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微細なハンコで神経回路網を操作 シャーレ内での脳機能モデリングに向けて道筋

発表のポイント

  •  凹凸の形状が数マイクロメートルのミクロなハンコを使って、神経細胞がシャーレ内で作る回路網の形状を制御する技術を確立しました。
  • 脳での配線を模倣した形状に回路を形成させると、従来の方法で育てた細胞に比べて、生体に近い発火パターンで活動することを示しました。
  • 脳の情報処理原理の解明に向けたモデル系や、創薬を支援する医工学デバイスなどとしての応用が期待されます。

概要

東北大学材料科学高等研究所の平野愛弓教授(同電気通信研究所を兼務)と山本英明助教、同電気通信研究所の佐藤茂雄教授、バルセロナ大学物理学部のJordi Soriano准教授、東北福祉大学感性福祉研究所の庭野道夫特任教授、早稲田大学理工学術院の谷井孝至教授、山形大学工学部の久保田繁准教授らの研究チームは、ミクロなハンコを使って、神経細胞がシャーレ内で作る回路網の形状を制御する技術を確立し、生体に近い発火パターンで活動する神経回路網を作製することに成功しました。この技術は今後、脳の情報処理原理の解明に向けたモデル系や、創薬を支援する医工学デバイスなどとして応用されることが期待されます。

本研究は科研費基盤研究(B)、JST-CREST、東北大学電気通信研究所共同プロジェクト研究などの助成を受けて行われたもので、成果はアメリカ科学振興協会(AAAS)発行の『Science Advances』に、2018年11月15日(日本時間)にオンライン掲載されました。

詳細な説明

脳では、複数の細胞集団が同時に活動する状態と、細胞集団が個別に活動する状態がバランスを保っていることが情報処理の実現において重要だと考えられています。しかし性質の異なる2つの活動状態がどのようにして1つの回路に共存できるのか、そのメカニズムは明らかにされていませんでした。今回、当グループは生きた細胞が作る神経回路網の形状を操作する技術を応用して、この2つの活動状態が共存した複雑な発火パターンを発現する神経回路の作製に成功しました。そして、この回路を調べることで、生物の脳で普遍的に見られる「モジュール構造」(※)を有する神経回路は,空間的には分離されているが,機能的には統合化しやすい傾向があることを明らかにし、空間的な分離性と機能的な統合性が均衡することによって複雑な発火パターンが生まれる、という新たな仮説を提案しました。

神経回路網の操作に用いたのは、マイクロコンタクトプリンティングという手法です。この方法では,日常生活で使うハンコの100分の1程度の大きさの凹凸を持つシリコーン樹脂を使って、細胞が成長する際の足場となるタンパク質をスライドガラスの上に転写します(図1)。マイクロコンタクトプリンティングは細胞工学などの分野で広く使われていますが、今回の研究では、生物の神経系に共通して見られることが最近明らかになったモジュール構造に注目したことが、新たな知見の獲得に繋がりました。

今回の研究で扱ったのは、おおよそ100個の神経細胞が4つの均等なモジュールに分かれて存在する神経回路網です(図2)。これはもちろん、大きさも複雑さも生物の脳にはほど遠い、極めて単純な回路です。それにも関わらず、モジュール間を結ぶ神経繊維の数を制御することによって、全体が同時に発火する回路網やモジュールが個別に発火する回路網、そして両方の発火状態が混在する回路網など、多様な神経回路網を人工的に作り上げられることが分かりました(図3)。

情報化が進んだ現代社会において、ディープラーニングなどの人工知能(AI)技術に代表されるような、脳の作動原理を模倣して開発されたテクノロジーが日々の暮らしを支えるようになりつつあります。また医学的には、神経回路網における活動状態の異常は、多くの脳疾患とも密接に関連しています。このような観点から、本研究で開発した細胞操作技術は今後、脳の作動原理の理解を進めるためのモデル系、そして創薬を支援する医工学デバイスなどとしての活用されることが期待されます。

※モジュール構造
密に結合している集団(モジュール)が複数存在し、それらが弱く相互作用して全体を構成している構造。モジュール性は細胞・細胞集団・領野など複数のスケールで確認され、また線虫からヒトに至る様々な生物の神経系で進化的に保存されていることから、生物の脳神経回路を特徴づける普遍的な特徴の1つであると考えられている。

参考図

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図1. (a) 細胞接着の足場タンパク質を転写するのに用いたマイクロコンタクトプリンティングの模式図(提供:脇村 桂氏)(b) 実験に使用したシリコーン樹脂製のスタンプ (c)スタンプの表面形状の顕微鏡像

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図2. 形状の異なるスタンプ(上段)を用いてモジュール性を制御した神経回路網(下段)

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図3 蛍光イメージングによる神経活動計測(上)と活動パターンの解析から推定した機能的接続性(下)

論文情報

  • 論文タイトル: Impact of modular organization on dynamical richness in cortical networks (モジュール構造を有する大脳皮質ネットワークにおける機能的多様性)
  • 著者: H. Yamamoto, S. Moriya, K. Ide, T. Hayakawa, H. Akima, S. Sato, S. Kubota, T. Tanii, M. Niwano, S. Teller, J. Soriano, A. Hirano-Iwata
  • 雑誌: Science Advances ( DOI: 10.1126/sciadv.aau4914(新しいタブで開きます))
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