2023年度開講科目早稲田大学ティーチングアワード
総長賞受賞
対象科目:工学系のモデリングA
受賞者
山中 由也/笠井 裕之/谷井 孝至
森田 逸郎/山本 知之/渡邉 孝信
「工学系のモデリングA」の授業は、基幹理工学部1年生を対象に、数式を用いた工学的思考の基礎を養うことを目的としている。基礎数学や物理と専門教育の間をつなぐ役割を果たす科目として設計され、数学や物理の知識を活用しながら、実際の工学的問題に応用できるスキルを育てる科目である。
講義は350~400名規模の大人数で行われ、担当教員は6名。1回の授業を1名の教員が担当し、講義と演習を組み合わせた形式を採用している。講義の時間の半分以上を演習に充て、自分の手を動かして学ぶことを重視しているのが特徴である。
また、授業では数式をただ理解するだけでなく、数式を「使いこなす」力を養うことが重要視されている。「数式が書いてあれば大事なことが伝わります。だからこそ、数式を自在に扱える能力を身につけることが大目標」とし、実践的な問題解決能力の向上を図っている。
大規模な授業の中でも、教員やTA(ティーチングアシスタント)が積極的に学生の学びをサポートすることで、効果的な学習環境を実現している。
コロナ禍で作成した動画を活かした反転授業への設計
この授業では、反転授業の手法を取り入れることで、効果的な学びを実現している。「350~400名の学生がいる中で、単なる講義受講の形式ではなく、学生が参加し自ら手を動かしながら学べる環境を作る」との考えのもと、従来の授業スタイルを見直したという。
反転授業では、事前にオンデマンド動画を用意し、学生が事前に講義内容を学習してから授業に臨む。「予習してきた内容を前提に、授業では重要なポイントを確認し、その後演習を行う形式です」。これにより、講義時間の大半を演習に充て、より実践的な学びの場を提供できるようになったという。コロナ禍でオンライン授業の導入を余儀なくされた際に作成した動画を活かしたとのことだ。
また、反転授業を効果的に運営するために、演習のサポート体制を強化している。「学生が予習をしていない場合も、授業冒頭で重要なポイントを確認することで、最低限の知識を持って演習に取り組めるよう工夫しています」とのこと。さらに、TAが巡回し、演習中に質問に答える体制を整えている。
こうした反転授業の導入により、学生は受動的な学習から脱却し、自ら考え、手を動かして学ぶ機会を得ている。今後は、習熟度の異なる学生に対するサポートをさらに充実させることが課題となっているという。
教員間で教科書を作成し、一貫したメッセージを伝える
授業で使用される教科書は、市販のものではなく、担当教員が独自に作成したものを使用している。「市販の教科書では学生のレベルに合わないことも多いため、早稲田大学の学生に最適化した教科書を作成しました」とのことだ。教科書は毎年改訂され、冊子と電子ファイル(PDF形式)で学生に配布されている。
教科書作成のメリットの一つは、「内容を精査し、必要な部分を集約できること」だという。基礎数学や物理の知識を活用しつつ、どの学科にも共通する工学的スキルをまとめた内容となっており、「この科目で学んだことが、専門科目でも必ず役立つように構成しています」。また、「どの教員が担当しても一貫したメッセージを伝えられること」も、教科書作成の大きな目的の一つであるという。
さらに、教科書には演習問題や例題、模範解答も掲載されており、学生が自己学習しやすい工夫が施されている。「演習問題を豊富に掲載し、学生が復習しやすい構成にしたことで、授業外の学びもサポートしています」。また、高等学校の学習指導要領や学生の理解度レベルに合わせて、毎年内容の修正・追加を継続して行っている。
TAと連携を図り、大規模授業を円滑に
大規模授業を円滑に運営するために、「工学系のモデリングAでは、TAの活用が不可欠である。1クラス350~400名という規模では、教員だけでは細やかな指導が難しいため、約20名のTAが学生をサポートする体制」を整えている。
TAは主に大学院生が担当し、20人の学生に対して1名がつく形で巡回指導を行う。特に演習の時間には、学生の質問に答えたり、つまずいている学生に声をかけたりする役割を担っている。「教員に質問しづらい学生も、年齢の近いTAには気軽に相談できる」という利点があるという。
TAの役割を最大限に活用するため、事前研修も実施されている。「3月末にTA全員を集め、教員から指導のポイントやローテーションの説明を行います」。また、授業中に教員がTAの動きを観察し、必要に応じてアドバイスを行うことで、円滑な指導が可能になっている。
「かつて受講した学生がTAを務めていて、TA自身が経験を活かした授業運営はスムーズに行われているが、年によってはTA業務の経験が少ない学生が多い場合があります」。そのため、教員とTAの連携をより強化し、安定したサポート体制を維持することも今後の課題となっている。