総合研究機構では、教員や研究員が、所属する「学術院」という枠組に捉われることなく、また、文系・理系を問わず、自由な連携による研究を推進するための「プロジェクト研究所」を束ねつつ、これまで多くの研究者の学術への挑戦を支援してきました。
本機構の創設から20余年が経ち、社会情勢が大きく変化している中で、本機構が果たすべき役割、現状の課題、これからの在り方について見つめ直すため、今回、本機構の運営に深く関わられている先生方による鼎談を開催しました。
川上 泰雄(かわかみ やすお)
スポーツ科学学術院教授。専門はバイオメカニクス、運動生理学。東京大学教育学研究科修了。博士(教育学)。東京大学助教授、早稲田大学助教授を経て2005年より現職。2020年より総合研究機構長、2021年より早稲田大学理事を務める。
吉野 孝(よしの たかし)
政治経済学術院教授。専門は英米政治学、政党論、アメリカ政治。早稲田大学専任講師、助教授、米国ジョンズ・ホプキンズ大学高等国際問題研究所客員研究員を経て、1995年より現職。2010年より総合研究機構審査選考委員を経て2017年より審査選考委員長を務める。
大野 髙裕(おおの たかひろ)
創造理工学部経営システム工学科教授。専門はコストマネジメント、環境マーケティング。早稲田大学専任講師、助教授を経て1994年より現職。2019年より総合研究機構評価委員長を務める。
強みを活かし、独自性を引き出す分野横断的な研究の枠組み
川上:経済活動の急激な変化や18歳人口の減少を踏まえると、大学は、自らの強みや独自性を捉え直したうえで、新たな研究活動の方向性を見出していくことが求められていると考えます。本学の「強み」は、総合大学として10学術院の下に35の学部・研究科を設け、広範囲な専門領域で教育・研究活動を展開していることであると言えるのではないでしょうか。そして、その「強み」を凝縮・体系化させた組織的な枠組みが本機構であると思います。本機構には、既存の学術分野を超えて、先生方が集まり、新たな研究に向けて学際的なアプローチを行う多種多様なプロジェクト研究所があります。その数は100を超え、延べ3,000名近くの研究者が研究活動を展開しています。これは、他の大学には類のない本学の「独自性」を打ち出すものであるといえます。これらのプロジェクト研究所に対する支援や、時勢を見据えたスクラップ&ビルド、研究成果の広報活動を担い、さらなる研究活動の活性化・発展を促すことが、本機構の役割であると考えます。
大野:本機構が創設される以前は、各学部に設置された研究所の中で、学部に所属する先生方が研究を実施していました。しかし、「学部横断的な研究交流がない」、「研究所運営にフレキシビリティに欠ける部分が大きい」という課題が顕在化してきました。そこで、総合大学としての特性を活かすことができる、全学横断的な研究組織が必要だと考えられるようになったのです。プロジェクト研究所、そして総合研究機構はそうした動きの中で発展してきました。横断的な研究のモデルケースとしましては、文理融合による研究活動を実施している「データサイエンス研究所」が挙げられます。現代社会においては、膨大なデータを分析し、人間の意思決定に活用することが求められています。ビッグデータの活用という、データサイエンスの応用範囲は人文系にも広がりをみせています。実際、同研究所には様々な分野の研究者が集まり、多種多様な業界・業種の企業から持ち込まれたビッグデータを分析・組み合わせ、新しい価値を引き出すことに成功しており、その結果が論文になるという成果も出ています。
吉野:政治学者の観点から申しますと、データサイエンスは、現在、政治学では投票、政党支持、政策評価、政治信頼度などの分析に応用されています。これは、ビッグデータ時代の社会の要請に応えるためには欠かせない変化です。しかも、データに基づく計量的な分析手法は、研究の在り方も変えつつあります。これまでは、人文社会系と理工系の教員が同じ研究会に参加するようなことはあまり見られませんでしたし、そもそも、言葉一つをとってみても、その意味が人文社会系の研究者と理系の研究者とでは異なることから、話が嚙み合わないという事態が生じていました。
