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分子の「長さ」で光の性質を自在に制御

分子の「長さ」で光の性質を自在に制御
~世界最長クラスのキラル発光ヘリセン分子の系統的合成に成功~

発表のポイント

  • キラルならせん状分⼦である「ヘリセン」を、分⼦の⻑さを揃えて系統的に合成する新⼿法を確⽴しました。
  • 窒素原⼦を含むヘリセン(7〜15環)を2⼯程で合成し、それらの有機溶媒への良好な溶解性と⾼い熱安定性を明らかにしました。特に15環体は、これまでに光学分割されたヘリセンとして世界最⻑クラスに相当します。
  • 分⼦が⼀定の⻑さを超えると、円偏光発光の増大の仕方が大きく変わる「臨界⻑」と呼ばれる転換点が存在することを発⾒しました。
  • 次世代の円偏光発光(CPL)材料設計における新たな指針となり、⾼度な光情報処理技術を⽀える円偏光発光材料への展開が期待されます。

近年、キラルな光である円偏光(Circularly Polarized Light:CPL)は、⾼輝度液晶ディスプレイの光源や、次世代の光情報通信、量⼦・スピンエレクトロニクスなどへの応⽤が期待されており、円偏光発光材料として機能する有機分⼦の開発が強く求められています。なかでも、芳⾹環がらせん状に連結したヘリセン分⼦※1は、円偏光発光材料として注⽬されてきました。
しかし、ヘリセンの従来の合成法では市販試薬から多⼯程を必要とする場合が多く、合成の煩雑さや低収率が、⾼次ヘリセン研究の⼤きな障壁となっていました。また、ヘリセンは⽐較的⼤きな円偏光発光異⽅性因⼦※2(glum値)を⽰す⼀⽅で、蛍光量⼦収率(ΦF)※3が低いことが多く、発光材料としての実⽤化を妨げる要因でした。
阿南⼯業⾼等専⾨学校の⼤⾕卓(おおたにたかし)准教授、上⽥康平(うえだこうへい)准教授、早稲⽥⼤学理⼯学術院の呉 ⾬宸(ごうしん)助⼿柴⽥⾼範(しばたたかのり)教授らの研究グループは、容易に⼊⼿可能な原料から2⼯程で分⼦の⻑さが異なる⼀連のらせん状低分⼦有機化合物であるヘリセンを系統的に合成する⼿法を開発しました(図1(a))。本研究では、7環から15環までのヘリセン分⼦の合成に成功し、分⼦の⻑さに応じて円偏光発光特性が⼤きく変化することを明らかにしました(図2)。すなわち、分子の長さが11環付近までは吸収・発光スペクトルが顕著に赤色移動し、円偏光発光の偏り(glum値)も急激に増大します。一方で、それ以上分子が長くなると、これらの変化の仕方が大きく変わることが分かりました。このことから、分子の長さに応じた光学特性の変化に「臨界長」と呼ばれる転換点が存在することを見いだしました。これは、分⼦が⼗分に⻑くなることで、分⼦内部の電⼦状態が三次元的に再編成されることを⽰しています。本成果は、分⼦の⻑さを設計変数として円偏光発光特性を制御できるという、新しい分⼦設計指針を提⽰するものです。

将来的には、⾼輝度液晶ディスプレイ⽤偏光光源、三次元ディスプレイ、光情報通信、セキュリティ材料など、⾼度な光情報処理技術を⽀える機能性有機材料への展開が期待されます。
本成果は、Wiley-VCH 社が発⾏する国際的化学学術誌Angewandte Chemie International Editionに掲載され、特に重要性と独創性の⾼い論⽂として“Hot Paper”に選出されました。

これまでの研究で分かっていたこと

キラルな光である円偏光(Circularly Polarized Light:CPL)は、⾼輝度液晶ディスプレイの光源や、次世代の光情報通信、量⼦・スピン光学技術などへの応⽤が期待されており、円偏光発光材料の開発が強く求められています。なかでも、芳⾹環がらせん状に連結したヘリセン分⼦は、不⻫※4中⼼を持たずに強いキラル光学応答を⽰すことから(図1(b))、円偏光発光材料として注⽬されてきました。

