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特集Feature Vol.23-2 IoT&AI時代、真に役立つシステム構築へ(全2回配信)

ビジネス&社会ソフトウェア工学者
鷲崎 弘宜(わしざき ひろのり)/理工学術院教授

データを駆使して利用者モデルをつくり込む

私たちの社会に欠かせないコンピュータシステムやソフトウェア。その品質向上につなげるために、システムやソフトウェアの「構造」を意味する「システムアーキテクチャ」の研究を進めているのが鷲崎弘宜教授です。研究では、システムの開発段階からそのシステムにどんな要求があるかを予見し、対応していくトップダウンなアプローチだけでなく、実際にシステムを稼働させるなかで予見とのズレなどを見出し、改善していくボトムアップなアプローチにも取り組んでいます。今回は、そのボトムアップなアプローチの事例として、「データ駆動型ペルソナ」というモデルの構築を中心に、鷲崎教授に話を伺います。(取材日:2018年9月6日)

実際に稼働させてみる

第1回では、システムアーキテクチャの品質向上に向けたトップダウンなアプローチを中心にお話しました。一方で、品質向上に向けたとりくみにはボトムアップなアプローチもあります。IoTや人工知能を基本としたシステムが進展するなかで、関連分野の法令や利用者の要求は多様で複雑になってきました。そのため、システム開発の当初には予見できない不確実性がどうしても生じてきます。予見できなかったことにも対処して、システムを適応的に改善させていきたいわけです。

そこで、システムやソフトウェアを稼働させていくなかで、利用者の使い方などに応じて、システムやソフトウェアのアーキテクチャを改定していくといった、ボトムアップなアプローチがとられることになります。このアプローチでは、「こうすべきではないか」と立てておいた仮説に対して、実際にそれをおこない「こうだった」という結果をデータで得て、「もっとこうするべき」とシステムを改善していくといったプロセスがとられます。このボトムアップなアプローチは、得られたデータに基づいて次にすべきことを検討していくことから「データ駆動型」ともよばれます。

今回は、そのボトムアップ的なとりくみを事例をまじえながらお話したいと思います。

ボトムアップ的アプローチを説く鷲崎先生。

「データ駆動型ペルソナ」の構築

現在、私たちは、システムアーキテクチャの品質向上に向けたボトムアップなアプローチとして、「データ駆動型ペルソナ」の構築に、企業とともに取り組んでいます。「ペルソナ」とは、「こういう人物像の人がサービスを使うだろう」と期待される、具体化された架空の人物像のことをいいます。たとえば、「田中一郎さん(仮名)は25歳の会社員で、仕事では日々データ分析に携わり、システムには習熟している」とか「山元華子さん(仮名)は23歳の大学院生で、自分の修士論文づくりのため最近コンピュータを使って統計解析を始めた」とか、ある程度まで具体化された人物像です。企業はこうしたペルソナを設定して、「田中一郎さんがコンピュータを使うなら」とか「山元華子さんがソフトウェアを選ぶ場合は」といったような想定のもと、組織としての必要な戦略や、システムあるいはソフトウェアのサービスのかたちを決めていくわけです。

これまで企業は、専門家や、既存サービスの典型的利用者と思われる人にヒアリングをするなどして、何種類かのペルソナを設定し、活用してきました。

従来型のペルソナ構築と、データ駆動型ペルソナ構築の比較。(出典:鷲崎研究室、一部改変)

しかし、いまは利用者の志向が多様になり、不確実性が高まった時代です。要求や環境も刻々と変わっていきます。当初、想定していた利用者の人物像が、実際の利用者の姿とは食いちがうことも起きうるわけです。そうすると、サービスを提供するためのシステムアーキテクチャを、実際の利用者の志向に合わせて逐次、変更していかなければなりません。

企業はこれまでもマーケティングにおいて、想定と実際がちがっていれば、当然ながらペルソナの特性を調整してきましたが、そこには、いかに現実の利用者の志向に近づけるのかという課題が存在しています。私たちは、この課題に対して、実際のサービス利用者のサービスの使い方に関するビッグデータを得て、統計分析や機械学習を通じてペルソナの調整や確立に反映させていくという仕組みを開発しています。いわば、極めて現実の利用者に近いペルソナの構築に取り組んでいるといえます。