しかし、最近では、このデータに基づく計量的な分析手法が人文社会系と理工系とで研究を近づけることになり、両者が研究会を行う際には、それぞれの語意の認識の相違点を埋めるところから始めるなどの取り組みが見受けられるようになってきました。
川上:スポーツ科学者の立場から申しますと、われわれは例えば「人間はどうやって走るのか」といった身体機能に関するデータを収集・分析することを得意とするのですが、“ものづくり”は不得手です。一方で、工学系の研究者の方々の中には、“ものづくり”を得意とされ、色々なノウハウもお持ちであるにも関わらず、人間の『機能』に特化した情報を十分お持ちでない場合もあるように思います。お互いがそれぞれの専門領域の「強み」を融合することで、単独では成し得ない先端的な研究活動に発展させることができるのではないかと考えます。
また、社会的要請に応え得るロボットを開発するためには、ロボットの役割や活躍の場をきちんと定義する、といった人文社会系のアプローチが求められるでしょう。現代社会の要請に応じるために、様々な研究分野からの示唆を、自らの研究活動に積極的に取り込んでいくことが不可欠な時代になってきたといえるのではないでしょうか。
吉野:加えて、世代間を横断するようなコミュニケーションの必要性も感じています。私が専門とする政治学では、「国際社会がどうあるべきか」といったテーマにおいて、研究者の世代によって考え方が全く違うようなことがあります。それぞれの研究者が歩んできた時代が異なると、当然、そこで育まれた価値観にも隔たりが生じてきます。政治現象を研究するうえでは、急速に変化する国際情勢を正しく把握する必要がありますが、そのためには、同じ時代を生きた同世代の研究者達だけで議論をするのではなく、異なる視点・価値観を持つ若い研究者との交流を通じ、多角的な視点からアプローチすることが非常に重要であるといえます。
川上:私も、めまぐるしく変化する社会のニーズに応えるためには、若い世代の力は必須であると考えます。これまで、プロジェクト研究所のメンバーの構成を考える際には、多様な学問領域の交流に重点が置かれてきたかと思います。しかし、今後はそのことのみならず、世代を超えた研究者間の交流を、いかにしてプロジェクト研究所に取り入れ、議論の質を高め、研究を活性化していくかという仕組みづくりも重要であると考えます。
「自由闊達な研究」を後押しする評価基準
川上:本機構では、評価委員会を設置し、プロジェクト研究所それぞれの研究活動を後押しすることを目的として、その事業の評価を実施しています。また、評価にあたっては、プロジェクト研究所が設置された当初の計画とその実施状況、研究資金の獲得額や共同研究体制など、複数の側面から判断できるよう基準を定めています。本機構の研究分野が多岐にわたっているため、どのような評価基準を設定するかは、非常に苦慮するところかと思いますが、この点について、評価委員長という立場から大野先生の考えを伺いたいと思います。
大野:プロジェクト研究所の評価において、重視している基準は二つあります。第一は、プロジェクト研究所の設立趣旨に則った研究活動が実施できているのか、ということです。「自由闊達な研究を積極的に行う」のがプロジェクト研究所の大きな目的ですので、論文の数や学術的な研究の質そのものというよりは、研究所がそもそも目指したことができているのか、あるいはきちんとゴールに向かって、研究活動自体の質が担保できているのかという視点です。第二は、研究所にメンバーが集ったからこそ可能なことを実践しているか、ということです。論文の共同執筆ができなくても、研究会やシンポジウムを開催するなど、メンバー間で議論したことにより新しいアイデアを生み出していくといった協働性のようなことを期待しています。
この二つを重視している理由は、各研究所や研究者を後押しするための評価であるという考えを非常に大切にしているためです。研究の質や意義に重きを置き過ぎてしまうと、評価委員会という狭い範囲の中での価値観により、「研究」を判断してしまうことになります。研究そのものの評価は、より広く社会全体に問うべきものと考えますので、評価委員会ではそこに介入すべきではなく、活動そのものを後押ししていくことこそが重要であると考えています。