しかし、ヘリセンは環数が増えるにつれて合成が急激に困難になることが知られており、特に10環式以上の⾼次ヘリセンでは、合成⼯程数の増加、低収率、溶解性の低下などが⼤きな課題でした。そのため、これまで報告されてきた⾼次ヘリセンの多くは、個別に設計された合成法によるものであり、分⼦の⻑さだけを系統的に変えた⽐較研究はほとんど⾏われていませんでした。

また、ヘリセンは⽐較的⼤きな円偏光発光異⽅性因⼦(g値)を⽰す⼀⽅で、蛍光量⼦収率が低いことが多く、発光材料としての性能には限界があるという課題もありました。特に⾼次ヘリセンでは、分⼦サイズが大きくなるとともに⾮放射失活の増⼤し、発光効率が低下する傾向が指摘されていました。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究グループは、10環式以上の⾼次ヘリセンを効率よく合成でき、かつ分⼦⻑と光学特性の関係を体系的に検証できる合成基盤の確⽴を⽬指しました。そのために、含窒素芳⾹環を組み込んだ新しいヘリセン⾻格に着⽬し、簡潔で拡張性の⾼い合成戦略の開発に取り組みました。

本研究では、容易に⼊⼿可能な原料を基盤として、共通の前駆体からわずか2⼯程でヘリセン⾻格を構築する合成戦略を採⽤しました。この⼿法により、7環から15環まで、分⼦の⻑さのみが異なる⼀連のテトラアザヘリセンを系統的に合成しました。得られた化合物について、紫外可視吸収、蛍光、円⼆⾊性(CD)、円偏光発光(CPL)測定を⾏うとともに、理論計算(TD-DFT)による解析を組み合わせ、分⼦⻑と光学・キラル光学特性の相関を詳細に検討しました。さらに、1H-NMRスペクトル解析により、分⼦内部の構造変化についても検証しました。

その結果、7環から15環までのテトラアザヘリセンが、有機溶媒に対する良好な溶解性と⾼い熱安定性を有していることが明らかになりました。特に15環体は、これまでに光学分割されたヘリセンとして世界最⻑クラスに相当します。

光学特性の解析から、分⼦の⻑さが11環付近を境に、吸収・発光スペクトルはほぼ変化がなくなる⼀⽅で、円偏光発光特性が急激に増大する「臨界⻑」が存在することを⾒いだしました。最⻑の15環体では、⾼い蛍光量⼦収率と⼤きな円偏光発光異⽅性因⼦が同時に実現され、円偏光発光性能(CPL brightness)は既存のヘリセン系化合物を⼤きく上回る値を達成しました。

さらに理論計算の結果から、この特性向上は、分子が十分に長くなるにつれて、電子遷移に関与する遷移双極子モーメント(μe)と磁気遷移双極子モーメント(μm)の相対的な配向関係が次第に整い、円偏光発光に有利な条件へと最適化されていくことに起因することが分かりました(図3)。

研究の波及効果や社会的影響

本研究は、分子の「長さ」という非常に単純な要素が、光に対する挙動を大きく左右することを明確に示しました。これにより、これまで経験や試行錯誤に頼ることの多かった光機能性分子の設計が、確度の高い予見性をもって進められる研究へと変わる可能性を示しています。

さらに、本研究で用いた合成戦略は、容易に入手可能な原料を基盤としている点に特徴があります。このことは、特殊な試薬や複雑な前処理を必要とせずに同様の分子群を構築できることを意味しており、研究の再現性や拡張性を高めるとともに、他の研究分野への展開も容易にします。その結果、本成果は有機合成という基礎研究にとどまらず、幅広い研究者が利用可能な基盤技術としての波及効果を持つと考えられます。