このデータ駆動型ペルソナの基本的なしくみは、私どもの研究室とヤフー株式会社とで共同研究を進めてきました。さらにその成果をもとに、不動産会社向けのクラウドサービスの開発と提供をおこなう株式会社いい生活との共同研究を展開しているところです。具体的には、利用者がサービスをどのように用いたのか、利用時間はどのくらいだったかといったデータをとり、機械学習等で分析します。その結果を、設定していた利用者のペルソナと合っているか見極めたり、提供されたサービスが企業の期待どおりに使われたかを検証したりするのに役立てていきます。

トップダウンとボトムアップの融合

ここまで、トップダウンなアプローチとボトムアップなアプローチをそれぞれ事例を踏まえて紹介してきましたが、この二つは独立したものではありません。組み合わせることで大きな成果を生みだすことができます。

トップダウンとボトムアップを組みあわせた好事例として、私たちの研究室でコマツとの共同研究という形で取り組んできた“機械学習を組み入れた品質測定評価システムの改善”が挙げられます。この改善では、まず、GQM(Goal-Question-Metrics)法という、目標(Goal)を据えて、目標達成を評価する質問(Question)と、その回答に必要なデータを得るための測定(Metric)の方法を定めます。ここまでがトップダウンなアプローチです。そして、次にソフトウェアの一部に対して人手により品質評価をあたえ、機械学習により有用な測定を選択したり評価したりするための基準値を求めるのです。この部分はボトムアップなアプローチとなります。その際、機械学習の目的に対する適切さや、機械学習を組み入れたアプローチおよびシステム全体の信頼性評価もまた重要な研究課題となり、統計的および疑似的に正しさを検証する技術への取り組みを始めています。
トップダウンに設計し、後からボトムアップに機械学習などを交えて品質を評価および改善していく。この考え方は、様々な企業のシステムアーキテクチャ構築に適用できるものです。

様々な企業との連携で進める研究。「再利用と開発環境」はトップダウン的アプローチが中心、「テスト環境と検証」はボトムアップ的アプローチが中心。コマツとの共同研究はその両方に携わる「品質測定とマネジメント」に当たる。(出典:鷲崎研究室)

「総力戦」を早稲田大学の資源と環境が支える

研究は「総力戦」だという話を第1回でもしましたが、今、早稲田大学がもっているリソースや研究環境を「総力戦」のために最大限活用しています。

具体的には、近い分野で活躍する研究者の方々の知識や技術を、研究者がお互いに活用しあっています。私は、早稲田大学グリーン・コンピューティング・システム研究機構を構成するグローバルソフトウェアエンジニアリング研究所の所長をつとめていますが、ここにはソフトウェア開発などの研究分野に携わる早稲田大学の研究者たちが、各々の得意分野を持ち寄るかたちで結集、学外からも様々な研究者が研究所を訪れたり、滞在したりしてくれます。システムアーキテクチャの品質を高めるには、様々な関連領域をつないで、社会全体までを捉えることが重要ですが、早稲田大学には「総力戦」に臨める体制が整っているのです。

(左上)外国からの研究者を招いてのディスカッション。(右上)審査員をつとめる、スマートフォン向けアプリ開発コンテスト「アプリ甲子園®2017」の決勝大会の様子。(左下)早稲田大学戸山キャンパスで開催された「IoTが急拡大する時代の社会人育成」シンポジウムでの進行の様子。(右下)同シンポジウムでのポスター展示説明の様子。(出典:鷲崎研究室)

また、人材を育成することも「総力戦」には必要となりますが、人材育成に対して、温かく見守り、応援してくれる風土も、早稲田大学にはあると感じています。私たちの活動は、ソフトウェアの部分化と再利用から始まりましたが、最近は、子どもたちへのプログラミング教育などにも広がってきています(参考: 日本経済新聞, 早大グローバルソフトウェアエンジニアリング研 未来の開発者育成探る, 2016年11月2日)。こうした新たなとりくみを奨励してくれる雰囲気が、早稲田大学にはあります。

今の研究者には、理論や技術の追究はもちろんのこと、社会に向けた成果の展開も求められています。しかし、待っていさえすれば、企業から研究の相談が来たり、資金を得られたりするものではありません。研究者が企業や社会に飛び込む“営業”と共創を積極的におこなっていかなければならないと思っています。私も、自身が主催する研究イベントを数多くおこなってきましたが、早稲田大学には、そうしたイベントを円滑におこなえる環境があるのもありがたいですね。

