2022年度春学期ティーチングアワード
総長賞受賞
対象科目:量子化学
受賞者:中井 浩巳
先進理工学部の化学・生命化学科3年生が選択専門科目として学ぶ「量子化学」。中井浩巳教授はこの科目を25年以上担当していて、2022年度春学期ティーチングアワードでは、学生授業アンケートの評点の合計が先進理工学部の中で最上位を記録した。学生から高く支持される講義の根幹には、「講義に出席している学生を1人も取り残さない」という中井教授の信念がある。その実現のために、授業に取り入れているさまざま工夫について聞いた。
到達すべき「目標」を伝えて、半年間の講義のイメージを持たせる
化学・生命化学科の定員は60名。「量子化学」は選択科目のため、年によって人数は上下する。2022年度春学期の履修者は20名弱で、コロナ禍前に比べると少なかったと中井教授。「オンライン形式を続ける科目も少なくない中、この科目は2年ぶりに対面で実施しました。オンラインに慣れた学生には敬遠されたのかもしれませんが、結果的にやる気のある学生が多かった印象です」。
そもそも「量子化学」は、量子力学を化学の問題に適用した学問で、2年の必修科目「物理化学A」での学びを前提とする。「15回の講義を前後半に分けて、前半8回はヒュッケルの分子軌道法に関連した内容を学び、試験を挟んで後半6回では化学反応への応用として拡張ヒュッケル法の数値計算を行います」。前半は座学だが、後半はコンピュータルームで各自がコンピュータを用いる計算機実習となっている。「前後半とも数学が必須ですが、学生にとっては背景となる理論が難しいようです」。
そこで、講義では学生がわかるまで丁寧に説明を繰り返す。詳細は後述するが、そのベースにあるのが冒頭で述べた「学生を1人も取り残さない」という中井教授のモットーだ。この信念は以前から変わらないが、2022年度春学期は言葉として学生に伝えた点が今までとは違っていたそうだ。「履修人数が少なかったこともあり、1人も取り残さないので付いてきてくださいと伝えました」。言葉にしたことで、中井教授の思いはより強く学生に伝わったのではないだろうか。
取り残さないための第一歩として、初回の講義では前半と後半それぞれの到達すべき「目標」も学生に伝えたという。具体的には、前半の目標は「ナフタレンという分子のヒュッケル分子軌道を手で解くこと」――少し詳しく述べると「群論」という学問を理解して、複雑な計算をもっと効率的に計算できるようにする。また後半は「化学反応を数値計算すること」を目標とした。「学生に具体的な目標を伝えたことで、半年間の講義で何を学べばよいのかという明確なイメージを持ってもらえたのはよかったと思っています」。
わかるまで学生に質問を繰り返し、「わからない」で終わらせない
前半8回の座学では、講義内容を学生に定着させるために、授業中に演習問題を出題し、さらにその解答を学生自身に説明させている。「わかりません」と答える学生もいるそうだが、中井教授はそのままでは終わらせないようにしている。「安易に『わからない』という学生の多くは、実は考えていないだけです。そこで、難しすぎてわからないなら、高校生⇒中学生⇒小学生…とわかるまでレベルを引き下げて、質問を繰り返します。禅問答のようなやり取りになることもありますが、質問し続けるうちに学生も『考えないこと』を諦めて、少しずつ自分の頭で考え、答えてくれるようになります」。
このとき、中井教授は学生を馬鹿にするような言動を決して取らないように気を付けているという。「大切なのは、学生の頭のネジを巻くこと。それだけに注力します」。このような講義をしていくうちに、「先生は諦めずに説明してくれる」ということが学生に定着し、安易に「わからない」という学生はいなくなったという。「難しい問題でも自分の頭で考えて、わからない箇所があれば具体的に言ってくれるようになりました」。
講義中に出す演習問題は事前にある程度決めているが、学生の表情を見て「理解できていない」と気づいたときには、臨機応変にその場で考えた問題を出すこともあるという。「わかっていない学生の頭の上には『?』が浮かんで見えるんです。学生の表情から読み取れるものが多いのは、対面の授業ならではのよさですね」。また毎回の講義後にはレポートも課することで、さらに知識をしっかりと定着させる。「講義で学んだことを本当に理解できたか、学生自身に気づかせるのが目的です。復習するためのものなので、講義内容から飛躍した課題は出しません」。
一方、後半6回の計算機実習はTA(ティーチング・アシスタント)のサポートも受けながら、各自がそれぞれのペースで基礎課題や応用課題に取り組んでいく。「計算機実習に関しては、ある程度学生の自主性に任せています。レポート作成の時間もあらかじめカリキュラムに組み込んでいるので、じっくり取り組めたのではないかと思っています」。
試験のミスを平常点でカバーできる、2つの成績評価方法を用意
「1人も取り残さない」ために、中井教授は成績評価でもある工夫を施している。「試験重視」と「平常点重視」の2種類の成績評価方法を用意して、学生にとって有利になる方を採用するというものだ。「評価対象は、試験、計算機実習、レポート、出席・(教場での)理解度の4つですが、試験はたまたま失敗してしまうこともあります。そこで平常点重視の評価法では、試験の評価割合を下げて他の3つの割合を上げています」。ただ、「学生が試験を軽視しては意味がないので、平常点重視の場合でも試験の割合を下げ過ぎないようにバランスは気を付けています」とも付け加えられました。
すでに25年以上、この科目を担当してきて、講義の内容はほぼ固まっているという中井教授。実は、履修者が少なかった2022年度春学期だけでなく50名を超えるような年でも、学生の成績の平均点は比較的よかったという。「今のやり方は一定の効果があるということだと思うので、これからも続けていくつもりです。ただ、年によって人数だけでなく学生の雰囲気も変わるので、そこは気を配っていきたいと思っています」。