このような知見と合成基盤は、光の性質を精密に制御する必要のあるディスプレイや光通信などの分野において、材料開発の効率化や高性能化につながる成果と位置づけられます。また、「構造を少し変えるだけで性質が大きく変わる」という考え方は、化学分野にとどまらず、ものづくり全般に共通する設計思想としても意義を持ちます。したがって本研究が示したアプローチは、将来的に新しい光技術や情報処理技術を支える材料開発の考え方に影響を与える可能性があり、基礎研究が社会へとつながることが期待されます。

課題、今後の展望

本研究で確⽴した合成⼿法は、さらに環数の多い⾼次ヘリセンや、他のヘテロ原⼦を含むらせん状分⼦にも適⽤可能です。今後、分⼦設計の⾃由度をさらに拡張することで、円偏光発光特性に優れた新規有機材料の創製が期待されます。将来的には、⾼輝度液晶ディスプレイ⽤偏光光源、三次元ディスプレイ、光情報通信、セキュリティ材料など、⾼度な光情報処理技術を⽀える機能性有機材料への応⽤が⾒込まれます。

研究者のコメント

本研究チームでは、10環を超える高次ヘリセンが合成上の大きな壁となってきたことを踏まえ、まずは確実に合成できる基盤を築くことから研究をスタートしました。今回、その合成基盤を確立したことで、分子の長さと光学特性の関係を体系的に調べることが可能となり、新たな知見を得ることができました。本成果は、今後の分子設計や材料開発につながる第一歩であり、広い視野を持って研究を発展させていきたいと考えています。

用語解説

※1 ヘリセン分子
複数の芳香環(ベンゼン環など)が、らせん状に連結した構造をもつ有機分子の総称。分子自体がねじれた形をしているため、鏡像関係にある2種類(右巻き・左巻き)が存在し、不斉(キラリティ)を示す。キラル光学特性、特に円偏光発光材料として注目されている。

※2 円偏光発光異方性因子(g値)
分子が発する光のうち、右回りと左回りの円偏光成分の偏りの大きさを表す指標。値が大きいほど、円偏光としての「偏り」が大きいことを意味する。円偏光発光材料の性能を評価する際に広く用いられる数値である。

※3 蛍光量子収率
分子が光を吸収した後、どれだけ効率よく光として放出するかを示す指標。吸収された光の数に対する、放出された蛍光の割合で表され、値が1に近いほど「よく光る」ことを意味する。

※4 不斉
物体や分子が鏡に映した像と重ね合わせることができない性質のこと。右手と左手の関係が代表例であり、この性質を持つものを「キラル」と呼ぶ。不斉な分子は、光や生体分子との相互作用において特有の性質を示す。

キーワード

ヘリセン分子、円偏光発光(CPL)、キラル分子、分子設計、光機能性材料

論文情報

雑誌名:Angewandte Chemie International Edition
論文名:Tetraaza[7]–[15]helicenes Synthesized by Two-Step Strategy: Length-Controlled Chiral π-Systems Exhibiting Amplified Circularly Polarized Luminescence
執筆者名:Takashi Otani1,Yuchen Wu2, Kohei Ueda1, Yuki Ikeda1, Yuna Tada1, Natsuna Kinoshita1, and Takanori Shibata2*
1:阿南⼯業⾼等専⾨学校
2:早稲田大学理工学術院
掲載日時:2026年1月9日
掲載URL:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41509001/
DOI:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41509001/
*:責任著者

研究助成

研究費名:科学研究費 基盤研究(C) 課題番号:22K05087
研究課題名:強い円偏光を発する⾼次ヘリセンの短⼯程合成法の開発
研究代表者名(所属機関名):⼤⾕ 卓(阿南⼯業⾼等専⾨学校)

研究費名:早稲田大学特定課題研究
研究課題名::”Synthesis of High-order Polyazahelicenes via Hypervalent Iodine Reagents-Intermediated Consecutive N–H/C–H Coupling”
研究代表者名(所属機関名):呉 ⾬宸(早稲田大学)

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