA分泌B細胞の割合および血清中の抗原特異的IgAレベル。
(C)IgA欠損マウスにおけるアナフィラキシー誘導後の体温変化。

次に、アカルボースによるアナフィラキシー抑制作用が腸内細菌叢に依存するかを検証するため、抗菌剤投与下で比較を行いました。抗菌剤投与条件では、アカルボースはアナフィラキシーに伴う体温低下を抑制しませんでした(図4A)。そこで、関与する腸内細菌を同定するため16S ribosomal RNA遺伝子解析※4を実施しました。アカルボース投与群では Parabacteroides 属細菌が増加し、特に P. distasonis の増加が認められました(図4B、C)。さらに、無菌マウスに P. distasonis を定着させて検証した結果、体温低下が軽減されました(図4D)。
以上の結果から、アカルボースは P. distasonis の増加を介してアナフィラキシーを抑制する可能性が示されました。

図4. アカルボースは P. distasonis の増加を介してアナフィラキシーを抑制する
(A)抗菌剤投与条件におけるアナフィラキシー誘導後の体温変化。
(B)16S rRNA遺伝子解析により、アカルボース投与で有意に変動した細菌のうち上位15属を表示。
(C)全長16S rRNA遺伝子解析による細菌組成の変化。
(D)無菌マウスおよび P. distasonis 定着マウスにアカルボースを投与し、アナフィラキシー誘導後の体温低下を比較。無菌マウス非投与群の最大体温低下を基準とした差分を示す。

次に、腸内細菌由来代謝物の関与を明らかにするため、メタボローム解析※5を実施しました。その結果、アカルボース投与群ではコハク酸濃度が顕著に上昇していました(図5A)。コハク酸の増加は抗菌剤投与条件では認められなかったことから、腸内細菌由来であることが示唆されました(図5B)。次に、コハク酸の機能を検証するため、マウスにコハク酸を飲水投与してアナフィラキシーを誘導しました。コハク酸投与により体温低下の抑制および肥満細胞の脱顆粒抑制が認められました(図5C、D)。さらに、生体外培養系※6においても、コハク酸は濃度依存的に肥満細胞の脱顆粒を抑制しました(図5E)。
以上の結果から、アカルボース投与は腸内におけるコハク酸産生を増加させ、コハク酸が肥満細胞の脱顆粒を抑制することでアナフィラキシーの緩和に寄与する可能性が示されました。

図5. アカルボース投与により増加したコハク酸は肥満細胞の脱顆粒を抑制し、アナフィラキシーを軽減する
(A)メタボローム解析による代謝物プロファイル。
(B)糞便中コハク酸濃度。
(C)コハク酸投与後のアナフィラキシー誘導に伴う体温変化。
(D)コハク酸投与後における脱顆粒肥満細胞の割合。
(E)生体外培養系におけるコハク酸曝露下での脱顆粒肥満細胞の割合。

アカルボースは小腸におけるα-グルコシダーゼおよびα-アミラーゼを阻害し、未消化の糖質(スクロースやマルトデキストリンなど)を大腸へ到達させ、腸内細菌による利用を促進します(図6A)。そこで、大腸への糖供給の必要性を検証するため、飼料中の糖をグルコースに置換したグルコース飼料を用いました。グルコースは小腸で速やかに吸収されるため、大腸への糖供給はほとんど起こりません。この条件では、アカルボース投与はアナフィラキシーに伴う体温低下および肥満細胞の脱顆粒を抑制しませんでした(図6B、C)。さらに、通常飼料で認められた Parabacteroides 属細菌の増加も確認されませんでした(図6D)。次に、糖が細菌増殖に与える影響を検証した結果、スクロースおよびマルトデキストリンを添加した培地では、P. distasonis の増殖が促進されました(図6E)。さらに、細菌内の代謝状態を解析するためラマン分光法※7を適用しました。スクロースおよびマルトデキストリン存在下では、嫌気呼吸に関与するb型シトクロームの量が低下していました(図6F)。b型シトクロームは外部電子受容体を用いる呼吸鎖の構成要素であることから、この低下は嫌気呼吸の活性が抑制されていることを示唆します。すなわち、代謝が外部電子受容体に依存する嫌気呼吸から、代謝中間体を用いて迅速にエネルギーを産生する発酵へとシフトしていると考えられます。
以上の結果から、アカルボースは食餌中の糖を大腸へ供給し、P. distasonis の代謝経路を変化させることで、コハク酸産生を促進する状態へと再構成する可能性が示されました。

図6. アカルボースは食事由来の糖を P. distasonis に供給し、代謝経路の変化を誘導する
(A)通常飼料およびグルコース飼料における糖の分解・吸収の模式図。
(B)グルコース飼料下でのアナフィラキシー誘導後の体温変化。
(C)グルコース飼料下での脱顆粒肥満細胞の割合。
(D)通常飼料およびグルコース飼料摂餌時における Parabacteroides 属細菌の相対存在量。
(E)P. distasonis の増殖曲線。
(F)ラマン分光法による細菌内代謝状態の解析(酸化型・還元型b型シトクローム量)。

