リスクの現場から解き明かす 地域社会のサステナビリティ
答えは常に現場にある──。社会学の原則に立ち、地域社会が直面する短期・長期の危機に向き合いながら、どうすれば持続可能性が得られるのかを追究する研究者たち。その現場とは、ときに東日本大震災や能登半島地震の被災地であり、ときにスペイン・バレンシア州の水害地でありと広がります。そこに都市社会学の視点も織り込む浅川達人所長と、日西の架け橋となって研究を深化させるカルメン・グラウ・ヴィラ研究員にお話を聞きました。
◆短期と長期、二つの側面から持続可能な地域社会を考える

浅川達人(所長/早稲田大学人間科学学術院教授)
──浅川先生は「地域社会と危機管理研究所」としては2代目の所長、さらにその前身である社会科学研究所当時の災害研究グループを含めると3代目の代表となるとのこと。長く活動を続けてこられた研究組織なのですね。
浅川:この早稲田大学での研究グループとしての活動の発端は、東海地震と大規模地震対策特別措置法が話題になり、災害研究が次第に脚光を浴びつつあった1980年代初頭にさかのぼります。その頃、社会学の大家で早稲田大学名誉教授を務められた秋元律郎先生を中心に、現在名誉教授で本研究所の顧問である浦野正樹先生たちが加わって研究活動が始まりました。それから数えると、もう45年くらいの歴史を持つ研究グループということになります。
その後、長崎県の雲仙・普賢岳で起こった噴火と火砕流による大災害、1995年の阪神・淡路大震災、そして2011年の東日本大震災、最近では2024年の能登半島地震というように、大きな災害を一つの契機として、危機的社会状況における地域社会の諸問題や、持続可能性についての研究をつないできました。
──研究所の名称にある「危機管理」は、主に災害時を想定しているのでしょうか。
浅川:必ずしもそうではありません。地域社会における「危機」には二つの側面があり、災害やパンデミックのように急激に起こって災厄をもたらす危機がある一方で、じわじわと時間をかけて慢性的な支障をもたらす人口減少のような危機もあります。このような二つの危機の中で、地域社会が存続していくには何が必要なのか、どのような仕組みをつくるべきかを追究することが、この研究所の目的です。
──短期的な危機と長期的な危機、それぞれ種類の異なる対策なり研究なりが求められるようにも思えます。
浅川:そう見えるかもしれません。しかし、緩急の差こそあれ、実は同質の問題として捉えることができるのです。突発的な危機であっても長引く危機であっても、何らかのリスクをどのように評価し、どう立ち向かい、何をして備えるかという考え方自体に変わりはないからです。ただし、そのアプローチの仕方は、危機の段階や地域の特性によって千差万別です。
例えば、大震災の被災地で、最初に仮設住宅をつくり、次に恒久的な住宅地を整え、道路をつくる。大都市であれば、そのような社会インフラの整備が復興の中心になるかもしれません。でも、高齢者が支える農村や漁村ではどうでしょう。漁港を修復したとき、仕事に戻れる人がどれだけいるか。宅地はあるのに、住む人がいなかったらどうですか。学校を失い、被災地から逃れていった若い人たちは、どうすれば帰ってくるのでしょう。そこまで合わせて考えなくては、持続可能な地域社会をつくることはできません。
さらに長期的な人口減少の場合、それがリスクだと認識していない人も数多くいます。必ず来るとわかっているはずの首都直下地震を、日常的な危機と捉えて過ごす人はあまりいませんよね。そうした場合は、啓発も重要な課題です。つまり、どのような地域で、どの時期に、何が必要なのかを見極めて、適切にリスクに対処する術について研究することが、短期にも長期にも等しく求められるということです。
◆教育やジェンダーの視点を取り入れた防災システムを

招聘研究員のカルメン・グラウ・ヴィラさん
──本日はスペインご出身の招聘研究員、カルメン・グラウ・ヴィラさん(専修大学講師)にも同席いただきました。どのような研究をなさっていますか。
グラウ:日本の人々がどうやって災害を乗り越え、復興を果たし、その過程で得た教訓を次の世代に伝えているか。そういうことを被災地から直に学んで、スペインや他の国々に役立てるための研究をしています。例えば、災害時にメディアをどう使うか、地域のリーダーシップはどう発揮されるか、女性たちの活躍はどうか、子どもたちに何を教えるか。シンプルに言うと、日本の防災システム全体について知ることです。