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プロフィール

鷲崎 弘宜(わしざき ひろのり)
早稲田大学理工学部情報学科、早稲田大学大学院理工学研究科情報科学専攻修士前期課程を経て、2003年、同博士後期課程修了、博士号を取得(情報科学)。その後、早稲田大学助手、国立情報学研究所助手、総合研究大学院大学助手、同助教を経て、2008年早稲田大学理工学術院准教授、および国立情報学研究所客員准教授に。2011年より早稲田大学グローバルソフトウェアエンジニアリング研究所所長。2016年より、早稲田大学教授、および国立情報学研究所客員教授。2018年より早稲田大学研究推進部副部長。ビジネスと社会のためのソフトウェア工学および情報教育の研究、教育、展開に従事。文部科学省社会人教育事業enPiT-Proスマートエスイー事業責任者もつとめる。産業界とのかかわりも深く、株式会社システム情報 取締役(監査等委員)、株式会社エクスモーション 社外取締役、ガイオ・テクノロジー株式会社 技術アドバイザをそれぞれつとめる。

主な研究業績

代表的な論文

  • Naohiko Tsuda, Hironori Washizaki, Kiyoshi Honda, Hidenori Nakai, Yoshiaki Fukazawa, Motoei Azuma, Toshihiro Komiyama, Tadashi Nakano, Hirotsugu Suzuki, Sumie Morita, Katsue Kojima, Akiyoshi Hando, “WSQF: Comprehensive Software Quality Evaluation Framework and Benchmark based on the SQuaRE,” 41st ACM/IEEE International Conference on Software Engineering, 2019.
  • Mohab Aly, Foutse Khomh, Yann-Gaël Guéhéneuc, Hironori Washizaki, Soumaya Yacout, “Is Fragmentation a Threat to the Success of Internet of Things?”, IEEE Internet of Things Journal, Vol. 6, No. 1, 2019.
  • Hironori Washizaki, Yann-Gael Gueheneuc, Foutse Khomh, “ProMeTA: A Taxonomy for Program Metamodels in Program Reverse Engineering,” Empirical Software Engineering, Vol. 24, No. 3, 2018.
  • Yasuhiro Watanabe, Hironori Washizaki, Kiyoshi Honda, Yuki Noyori, Yoshiaki Fukazawa, Aoi Morizuki, Hiroyuki Shibata, Kentaro Ogawa, Mikako Ishigaki, Sachiyo Shiizaki, Teppei Yamaguchi and Tomoaki Yagi, “ID3P: Iterative Data-Driven Development of Personas to Improve Business Goals, Strategies, and Measurements,” Journal of Information Science and Engineering, Vol. 34, No. 5, 2018.
  • Hironori Washizaki, “Pitfalls and Countermeasures in Software Quality Measurements and Evaluations,” Advances in Computers, Vol. 107, 2017.
  • Yusuke Sunaga, Hironori Washizaki, Katsuhiko Kakehi, Yoshiaki Fukazawa, Shoso Yamato, and Masashi Okubo, “Relation between Combinations of Personal Characteristic Types and Educational Effectiveness for a Controlled Project-based Learning Course,” IEEE Transactions on Emerging Topics in Computing, Vol.5, No.1, 2016.