最後に、マウスで観察されたアカルボースによるアナフィラキシー抑制作用がヒトでも認められるかを検証するため、医療ビッグデータ(JMDC医療機関データベース)に登録された糖尿病患者を対象に解析を行いました。アナフィラキシー発症頻度と薬剤投与歴との関連について多変量ロジスティック回帰分析を実施した結果、α-グルコシダーゼ阻害薬、消化系薬剤(整腸剤など)、プロトンポンプ阻害薬が有意に関連していました(図7左)。このうち、α-グルコシダーゼ阻害薬はアナフィラキシー発症リスクの低下(オッズ比<1)と関連していました(図7左)。さらに、糖尿病患者をα-グルコシダーゼ阻害薬の服用群(18,026人)と非服用群(103,683人)に分けて比較したところ、アナフィラキシー既往は非服用群で63例、服用群で2例でした(図7右)。
以上の結果から、アカルボースを含むα-グルコシダーゼ阻害薬は、ヒトにおいてもアナフィラキシー発症を抑制する可能性が示されました。

図7. α-グルコシダーゼ阻害薬の服用はアナフィラキシー発症頻度の低下と関連する
JMDC医療機関データベースに登録された糖尿病患者を対象に、α-グルコシダーゼ阻害薬の服用群と非服用群におけるアナフィラキシー発症頻度を比較した解析およびその模式図。

今後の展開

本研究では、既存の糖尿病治療薬であるアカルボースが、腸内細菌の代謝を再プログラムし、アレルギー反応を抑制する新たな作用機序を明らかにしました。今後は、この知見を基盤として、腸内細菌代謝を標的とした新たなアレルギー予防・治療戦略の開発を目指します。
また、医療ビッグデータ解析においてもアナフィラキシー発症との関連が示されたことから、臨床研究を通じて因果関係の検証を進めるとともに、既存薬の新たな適応拡大やリポジショニングの可能性についても検討していきます。
さらに、腸内細菌の代謝シフトという概念は、アレルギーに限らず、代謝疾患や感染症など幅広い疾患に応用可能であると考えられ、本研究は「腸内細菌代謝を制御することで健康を維持・改善する」という新たな医療コンセプトの基盤となることが期待されます。

論文情報

掲載誌:Nature Microbiology (Springer Nature)  [Impact Factor (2024): 19.4]
論文名:Acarbose redirects gut microbiome utilization of dietary carbohydrates to suppress anaphylaxis in mice
著 者:Kyosuke Yakabe, Yukinobu Inoue, Yuki Yanagisawa, Shungo Imai, Shunnosuke Suwa, Masahiro Ando, Yuqing Wu, Rina Kurokawa, Srirat Tanakorn, Takeshi Haneda, Tsuyoshi Miki, Masahiro Ito, Akiyoshi Hirayama, Yosuke Kurashima, Shinji Fukuda, Koji Hase, Wataru Suda, Haruko Takeyama, Satoko Hori, and Yun-Gi Kim*(*責任著者)
DOI:10.1038/s41564-026-02350-2

本研究は、JSPS科研費(JP23K27409, JP23K18223, 22H03541)、AMED(19gm6010004h0004,  JP223fa627003, JP23gm1010009)、JST CREST(JPMJCR22N1)、FOREST Program(JPMJFR2354)、 JST ERATO(JPMJER1902)、セコム科学技術振興財団、公益財団法人小林財団、慶應義塾大学塾内研究費(潮田基金)の助成を受けたものです。

用語解説

※1   腸内細菌叢:ヒトの消化管内に存在する多様な細菌の集合体であり、互いに作用しあいながら複雑な生態系を形成している。特に大腸には数百種類、約30兆個の細菌が存在し、腸内細菌はこの部位に最も多く分布している。これらは消化、代謝、免疫などさまざまな生理機能に関与し、疾患との関連についても報告されている。
※2 嫌気呼吸:酸素の代わりに硝酸やフマル酸などの外部電子受容体を利用してエネルギーを産生する代謝様式。電子伝達系(呼吸鎖)を用いるため、比較的効率的にエネルギーを獲得できる。
※3 発酵:酸素や外部電子受容体を用いず、有機物を分解してエネルギーを得る代謝様式。代謝中間体を内部電子受容体として利用することで反応を完結させ、迅速かつ柔軟にエネルギーを産生できる。
※4   16S ribosomal RNA遺伝子解析:全ての細菌・古細菌(原核生物)に共通して存在する16SリボソームRNAをコードする遺伝子領域における特定の領域(可変領域)を解析することで、細菌種の同定が可能となる。
※5 メタボローム解析:細胞や組織、血液、糞便、尿などの生体試料に含まれる糖、アミノ酸、脂質などの代謝物質(メタボライト)の総体「メタボローム」を網羅的に同定・定量する手法。
※6 生体外培養系:マウスやヒトなどの生体から細胞を採取し、シャーレなどで培養を行い、試験する手法。
※7 ラマン分光法:物質に光を当てた際に生じる散乱光を解析し、分子の構成や化学状態を調べる手法。細胞や細菌の内部に含まれる分子の変化を、非破壊で評価できる。

 

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