2022年度春学期ティーチングアワード
総長賞受賞
対象科目:日本語教育学特殊研究(3) (日本語授業デザイン)
受賞者:田中 祐輔
日本語の授業を行うための知識や技術を学ぶ、日本語教育研究科の「日本語教育学特殊研究(3)」。2022年度春学期は、学部卒や日本語教師を目指す外国籍の人、日本語教師として働いている人など多様な背景を持つ7名が受講した。担当する田中祐輔先生は、日本語教師の仕事や役割を「コースデザイン」という枠組みで捉え直し、日本語教育の社会的な課題を把握した上で、授業を計画、実践、研究するための理論と方法を指導している。
最終的にコースデザインができるように、6つの枠組みを設定し段階的に学びを深めていく
「日本語教育学特殊研究(3)」という科目名には、カッコ書きで「日本語授業デザイン」という言葉が補足されている。田中先生は「ここでいうデザインは、問題点を把握してそれを解決するための計画や設計を行い、実際に行動に移すという意味です」と説明する。つまり、この科目では単に日本語の授業のやり方を学ぶのではなく、受講生自ら日本語の授業を計画して実行できるようにすることを目指す。「この授業では、日本語教師の仕事や役割を『コースデザイン』という切り口で捉え直すことを目標としています。似た言葉にカリキュラムがありますが、カリキュラムが主に学校などの教育機関側が決めるものであるのに対して、コースデザインは教師や教育研究者による実際の授業計画のことを指します」。
では、最終的にコースデザインできるようになるためには、どのように15回の授業を組み立てるのか。田中先生は、6つの枠組みとさらに細かい14のテーマを設定し、15回の授業が終了するまでに段階的に目標に近づくことを目指している。6つの枠組みとは、第1段階:語学を学ぶ人のための「ニーズとレディネス(準備)の調査」、第2段階:学ぶべき言語である「目標言語の調査」などで、最終的には第6段階:「授業計画の策定・実践・評価」として、実際に授業を組み立てて実施し、評価する方法までを解説するという。
ちなみに、日本語授業デザインを15回かけてじっくり学べるのは、早稲田大学の日本語教育研究科ならではだという。「多くの大学では取り上げても1~2回分の授業がほとんどです。ここまで時間をかけられるのは、早稲田大学の強みと言えるかもしれません」。
授業は、コースデザインの理論、社会との関わり、ツールの活用法の3つに分けて進める
続いて、効果的な授業のための工夫を見ていく。まず各回の授業は、90分を約30分ずつ3つに分けて展開している。その理由は「理論だけを話し続けると学生が消化不足になってしまうからです。具体的には、①コースデザインについて各回で伝えるべき理論を解説、②社会と日本語教育の関わりを解説、③日本語教育と自身の研究のために欠かせないさまざまなツール(資料サイトなど)の実践、の3つに分けています」。コースデザインの理論はもちろん、それ以外の2つの部分も、この授業では非常に重要な意味を持つという。
まず、②の「社会と日本語教育の関わり」では、直近で話題になっていることも含めつつ、戦後から今日まで過去80年の日本語教育をめぐる国内外の出来事と、そのときどきの日本語教育上の課題について解説。「絶対に知っておくべきことなので、毎回時間を取って説明しています。日本語教育の課題を知り、どのように向き合い解決するのかを考える機会にしてほしいと思っています」。
一方、③のツールとは、「日本語教材リスト」「日常会話コーパス」などのデータベースやコーパス、「みんなの教材サイト」などのデジタルアーカイブを指す。これらは、日本語教育の実践と研究を行う上で欠かせないと田中先生。「日本語教育を効果的に行う上で、また、前述の過去の日本語教育の歩みを把握するためにも、教育資源や資料、文献にあたることが必須です。コロナ禍の影響もあり、無料で使えるオンラインのツールは以前より格段に増えています。いつでもすぐアクセスできるように、受講生にはQRコードを付記した状態で紹介しています」。
こうしたツールが普及する前は、教師の「経験則」や「直感」が頼りにされる部分が比較的大きかったという。しかし、ツールが急速に普及しつつあることで、経験の浅い教師でも経験や知見をデータで科学的に補うことが可能で、視野を広げることもできる。今後の日本語教育、研究にとってツールは大きな意味があると田中先生は語る。
実例に触れる+毎回の質疑応答で、日本語教育者として本当に必要な知識を定着させる
授業内容が充実していても、座学で教員の話を聞くだけでは、学んだ知識は定着しないと田中先生。「理論と現実の間にはギャップもあるので、現実はどうだったのか、どんなことならできるのかなども知る必要があります」。そこで、授業では次の2つの点も意識している。1つは、なるべく実物や実際のケースに触れてもらうこと。例えば、難民やこども、あるいはビジネスパーソンへの日本語教育であれば、実際に使われる教科書や日本語教育が教室で行われている映像などを見てもらうという。2つめは、質疑応答の形でディスカッションを行うこと。「ディスカッションは毎回やっています。その際は、自身の問題意識に照らして、また自分の研究や教育経験に引き寄せて考えてもらうようにしています」。
ティーチングアワードの学生授業アンケートでは、「総合的にみてこの授業は有意義だった」など3つの設問がすべて満点だったことに加えて、履修者の研究に対してアドバイスやフィードバックがあったことや、履修者同士でも学ぶ点が多かったことなどの声が上がった。田中先生は、「受講者には日本語授業デザインの理論的枠組みを学んだ上で、それぞれが自身の日本語教育の実践と研究について考察できるようになってほしいと考えています。今回の評価は、その意図が正しく伝わっていた結果だと思うので、うれしいですね」と語った。
今後については、必要に応じて授業の改善にも積極的に取り組んでいくという。社会も言葉も常に変化し続けていて、日本語教育もそれらに伴ってどんどん変わっていくためだ。「早稲田大学という多様な人材が世界から集う場所で、時代と教育の要請に応じられる日本語教育者の育成に、これからも寄与していきたいと思っています。そのためには、私自身も学び続けブラッシュアップを続けていかなくてはと考えています」。