2023年度開講科目早稲田大学ティーチングアワード
総長賞受賞
対象科目:データリテラシー I 06/III 06
受賞者:川﨑 弥生
データリテラシーの授業は、「概念」「数学」「Excel/R」の三つ巴の内容であり、学生にとってハードな授業であると川﨑先生は語る。しかし、そのようなハードな授業が、さまざまな仕掛けで安心して学べる環境となり、学生同士の絆を深め、学生の自ら学ぶ力を育む場となっている。今回受賞した「データリテラシーⅠ」は学部1年生、「データリテラシーⅢ」は学部2年生対象の必修科目で、各クラスの人数は60名程度。基礎教育に位置づけられるこの授業において、学生は統計について学ぶにとどまらず、生涯にわたって役立つスキルを身につけている。
答えは教えない、学生自ら問題を見極めて質問し学んでいく
授業は反転形式で進められる。学生は授業に参加する前に、テキストを読み込み、事前課題に取り組む。各自が学習内容に向き合い、自分の理解度やつまずきやすい箇所を把握し、わからないところを自分で調べる。その後、クラス内での演習やグループワークを通じて、他者の視点や意見を取り入れながら解答を導き出していく。このプロセスでは、教員やTAは解法を直接示すことはせず、代わりに解決への道筋を一緒に考えるというスタンスだ。このようなアプローチにより、学生は試行錯誤を重ねながら、自分自身で調べて学ぶ方法を習得していく。
授業では、自分で調べて学ぶことを重視している。この目標は学生にも明示し、授業では正解を教えない。学生は、自分の力で問題点を見極め、わからないことは自ら調べたり他者に質問したりしながら解決策を見いだしていく。「時には人に頼ったり、質問したりするスキルも大事」であると川﨑先生は言う。自分がどこまでわかっていてどこからがわからないかを知らないと、適切な助けやアドバイスを得られない。このような問題解決能力を得ることが生涯学んでいく基礎になると考えている。
グループワークとリフレクションで対話型の授業に
データリテラシーの授業は、データ処理の知識とスキルを一方的に伝達するのみという場合もある。しかし、人間科学部基礎教育の授業では学生との対話を重視し、双方向の学びの場となるよう工夫されている。その主な活動は授業内でのグループワークと授業の最後に提出するリフレクションだ。
授業はグループワークを中心に進められる。学生は、データやグラフの解釈といった正解がひとつでないテーマを与えられ、まずはそれぞれが自力で考えたあと、グループで共有する。川﨑先生のクラスでは、グループは教員がランダムに編成し、3回から4回の授業ごとにメンバーを入れ替える。この頻度でグループが変わることにより、毎回自己紹介から始める必要はないうえ、馴れ合いからくるグループワークに貢献しないフリーライダーの出現を防止することもできる。また、議論が活発になるよう、4名のTAが教室を巡回しサポートする。話が弾まないグループがあれば、TAが声をかける。このときも答えは教えず、学生と一緒に考えたり議論を進めるヒントを出したりする。グループワークのあとは、クラス全体に向けていくつかのグループに発表してもらう。学生からの自発的な発言をうながすために、授業への積極的な取り組みをほめ、発言してくれた学生には皆で拍手を送る。
リフレクションは、毎回の授業終了時に学生が記述して提出する。基礎教育全体の方針として、授業で学んだ内容のほか、1年生対象の「データリテラシーⅠ」では必ず質問を含めることが指示されている。川﨑先生のクラスでは、初回授業のリフレクションには教員自らが回答し、2回目以降はTAが回答を作成したあと教員が確認して、一人一人の学生に返す。回答の内容は、学生に寄り添ったアドバイスや質問に対するヒントだ。さらに、リフレクションの中からこれはと思うものがあれば、次の授業の冒頭で紹介し教員がコメントする。このリフレクションの活動は、教員とTA、学生の対話となっているだけでなく、どの学生に対しても教員やTAの誰かが見ているというメッセージにもなる。
教員とTAが一丸となり、学生一人一人が安心して学べる環境を支える
この授業では教員と教員、教員とTAの連携も密である。教員間では、週に1度のミーティングで、全体の方針や毎回の講義の目標、教材の内容確認、各クラスでの困りごとを共有する。川﨑先生はTAとも授業中だけでなく、授業外でもSlackなどのツールを活用して連絡を取り合い、学生の進捗状況や質問内容を日々共有する。このようなやり取りの中で、学生の「自分で学ぶ力」を養うため、答えを教えない方針はTAにもしっかりと伝えられている。先述のリフレクションへの対応と合わせて、教員とTAが一丸となって、学生一人ひとりへの支援が途切れることのないよう配慮されている。
TAは他学から進学した大学院生も含まれるが、主に同科目の過去の履修生が担当する。そのため、この授業を学生として受けた経験を踏まえて学生に寄り添い、教員にとっても学生にとっても心強い存在となっている。
習得したスキルを活用するかは自分次第、でもいつかは役立つときもある
データリテラシーの授業で学ぶ内容は、統計やデータ分析にとどまらない。たとえば健康についての効果を謳った広告等を題材に、日常の場面から批判的に疑問を生成し、解決方法を考えるような活動を行う。こうした学びを通じて、学生は情報を鵜呑みにせず、客観的な視点でデータを解釈し評価する力を身につける。
しかし、学びの重要性を実感するのは必ずしも授業の最中ではない。統計の知識やデータ分析のスキルが具体的に役立つ場面は、学生時代には想像しづらいこともあるだろう。それでも、川﨑先生はこう語る。「習得したスキルを活用できるかどうかは自分次第。自ら問題の要に気づき、その解決のために知識やスキルをどのように活かすのかの訓練の場となるようTAと共に尽力しています。」