Research Activities早稲田大学 研究活動

「漱石の現代性を語る―歿後100年、生誕150年を前に―」を終えて 

国際シンポジウム「漱石の現代性を語る―歿後100年、生誕150年を前に―」を終えて

中島国彦(文学学術院教授、比較文学研究室室長、シンポジウムコーディネーター)

5月16日(土)に、大学の国際会議場・井深大記念ホールで、「早稲田大学総合人文科学研究センター(RILAS)」主催の「漱石の現代性を語る―歿後100年、生誕150年を前に―」と題する国際学術研究集会が開催された。「総合人文科学研究センター」は、文学学術院の教員を中心に多くの研究者が連携・協力する研究組織で、2012年発足時から毎年国際的な年次フォーラムを開催して来たが、今年度の漱石シンポジウムは、その一部門である、50年以上の歴史を持つ早稲田大学比較文学研究室が中心になって企画し、実現したものである。開催に当たり、新宿区・岩波書店・朝日新聞社・漱石記念年実行委員会の後援をいただいた。
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2016年は漱石歿後100年、2017年は生誕150年である。漱石が生れた牛込馬場下横町も、晩年を過ごした早稲田南町も、いずれも早稲田大学にきわめて近い場所にあり、漱石はその若き日、東京専門学校で英語の講師をつとめていた。漱石のゆかりの地に近く、つながりもある早稲田大学で、いずれも本学で学んだ経歴を持ち、現在それぞれの場所で活躍しておられる方々が集まって、漱石に関する国際シンポジウムを開くことができたのは、大変うれしい。当日は、漱石研究者を始め文学研究者や学内外の学生、漱石に関心を寄せる方々などが多数集まり、漱石を論ずる6人の講演者の話に耳を傾けた。

午前中の第1部の公開講演では、「漱石へのアプローチ」として、まず文学学術院の源貴志教授が、漱石とアンドレーエフなどのロシア世紀末文学とのつながりを解明、更に社会科学総合学術院の小山慶太教授が、漱石における科学への関心に照明を与えた。漱石の文学生成を支える時代背景や知的基盤が、具体的に明らかにされたといえる。

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また、日本の近代文学を研究する海外の方々もまじえて開かれた午後の第2部のシンポジウムでは、未完の長篇『明暗』を対象に、活発な議論が展開された。基調講演をした4人からは、自分が最も注目する一節(新聞連載1~2回分)が前もって提出され、その本文が資料として参会者に配られた。選ばれた部分は、それぞれの講演者の問題意識がよく現われている部分で、参会者は作品の原文を手元で確認しながら、その講演を聞くことになり、理解が一層深まったと思う。

フランスの国立東洋言語文化研究大学のエマニュエル・ロズラン教授は、作品の冒頭を取り上げ、主人公津田と医者の会話の実態を丹念に辿り、作中に「会話の勾配」とも記されている人物間の会話の困難な実体を分析された。韓国から参加された世宗大学の朴裕河教授は、作品の底辺に流れる定住者と落ちていく移住者との間のドラマを、特異な登場人物小林を分析することで意味付けられた。『明暗』に時代の投影や作者の社会認識の深まりをみる視点は、強い印象を与えた。作家でもある文学学術院の堀江敏幸教授も作品冒頭に着目され、連載小説を執筆する営為に含まれる「探り」の内実に触れ、作品が何重もの意味合いで「探りを入れる」ことによって形成されることを明らかにされた。最後に、詩人の蜂飼耳さんは、残された結末近くの津田と清子の再会の二場面を取り上げ、詩人ならではの言葉の動きへの関心から、大事な場面がまず「気配」として描かれ、その後人物が登場するという構造に注目し、作品の言語宇宙の深まりを語られた。

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大作を絶対視するのではなく、作中のディテイルに眼を注ぎ、言葉のひだを確かめることから作品の意味や面白さを考えてみたいという今回の方針は、講演者のさまざまな指摘が響き合うことで、充分達成されたといえる。一度も「則天去私」の四文字が講演者の口からは出なかったことも、忘れられない。パネルディスカッションでは、フロアーから出された質問にも答えながら、『明暗』の問題点を話し合った。大陸に流れていく津田の友人も冒頭の医者も、おなじ小林の名前であり、いずれも作中の働きとして津田を脅かす存在になっていることを再確認したりした。研究集会全体のタイトルに「現代性」の語は用いたが、最初からこうした言葉で漱石や作品世界を外側から意味付けたりすることは、極力避けるよう心掛けた。生きた作品の言葉の動きの持つ力や、それを見据えて本文を読んで行く行為そのものが、結果的に「現代性」を生み出すはずだからである。『明暗』を介しての真摯な意見交換の現場こそが、わたくしたちの「現代」そのものだと思う。これらの講演と討論は、今年の10月末に世界に発信されるWeb版の研究誌「WASEDA RILAS JOUNAL」で紹介されることになっている。

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関連行事である、19日(火)の午前に開かれたワークショップでの、ロズラン教授のフランスにおける日本近代文学の翻訳・研究の歴史や実態の報告も、漱石・鷗外を軸にしたもので、興味いものであった。鷗外などとは違い翻訳がほぼ出そろっている漱石が、フランスの読者に根強く読まれていることの紹介もあった。研究者・大学院生の他、一般の聴衆を含め、約50名の参会者があったことを記しておきたい。

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