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プロジェクト研究所ちょっとお邪魔します! 環境経済・経営研究所

「環境と経済」の両立に挑む実証研究プロジェクト

環境と経済は必ずしも対立する関係にはなく、社会の仕組みづくりによって両立関係は持続できる──。40年近く前、大学講義に触発されて学究の道へと進んだ経済学者は今、カーボニュートラルの実現に向けて全世界が道筋を探る中、かつての思いが現実になることを確信しながら「炭素価格」の実証研究に臨んでいます。有村俊秀所長の来し方を交え、環境経済・経営研究の多面的な魅力に耳を傾けます。 

エビデンスに基づく政策提言を目指す学際的研究 

有村俊秀(所長/政治経済学術院教授)

──環境経済・経営研究所が発足したのは2016年。国連総会でSDGs(持続可能な開発目標)が採択された翌年です。どのような経緯で立ち上げられたのですか。 

それよりだいぶ前から私たちの研究活動は始まっていたのですが、日本や世界が抱える社会的課題に対して学問領域の枠を超えて研究者が集う、早稲田大学重点領域研究機構という組織の一つとして発足しました。2016年のことでした。

環境経済学というのは、平たくいえば、環境負荷を減らしながら経済発展を続けるための方策を探る学問ですが、特徴として学際的なアプローチを必要とします。例えば、EUでは、アルミや鉄鋼などの輸入品に対して一定の条件で炭素価格(カーボンプライシング)を課す、炭素国境調整措置(CBAM)という制度が2026年から段階的に導入されることになっています。これによって貿易経済にどんな影響が生じるかを分析するのは経済学の範疇といえますが、WTO(世界貿易機関)など自由貿易を推進する国際的枠組みとの関係から見た妥当性を問うとなれば、法学的な分析が必要です。また、そうした環境規制に適合した製品の開発には工学的アプローチが求められるでしょうし、企業の経営戦略に直結することですから、当然のように経営学の知見も欠かせません。 

このように多面的な学問であり、早稲田の学内にも関連する専門家が大勢いるにもかかわらず、組織の独立性という壁もあって必ずしも十分な連携がなされているとはいえない状況でした。そこで、この研究所を立ち上げて多様な研究者が一堂に会する拠点にしよう、それも早稲田に限らず、国内外の大学・学術機関とも広くつながる場にしたいと考えました。 

──重点領域研究機構は2020年に役割を終え、現在の総合研究機構へと発展的に改組されました。その際、プロジェクト研究所の一員として改めて環境経済・経営研究所が誕生したわけですね。 

はい。そのとき、学際性と並ぶこの研究所のもう一つの特色として引き継いだのが、データに基づく定量的な分析を行い、そこから得られるエビデンスに基づいて政策提言をするという基本スタンスです。どんな分野でもデータ分析が不可欠となった今では想像もつかないことかもしれませんが、つい十数年前までは経済学をはじめとする多くの学問で、理論こそが重要とされていたのですね。そこに、実証データに基づく政策提言という新風を吹かせようと。我々メンバーの間に、そうした強いモチベーションがありました。 

実際、行政の世界では少し前からEBPM(Evidence-Based Policy Making:エビデンスに基づく政策立案)の重要性が叫ばれ、環境・エネルギー分野でも実践されるようになっています。それを追究してきた学者の一人として、感慨深いものがあります。 

◆経済活動と環境保全を両立させる5つのプロジェクト  

──そうした方針の下で、具体的にはどのような研究テーマが動いていますか。 

大きく分けて、①省エネルギー、②炭素価格、③途上国、④企業、⑤政策・技術受容の5つのプロジェクトがあります。 

①省エネルギープロジェクトでは、省エネに役立つ商品の購入といった個人の省エネ行動がどのような要因で進むのかについて、社会実験や調査によって明らかにします。これには商品の価格だけでなく、周囲の環境や行動によって影響を受けるという、いわゆるピア効果や社会規範の検証も含まれます。例えば、このテーマを担当する片山東先生(商学学術院教授)の研究グループは、冷暖房の設定温度に関する省エネ行動の研究で米国のトップジャーナルから高い評価を受けました。 

②炭素価格プロジェクトでは、炭素税やCO₂排出量取引などのカーボンプライシングの効果を実証的に研究します。企業だけでなく、大学などの教育機関もそうですが、製造工程や電力消費などを通じて多くの炭素を排出する組織にはお金を課す、という考え方ですね。排出量の上限を定め、それを満たす組織と足りない組織の間で排出枠を売買する。それが排出量取引です。これによって組織の行動がどう変わり、気候変動対策にどれだけの効果が表れるのかを検証します。 

こうした気候変動対策や省エネ行動に関して、開発途上国の事情をベースに研究するのが③のプロジェクトです。例えば、インドやブータンの農村部では家の中で薪や牛糞を使って火を起こす地域があるため、室内空気汚染が大きな課題です。その危険性をどのように伝え、人々の行動変容やエネルギー転換につなげるか。また、フィリピンでは急速な経済成長に合わせてエアコンの普及が進んでいますが、どうすれば省エネ型の製品をより多く買ってもらえるか。そうしたことが研究テーマになります。 

気候変動の大きな要因が経済活動にある以上、④企業における環境負荷低減に向けた取り組みも重要なテーマです。日本では2020年10月に菅義偉首相がカーボンニュートラルの実現を目標に掲げ、2050年までに温室効果ガス排出量の実質ゼロを目指すことを宣言しました。これを機に、気候変動対策に向けた企業や行政の動きが進み、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)などへの対応が加速しましたね。では実際に、どうすれば企業活動で環境負荷を低減できるのか。

いろいろなケースがあるため、データに基づく企業研究が欠かせません。 こうしたさまざまな研究の成果を政策提言や技術革新につなげるうえで、その政策や技術がどれだけ人々に受け入れられるのかを検証することも大切です。より受容されやすい制度や技術とは何か。⑤のプロジェクトでは、海外の学術機関とも連携した共同研究を進めています。

◆カーボンプライシングの仕組みづくりで環境問題に対処 

──有村先生ご自身は、カーボンプライシングの研究を中心になさっているとのこと。関心を持たれたきっかけは何でしょう?  