吉野:研究に対する評価基準を変えてみることは、新しいアイデアの創出につながるかもしれませんね。テクノロジーの開発・応用といった技術分野は成果が目に見えて理解しやすいのですが、歴史や文学のように即時的な成果が見えづらく、イノベーションを起こしにくい研究分野もあります。そうした点を加味した評価の在り方が今後は検討される必要があるように思います。評価の基準が変わり、新たな視点で周囲からの評価を受けることで、これまで注目されてこなかった研究の重要性が見直される可能性もあるのではないでしょうか。
大野:そもそも研究には、既存のテーマを追求するものと、テーマそのものを発見するものという 2 つの方向性があります。前者の例を挙げると、昨今流行のテーマであるSDGsです。その場合もただ流行を追うだけでなく、持続可能な開発目標は「当たり前」としたうえで、次はどんなテーマが来るのだろうかと考えてみることが重要となります。そのときに、学生や教員がそれぞれの立場から、恐れずに議論を交わすことで新たな問題が見えてくる可能性があります。だから、ダイバーシティやインクルージョンという考え方を、本学が積極的に取り入れていく必要があると考えます。
大学は、実社会では試すことが難しい挑戦的な取り組みができる“近未来の実験の場”という側面があると考えています。プロジェクト研究所がそういったムーブメントの先駆けを担ってくれたら理想的です。
川上:表面化している問題にアプローチするだけでなく、潜在する問題そのものを見つけ出す、そうした積極的で進取の研究活動が早稲田らしい研究といえるのではないかと思います。先ほど、大野先生から評価で重視する二つの点についてお話をいただきましたが、さらに一つ加えるとすれば、「これまでにない、挑戦的な取り組みを実施できているか」というような点に関する評価基準があってもよいのではないかと思います。
新たな取り組みの必要性:世代間・横断的交流の場の促進
川上:プロジェクト研究所のさらなる活性化のために、本機構には、まだまだできることがあるように思います。両先生の考えについてお聞かせください。
大野:先ほど、吉野先生のお話の中に世代間交流による研究活動の必要性について問題提起いただきましたが、現状のプロジェクト研究所の構成メンバーを俯瞰すると、ハードルが高いイメージを持たれているせいか、若手研究者が少ないように思えます。例えばですが、勢いのある若手研究者に声を掛けて、「この専門分野の研究者と組んでみたい」という意見を伺ってみてはどうかと思います。そして、その研究者を起点に「この指止まれ」といった取り組みを行うのです。つまり、本機構が研究者同士を繋ぐ手助けをする。そんな手法も良いのではないでしょうか。
吉野:プロジェクト研究所同士の相互協力の促進というのは、これまでもそうでしたが、これからも一層取り組むべき課題であるように思います。これまでは、その役割の一旦を「機構誌」が担ってきていました。「機構誌」には、各プロジェクト研究所の研究員等から論文が投稿されていましたので、必然的に、自分の研究分野以外の領域の論文を見ることのできる、非常に貴重な機会であったというわけです。しかしながら、現在では、情報が溢れかえっており、自分の研究分野だけでも日々、読み切れないほ どの論文を入手することができます。さらには、より専門性の高い学会誌等への論文投稿の傾向が高まる中で、「機構誌」に投稿すること、さらにはそれを読むこと自体も“負担”になってしまっているのではないでしょうか。その意味でも、よりカジュアルな形で研究成果がアウトプットできる仕組みがあれば、本来「機構誌」が担っていた「学問領域の交流の場」としての役割を果たすとともに、研究活動の活性化をも期待できるようになると思います。