──スペインにおけるそうした防災のあり方と、日本のそれとはどんな違いがあるのでしょうか。
グラウ:私の故郷はスペイン東部のバレンシア州ですが、昔から洪水災害のよく起こるところで、私自身も小学生のときに被災した経験があります。最近では2024年10月に大きな洪水があり、過去最大の被害となりました。それだけ長い水害の歴史があり、多くの人が犠牲になってきたのに、その教訓がうまく次の世代につながらない。防災体制を定めた法律はあります。でも、実際の対策はあまり進んでいるとはいえません。
日本の場合、命を守るシステムが法律や制度としてだけでなく、コミュニティの中や、学校の中にきちんと根づいている。防災情報がさまざまな場所で共有されて、災害が起こるたびに仕組みが改善されています。そういうレジリエンスのつくり方が違います。
──具体的には、どのようなところに注目していますか。
グラウ:教育の役割は大きいと思います。日本では小学校でも職場でも、避難訓練や防災研修が普通に行われていますよね。ですから私も、昨年と今年、バレンシアに出張で帰ったとき、地元の高校で防災のワークショップをしたり、市役所の水害担当者向けの訓練をしたりしてきました。環境省でも講習を行って、日本の防災について説明しました。とても熱心に聞いてくれましたし、他の役所や学校からもたくさんリクエストが来ています。
──地元ガンディア市のラジオ局から研究賞の表彰も受けられたとか。カルメンさんのご活躍で、市民の防災意識が変わりつつあるようですね。
グラウ:はい、ありがとうございます。多くのメディアで、日本の防災について紹介することができました。私がもう一つ、大事なこととしてお話ししているのは、ジェンダーの視点から防災を見ることです。女性と男性、子どもと大人、高齢者、障がいのある方、会社員と自営の人、いろいろな立場の違いによって、災害の影響は違ってきます。被災に備えて準備しておくものも、それぞれ違いますよね。実際に支援や復興の活動を行うときは、メンバーに必ず女性を入れるべきだと思います。

地域への多大な貢献を称え、Radio Gandiaから研究賞を授与されたカルメンさん。 撮影:Àlex Oltra, Radio Gandia SER.
──国際的にジェンダー・ギャップ指数が低い日本としては、逆に学ぶべきことがありそうです。
グラウ:ところが、日本の地域社会、特に地方のコミュニティでは婦人会のチカラがとても大きかったりするんです。東日本大震災で被災した吉里吉里(きりきり)地区(岩手県大槌町)を訪ねたとき、地域の歴史を調べてそれがわかって、とても面白かった。昔から女性の貢献は大きかったけれど、裏に隠れていてよく見えなかったのですね。
◆現場に立ち、人々の声なき声から地域の課題を知る
──お話を伺っていて、「現場」に足を運ぶことの大切さが伝わってきました。
浅川:社会学では、現場の巡検は非常に重要です。私たちも今、年に一度は奥能登まで行きますし、東日本大震災のときは学生を連れて、毎月必ず現場に入っていました。私の専門は都市社会学で、実はそれまで災害との接点はあまりなかったのですが、東北被災地の復興過程を研究するプロジェクトで浦野先生とご一緒したのをきっかけに、地域社会の持続可能性を探るうえでの災害研究に足を踏み入れることになりました。カルメンさんに来ていただいたのも、そのプロジェクトがご縁です。
グラウ:はい。私はバレンシア大学在学中に日本に留学した後、スペインに戻って大学院を出てから2010年にまた日本に来ました。ですから、東日本大震災のときは私も東京にいて、自分の子ども時代の体験もありましたから、日本の災害対策に学ぶことは大きいと思ったんです。それからペルーのユネスコに勤めた後、災害研究に集中するため日本に戻り、博士課程での研究をスタートさせました。それが2018年。それで、現場を見るために浅野幸子先生(減災と男女共同参画研修推進センター共同代表)の紹介で東北に行き、浦野先生や浅川先生との出会いにつながりました。