最初は学生時代。カーボンプライシングというより、排出量取引というものに関心を持ちました。1980年代の終わり頃でしたか、国立公害研究所(現 国立環境研究所)の研究員で、後に気候変動研究で偉大な功績を残された森田恒幸先生の講義を聴いて、非常に面白いなと。当時はまだ、環境保全と経済発展は対立するものというイメージが社会全般に根強くあった。その中で、経済メカニズムによって環境問題を解決しようという真逆の発想に惹かれたんですね。それで、ジャーナリストから学者へと進路を変更。卒業後は大学院に進み、米国のミネソタ大学で博士号を取りました。そのときの論文テーマが、二酸化硫黄酸(SO₂)の排出量取引でした。 

その頃は地球温暖化よりも酸性雨が大きな課題で、米国やカナダの森林破壊が社会問題となっていました。その原因となる石炭火力発電所などから出るSO₂の排出量を減らすために、この仕組みが使われ始めていたんですね。私はその有効性を、実証データをもとに明らかにしたいと考えました。私が博士論文執筆中の1997年、京都で開かれたCOP3(国連気候変動枠組条約第3回締約国会議)で採択された京都議定書に、CO₂の排出量取引制度が盛り込まれたのですから、時代の流れは速いものです。 

──まさに時機を得た研究テーマで、注目を集めたのではありませんか? 

ところが、日本国内ではその後、排出量取引制度はあまり進展しませんでした。国際社会で真っ先に必要性を提唱したのは日本政府だったのですが。それで、私たちはまず、自治体レベルで先行する東京都と埼玉県の事例を対象に調査分析を行い、経済的インパクトを明らかにして国への政策提言へとつなげる、というアプローチを取ることにしました。 

東京や埼玉で排出量取引が進んだ背景には、化石燃料を大量に使う発電所や製鉄所などの設備が少なく、企業の抵抗感が比較的弱い事情もあったのでしょう。行政の後押しも受けて調べたところ、事業所からのCO₂排出量の削減に、排出量取引が効果的に働くことをデータをもって示すことができました。それだけでなく、極めて興味深いことに、東京や埼玉で排出量削減の実績を築いた企業の多くが、他の地域にある事業所でも同様の成果を上げていることがわかったのです。 

一般にカーボンリーケージといって、炭素排出規制の厳しい場所から緩やかな場所へと、炭素を出す生産拠点などを移転させる動きが懸念されるのですが、この調査により、必ずしもそうではないことが実証されました。なぜこうした行動変容が起きるのかは、さらに調査分析を必要とするところですが、経営的に見て環境対応に利点があり、新たなビジネスチャンスに結びつく可能性があるのではないかと見ています。 

◆政策提言、その先にある社会実装に向けた挑戦 

──2026年度から、日本政府の排出量取引制度(GX-ETS)が本格稼働のフェーズに入っています。これまでの政策提言活動の成果といえるのではないでしょうか。 

2020年のカーボンニュートラル宣言以来、大きな追い風が吹いてきたのは確かだと思います。この数年、環境省からの研究費や企業との共同研究といった外部資金も得て、さまざまな実証研究を進めることができました。また、私自身、カーボンプライシングに関する省庁や自治体の審議会委員を務める中で、排出量取引の社会実装が進んでいく様を目の当たりにできたことは幸運だと思います。 

研究所の成果としては、前述の片山先生や、招へい研究員の松本茂先生(青山学院大学経済学部教授)とともに2017年に刊行した『環境経済学のフロンティア』(日本評論社)をはじめ、さまざまな出版物を通じて、実証研究の意義とエビデンスに基づく政策提言の重要性を発信してこられたことは大きいですね。

2021年には、私と松本先生、そして鷲津明由先生(社会科学総合学術院教授)によるプロジェクトの成果をまとめた英文書籍“Carbon Pricing in Japan”で、環境経済・政策学会論壇賞をいただくこともできました。翌年には鷲津先生と招へい研究員である杉野誠先生(法政大学人間環境学部教授)ほか、文理融合による多くの研究者の協力で『カーボンプライシングのフロンティア』(日本評論社)を刊行しています。

──プロジェクト研究所として2期目(2026-2030年度)の活動に入りました。どんなプロジェクトに注力していかれますか。 

たくさんあるので絞るのはとても難しいのですが、新しい動きとしてはCCS(Carbon dioxide Capture and Storage)の社会実装に向けた取り組みが挙げられます。CCSとは、CO₂分離・回収・貯蔵といって、石炭火力発電所などが出すCO₂を大気に放出される前に回収し、地中深くに埋めてしまう技術です。再エネ普及への過渡的措置として世界的に注目されていて、そのためのファイナンスを含む国際的なメカニズムに関する研究を、鷲津先生や中垣隆雄先生(理工学術院教授)とスタートさせたところです。ぜひご期待ください。 

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