大野:そのように「機構誌」を変えていけたら、プロジェクト研究所同士の研究内容の可視化やコミュニケーション促進に役立ちそうですね。ワーキングペーパーに特化した、とりあえずアイデアをアウトプットできるような場を目指すというのも良いと思います。とある領域に関するペーパーを見た別領域の研究者が、新しいアイデアを思いついたり、課題解決のヒントを得たり、といった広がりが生まれるかもしれません。ページ数を指定せず、査読もなし。「どうぞ好きなことを記述してください」というカジュアルな場を機構誌が提供する。若手の方にも積極的に参加してもらうなら、そのくらいの大胆さがあっても面白いと思います。
吉野:これは、地域を越える新しい政治経済問題の台頭と従来の地域研究の限界を認識して設置された「地域・地域間研究機構」での事例なのですが、ある地域間の対立が激しい理由が、政治学の視点だけではよくわからなかった。対立の根底にはジェンダーの問題が関係しているかもしれないと考えて、ジェンダー研究の先生方に話を聞いてみたところ、「先生たちは出来上がった規範だけを押しつけようとしている」という批判を受けました。われわれの間からはなかなか出てこない視点で、専門領域だけで考えることの限界を感じました。
川上:さまざまな視点を取り入れることは、結果として研究者自身の成長にもつながり、研究の質の向上につながるものであると思います。早稲田大学の研究力が社会に寄与するためには、領域横断的な研究は欠かせない手法だと思いますし、本機構の中で、そのような活動を積極的に支援していく取組みが益々重要になってくるのではないでしょうか。
社会へ研究成果を発信
川上:私たち研究者は、研究成果を社会へ還元することを通じて社会貢献を果たす、という役割を担っています。本機構では、研究成果をどのように、社会に発信していくかが課題となっています。どんなに良い研究活動を実施していたとしても、そのことを必要としている人々へ届かなければ、それは役割を果たすことができていないといえるのではないでしょうか。まずは、本機構の各プロジェクト研究所の活動そのものを“知ってもらう”ことから始めていく必要があるように考えます。
吉野:まず、だれに何を伝えたいのか、それを正しく伝えられているのかを振り返ってみることが必要だと思います。例えば、その情報を届けたいのは学生なのか、一般人なのか。もし、そうした人々に届けたいのであれば、内容が少し専門的過ぎないかなどを再考してみる。そのうえで、やや入門的な内容の媒体と、専門性の高い情報を出す媒体とを区別して、発信することも一手かもしれません。いずれにしても、専門家だけが分かればよい、というような観点からは脱していくことが求められているのではないでしょうか。
大野:大事なのは、「どんな人に見てもらいたいか」「何を期待しているのか」ではないかと思います。そこを明確にしないまま、「あれも」「これも」と欲張ると、誰のリアクションにもつながらないものになってしまう恐れがあります。研究成果を発信することで、「早稲田大学にはこんな研究者がいる」ということを、若手研究者や企業の人々が知り、集まってくる。研究成果の発信は、そこで完結してしまうのではなく、新たな交流の場の創造となるようなものであるべきではないかと考えます。
先ほども言いましたが、私が思う大学の理想は“近未来の実験の場”です。今の社会では実現不可能な取り組みも、大学でなら実験することができるでしょう。そして、実験を介して生まれた様々な意見の交流が、新たな価値を生み出すこともあるでしょう。そうしたことが、より良い未来社会のために有用なものとなるはずです。
鼎談を終えて
多種多様な研究者同士の連携を後押しし、研究活動を活性化させるための下支えとなりつつ、プロジェクト研究所の評価制度や情報発信の方法を精査・追求していくという総合研究機構の使命や目標を改めて考えることができました。また、組織そのものも常に進化し続けなければならないことを痛感しました。研究者の努力に寄り添い、総合大学としての本学の「知」の実践の場を模索し提供し続けることが、本機構の果たすべき役割ではないかと考えます。常日頃ご尽力いただいている事務局の皆様に感謝します。100を優に超えるプロジェクト研究所のますますのご発展を心よりお祈りいたします。
(総合研究機構長 川上 泰雄)