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Close Up 語学教育研究所 田村すず子さん

生きたアイヌ語を未来につなぐ

少数民族の言葉であるアイヌ語を残すことがいかに重要で大変なことであるか、
またそれを教えることの大切さを田村すず子先生にうかがいました。

語学教育研究所 田村すず子さん

suzuko_tamura_eyecatch東京大学文学部言語学科卒業。同大学院人文科学研究科言語学専門課程修士課程修了。同博士課程単位取得。専門分野は言語学。早稲田大学語学教育研究所教授

著書・論文等:『アイヌ語方言辞典』(共著)(岩波’64),『アイヌ語音声資料』1~(早大語研’84~),「アイヌ語」(『日本列島の言語』三省堂’97),「バスク語」(『言語学大辞典3』三省堂’92),『アイヌ語沙流方言辞典』(草風館’96)ほか

少数民族の言葉を記録する意味

──なぜアイヌ語を始めたのですか

学生のときは日本語の文法をやりたくて言語学の勉強を始めたのですが、服部四郎先生の授業(東京大学文学部)で、「北海道に行ってアイヌ語話者が少ないのに驚いた、今すぐ、自分の専門は差し置いても、アイヌ語を記録・研究しなくてはいけない」と聞いて、その気になりました。「あなたの日本語研究にもきっと役に立つ」とも言われました。

──バスク語もやっておられるそうですが

金田一京助先生の本に、アイヌ語はエスキモー語やバスク語に似ていると書いてありましたので、どのように似ているのか知りたいと思っていました。これらの言語は、言語学の文献にはよく出てくるのに日本では知られていなかったのです。機会があって学んでみて初めて、こういう言語なんだとわかりました。それで日本人に紹介する必要を感じました。

とくにバスク語は、「能格言語」といわれる変わったタイプの言語として欧米では有名です。日本でもどこかで教えられなくてはいけない言語だと思います。早稲田大学の語学教育研究所は、他では教えられていないような言語を教えるということを看板にしていますから、その一つとしてこのような言語も置いています。

言語学、語学教育について

──言語学あるいは語学の学習に大切なことは

アイヌ語を始めたときはまず語彙調査を命ぜられたのですが、バスク語は、調査ではなく中に入って生活しながら覚えていきましたので、私自身バスク語は安心です。よい言語記述をするには、翻訳による調査をしていてはダメなんです。まず言葉の基本を身につける必要があります。

語学でも同じです。外国人への日本語教育の経験と、外国で語学の授業を受けた経験から、身につけやすい授業方法をとろうとしています。20年前にバスク語の勉強会を始めたときは、日本語訳をまったくせず、日本語の説明もほとんどせず、身振りや絵や実物を使って動作しながらやりました。それが学生にはたいへんウケて楽しんでくれました。学生も立派に育って、専門家も何人か出ました。

ところが最近、日本語に訳さない授業を、受け入れられない学生が増えています。無理はできません。それでも日本語ばかり使っていては語学は身につきませんから、様子を見ながら、なるべく日本語を少なく、目標の言語を多く使う授業をしたいと思っています。

ただアイヌ語は、語順も日本語と同じ、しかも世界のとらえ方も日本語と似ていて、訳しても害の少ない言語です。これはアイヌ語話者が日本語とのバイリンガル(二言語話者)になった結果でしょう。

言語を身につけるには実際に使うことが必要不可欠ですが、アイヌ語は教室以外では使う機会がありません。以前は合宿の形でアイヌを訪問して会話の練習をしましたが、いまはそれもできません。アイヌどうしの会話を見ていて真似て使うことによって覚える、ということも望めません。そこで、学生にはテープを繰り返し聴くよう指導しています。

アイヌ語について

──学生はどういう理由でアイヌ語を勉強しているのでしょうか

理由はさまざまです。人があまりやっていない言語だからとか、北海道出身だからとか、少数民族に関心があるとか、自分の専攻の関係でとか。アイヌに出会ったのをきっかけにアイヌ語を始める人もいました。知里幸恵さんの『アイヌ神謡集』(岩波文庫)を読んで美しさに感動したので、それをアイヌ語で読みたいという人もいましたね。

──早稲田にはアイヌ語の録音資料がたくさんあると聞きましたが

プロの技手の職員が撮ったビデオなども含めて全部で数百点あります。

服部先生には調査のとき録音してはいけないと指導されました。録音に甘えて筆記がおろそかになるという理由です。しかし、服部先生の元を離れてからは、どんどん録音しています。

昔は「文法書と辞書があればその言語はわかる」というような確かな文法書と辞書を作らなければいけない、と教えられました。でもそんなことは、私のようなものにはできっこないということが、始めてみてすぐわかりました。だいたい筆記や記述だけで言語のすべてを完全に伝えることは不可能です。それに、人間はだれでも必ず間違いをします。録音しておかなければ間違いを正すことができません。研究者が解釈した結果だけでなく、言語そのものを記録する必要があります。そうしてそれを使える形に整えて提供しなければなりません。他の研究者たちにも、それを使ってたくさんの研究をしてもらわなければなりません。

──アイヌ語を記録することの大切さについて教えてください

話者の少ないアイヌ語の場合、記録・提供はとくに大事です。しかも今、求められています。違う言語、違う文化をもった民族の存在をアイヌ民族が自ら主張するようになりました。和人に奪われた言語・文化を取り戻したいとアイヌ自身が言っています。これは本当に喜ぶべきことだと思います。私たちは、この願いの実現のために、できるだけ協力しなければなりません。早稲田大学語研は、このような社会の変化よりもずっと前から、この地味な、しかし大切な「記録」の仕事を続けてきたのです。

これを、研究、教材作り、勉強、その他なんにでも役立ててもらえるように、整備して提供しなければなりません。それにはものすごい時間と労力がかかります。これまで整備・公刊できたのは、全体の1割にもなりません。

──今後の研究についてや学生に対して思うことは

私の専門分野は、理論ではなく、記述言語学といって、何語はこういう言語なんだ、ということを調べて記述する、つまり書くことです。これは、語学学習や語学教育に直結する分野です。言語の事実がわからなければ、どんなに頭のいい理論言語学者も、何もできません。優秀な教師も、教材や授業計画が作れません。言語の調査・記述は、言語研究や言語教育の基礎です。やる気のある学生にはやってほしいです。

調査・記述のためにはフィールドワークも必要です。しかし何語であれ、フィールドワークは大変ですから、やる人が少ない。地味ですが本当に大事な仕事なので、使命感とか意気に感じてフィールドワークをする奇特な若者が早稲田の杜からたくさん出てくれればと思っています。

インタビューを終えて

言語学のフィールドワークは人が相手だけに大変なのだそうです。
語彙調査ではアイヌの長老を前にずいぶんつらい経験もされたとか。
そんな田村先生の心の強さや、言語学への熱い情熱を感じました。

CAMPUS NOW 2000/5月号 p. 7

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