編著・訳書

  • Hironori Washizaki, Nancy Mead, 30th IEEE Conference on Software Engineering Education and Training, CSEE&T 2017, Savannah, GA, USA, November 7-9, 2017. IEEE 2017, ISBN 978-1-5386-2536-1
  • Atif Memon, Yasuharu Nishi, Ina Schieferdecker, Hironori Washizaki, 2017 IEEE International Conference on Software Testing, Verification and Validation, ICST 2017, Tokyo, Japan, March 13-17, 2017. IEEE Computer Society 2017, ISBN 978-1-5090-6031-3
  • 渡辺喜道, 鷲崎弘宜, 笹部進, 辰巳敬三 著, SQiPソフトウェア品質委員会 編集, “初級ソフトウェア品質技術者資格試験(JCSQE)問題と解説 第2版”, 日科技連出版社, 2015.
  • Victor Basiliほか著, 鷲崎弘宜ほか訳, “ゴール&ストラテジ入門: 残念なシステムの無くし方”, オーム社, 2015.
  • Hironori Washizaki (editor), AsianPLoP 2015 Conference Proceedings, Hillside, 2018
  • Hironori Washizaki (editor), AsianPLoP 2014 Conference Proceedings, Hillside, 2018
  • Eiichi Hanyuda, Hironori Washizaki, Nobukazu Yoshioka (editor), AsianPLoP 2010 Conference Proceedings, ACM, 2010
  • Linda M Laird, M Carol Brennan著, 野中誠, 鷲崎弘宜 訳, “演習で学ぶソフトウエアメトリクスの基礎 – ソフトウェアの測定と見積もりの正しい作法”, 日経BP, 2009.
  • Ivar Jacobson, Pan-Wei Ng 著, 鷲崎弘宜, 太田健一郎, 鹿糠秀行, 立堀道昭 訳, “ユースケースによるアスペクト指向ソフトウェア開発”, 翔泳社, 2006
  • 中島震, 鷲崎弘宜 編集, “ソフトウェア工学の基礎〈16〉日本ソフトウェア科学会FOSE 2009”, 近代科学社,
  • ETロボコン実行委員会 著(鷲崎弘宜 分担執筆), “ロボットレースによる 組込み技術者養成講座”, 毎日コミュニケーションズ, 2008
  • 鷲崎弘宜, 丸山勝久, 山本里枝子, 久保淳人 著, 本位田真一, 深澤良彰 監修, “ソフトウェアパターン:パターン指向の実践ソフトウェア開発” , 近代科学社, 2007.
  • SQuBOK策定部会 編纂(鷲崎弘宜 分担執筆), “ソフトウェア品質知識体系ガイド – SQuBOK Guide”, 2007, オーム社.
  • 本位田真一監修, 鷲崎弘宜 他著, “コンポーネントベース開発テキスト”, 2006, 近代科学社.
  • 羽生田栄一 監修, 金澤典子, 井上健, 森下民平, 鷲崎弘宜, 佃軍治, 細谷竜一, 瀬戸川教彦, 山野裕司, 沖田直幸 著, “ソフトウェアパターン入門~基礎から応用へ~”, 2005,ソフトリサーチセンター.
  • 天野勝, 平澤章, 平鍋健児, 矢沢久雄, 山本啓二, 鷲崎弘宜, 太田健一郎 著,日経ソフトウェア編, “正しく学ぶソフトウェア設計: オブジェクト指向分析/設計を根本から理解する”, 2005,日経BP社.
  • 長瀬嘉秀, 天野まさひろ, 鷲崎弘宜, 立堀道昭 著, “AspectJによるアスペクト指向プログラミング入門”, ソフトバンクパブリッシング, 2004.

役職や賞

IEEE Computer Society Professional & Educational Activities Board Engineering Discipline Committee Chair, IEEE Computer Society Tokyo/Japan Joint Chapter Chair, SEMAT Japan Chapter Chair, ISO/IEC/JTC1 SC7/WG20 Convenor, CSEE&T Steering Committee Member, International Journal of Software Engineering and Knowledge Engineering Research Council Member, APSEC Steering Committee Member, 日本ソフトウェア科学会理事, しごと能力研究学会理事, トップエスイー教育センター理事、法務省法制審議会戸籍部会幹事、経済産業省DXを促進するためのデジタルガバナンスに関する有識者検討会委員、IPA SECジャーナル論文賞選考委員、ETロボコン審査アドバイザ、MDDロボットチャレンジ審査員、アプリ甲子園審査員、LEGO® Education Teacher Award審査員を歴任。2004年日本ソフトウェア科学会高橋奨励賞、06年情報処理学会SES2006優秀論文賞、08年情報処理学会山下記念研究賞、08年船井情報科学奨励賞、08年日経品質管理文献賞(対象文献執筆分担者)、09年テスト技術者振興協会善吾賞、FIT2009船井ベストペーパー賞、14年IWESEP 2014 Best Poster Award、16年 APSCIT Computer Research Contribution Award、17年 日本工学教育協会 工学教育賞、早稲田大学2017年度リサーチアワード&ティーチングアワード総長賞ダブル受賞(大学初)、17年情報処理学会SES2017 インタラクティブ特別賞、17年Int. J. Soft. Eng. & Know. Eng. Most Read Articles, 18年Int. J. Soft. Eng. & Know. Eng. Most Read Articles. BSフジ 「beプログラミング3」出演。日本経済新聞、毎日新聞など報道多数。

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