──なるほど、現場つながりで人との出会いも研究の幅も広がりますね。東北の被災地にはどんな思い出がありますか。
浅川:先ほどの吉里吉里が、震災後に私と学生たちが入った最初の現場でした。当時、私は明治学院大学にいて、学生メンバーは女性が中心でしたから、瓦礫撤去とかの力仕事ではない支援活動として、避難所の移設を手伝うことにしたんです。ところが、地元住民の方々に会った途端、「ありがとう、よく来てくれました。でも、さようなら」と門前払いです。「どうせ今だけでしょ。自分たちで頑張るから結構です」と。それから毎月通い詰めて2年ほど経った頃、ようやく藤本俊明さんという、地域の復興対策本部長からお声がかかって具体的な話が始まりました。
──たいへん根気のいる活動ですね。現地の方々はなぜ疑心暗鬼だったのでしょう。
浅川:漁村というのは、住民同士の協力で成り立つ共同体です。船を陸に上げるのも、獲った海産物を仕分けるのも、一人ではできませんから共同作業が基本です。だから自然と地域の中の結束が強くなり、人と人との関係も深くなるのでしょう。子どもたちにもその不文律を伝え、男たちが漁に出て長く帰ってこない間、女性たちが地域を守ります。ですから、カルメンさんが言うように婦人会の役割が大きくなる。そうした文化の根づいた地域に、外部の人間がおいそれと入り込むことはできません。
──そうした人間関係があるからこそのレジリエンス、持続可能性ともいえそうです。

吉里吉里の地に建つ震災復興記念碑。カルメンさんによるスペイン語・英語訳の碑文も添えられている。
浅川:まさにそういうことです。人と人の結びつきがあるから、災害を乗り越えることができる。その結びつきは一朝一夕ではできません。何十年という長い年月をかけて培い、社会のシステムとして定着します。その仕組みをどうつくるか。突発的な災害と長期的なリスクを同じ枠組みで捉えるのには、そうした意味合いもあるわけです。
吉里吉里の場合、震災で途切れそうになったその絆を、いかにつなぎとめるかが課題でした。町をつくり直し、人々が集まる場所と仕組みを整えて、さあこれからというときに今度はコロナ禍に見舞われて、集まることができなくなった。それが本当に厳しかったと、地元の方々から聞きました。今、若者も参加し、自分たちの存在と役割を再認識できる場としてのお祭りや運動会を復活させながら、この地域が大切にしてきた資産や仕組みをもう一度甦らせようとしているところなんですね。
◆人口減少社会における都市部の危機管理も大問題
──これからのカルメンさんのご予定についてお聞かせいただけますか。
グラウ:災害対策だけでなく、気候変動対策なども含めて地域社会が抱える危機を幅広く捉えて、日本のシステムに学んだことを発信していきたいですね。今は特にスペインへの還元に力を入れていますけど、ヨーロッパは全体的に気候変動への関心が高いですし、実際にその影響で災害の激甚化も進んでいますので、私にできることがあれば、どんな場所にも行って頑張りたいと思います。
──浅川先生が所長に就いて1期5年が終わり、2026年度から第2期が始まっています。これからの抱負はいかがですか。
浅川:一つは、これまで積み上げてきたことのさらなる追究。具体的には、東日本大震災や能登半島地震の被災地における持続可能性の問題ですね。どちらも時間が経つにつれ、世間の記憶は薄れていきますが、まだ多くの課題が残されたままです。特に、人口減少に歯止めが掛かっていない現状をどうするか。どうすればそれを乗り越えて持続可能性が得られるか。追い続けなくてはならないテーマです。
その人口減少ですが、これは地方だけでなく、実は都市部においても大きな問題です。地方から都市へ来る人たちが多いわけですから、その人口が減れば、都市への影響も避けられません。人口減少社会の中で、都市の持続可能性はどのようにして得られるのか。これが二つ目のテーマです。
関東大震災から100年以上が過ぎました。再び災禍が訪れる前に何をすべきか、起きたときにどうするかも考えなくてはなりません。例えば、マンションの給排水問題。最近の建築物は耐震設計が進んでいますから、倒壊はしないかもしれません。でも、建物内部の上下水道管は相当なダメージを受けるはず。高層階の住民はどうしたらいいのでしょう。これはもう、長期的リスクとはいえない問題かもしれませんよ。





