2022年度春学期ティーチングアワード
総長賞受賞
対象科目:監査現場シミュレーション
受賞者:嶋田 聖
企業経営に問題がないか外部の目でチェックする監査の仕事。3日間の集中講義でその業務を再現し疑似体験するのが、この「監査現場シミュレーション」だ。担当する嶋田講師は、大手の有限責任監査法人トーマツに所属する現役公認会計士である。(監査現場の)リアリティにこだわる授業スタイルは、徐々に口コミが広がり大きな支持を集め続け、2018年度に続く2回目の本賞受賞となった。
さまざまな背景の学生を組み合わせたチームをTAがナビゲート
3日間の日程で実施されるこの授業では、初日のガイダンスと最終日のクロージング以外の時間は、すべて実践的なシミュレーションで構成される。履修生16名が4つのチームに分かれ、各1名のTAがサポートに当たる。教員は監査を受ける会社側の人物役となり、学生チームのインタビューを受ける形で監査業務の実践を体験させる。
こだわっているのはリアルな空気感を出すこと。会社役として何名か登場するが、性格等のキャラクター設定を細部に設定しており、また、会社役の立場から回答できるもの、できないものを徹底して実際の会社にあるような感じで再現している。
受講している半数以上は公認会計士試験を目指す学生だが、中央省庁などから大学院に学びに来ているケースもある。「社会人経験のある学生は特にハングリー精神旺盛で、成長マインドが高いので、チームをリードしてくれることも多いです。留学生もとても意欲的な人が多く、日本人学生もかなりいい刺激を受けてますね。一方で若い学生は吸収力が高く、忖度のない率直な発言ができるので年上の学生も刺激をもらえるようです。そんなシナジーがあるので、チームのメンバー構成は多様なバックグラウンドの学生が混在するよう配慮しています」。
TAとは綿密な打ち合わせをし、高いモチベーションで臨んでもらう
この授業の価値は、コンテンツそのものよりもむしろ運営スタイルにあると考えており、直接学生をサポートするTAには高い意識(モチベーション)を持たせることを特に重視している。「3日間の細かなオペレーションで彼らTAがいかに臨機応変に対応してくれるかに、この授業のノウハウが結集していると思います」。
4人のTAはトーマツから選抜されるが、人選のポイントはモチベーションの高さとフレッシュさだ。「これから現場をコントロールしていく若い世代を呼んでいます。同じ人に何度もやらせないのも鉄則。慣れてくると上手に仕切れるようになってメリットもありますが、反面マンネリ化してモチベーションが下がることもあります。その点、TA未経験(ないし2年目)の人は程よい緊張感を持って臨むので、結果としていい授業になります」。
TAとの事前ミーティングで指示しているのは、決して学生に「答え」を言わないことだという。「仮に知っていてもあえて答えは言わずに学生の方々に一生懸命考えさせて、ディスカッションしてもらう。そして、何とか学生自身にゴールまでたどり着かせる“ナビゲート”の経験は、TA自身のマネージメント力も相当鍛えられますし、何よりもそれこそが監査現場のOJTなのです。結構難しいスキルですが、だからこそ、トーマツのTAは「やってやるぞ」と高いモチベーションを持ってくれてます」。
迷走したり論点に行き詰まったするチームがあるときは、一日の終了後や翌日の朝始まる前に、学生のいないところでTAと情報交換をする。「裏では相当細かく話し合っていますが、それぞれのチーム内の運営は、TAを信頼してすべて任せていますので、TAのモチベーションもアップします」。
TAには、リアルな現場の情報を包み隠さずに学生に話すようにも奨励している。「学生が就活で触れる情報は企業側の限定的な情報が多いです。ここでは本当の監査現場の良い点も課題も、本当にTA自身が感じていることを、どんどん言ってもらいます。そんな就活上役立つリアルな情報も、この授業の魅力のひとつだと感じる学生は多いと思います。TA自身が若手会計士が多く、つい数年前に就活してましたので、学生にとっても身近な存在になっているんだと思います」。
コロナ禍の影響を受けた2020年度と2021年度は、この授業もZOOMを使ったリモートでの実施を余儀なくされた。「臨場感がなくなるのではと危惧しましたが、結果的には満足度も下がらず、なんとかやれると分かったのは収穫でした。何よりも実際の監査現場もリモートが通常になったので、この授業もリアルさを大事にしていますので、であればZOOMでもやらないと!って思ったところもあります」。残念だったのは、ランチタイムや授業後などオフタイムでの交流が減ってしまったことだ。「普段はそういう時間帯が、学生たちから質問を受けたり業界の話をしたりする貴重な場になります。ZOOMでそれが減るデメリットを痛感したので、対面授業に戻ってからは、特に意識してそういう時間帯を大事にするようになりました。ちなみに、これも監査現場で実際に起きていることですね、仕事前後の雑談時間が減ってしまったこと、これもリアルな課題なんです」。
会社内部のリアルに触れることで、ビジネスパーソンとしてのエッセンスを学ぶ
3日間の最後は、それまでのインタビュー・資料検証をとりまとめて、会社(クライアント)をより良くするため、社長へのプレゼンテーションを行い終了する。「初日はまごついていた学生たちも、最後は堂々とプレゼンするようになります。元々素養もあって意欲の高い学生が集まっているし、何よりも個人ではなくチームで取り組むため、個々人の強みを活かし、個人の弱みをチーム内で補完できているため、自信のなかった学生も成長著しくプレゼンします。TAがあまり介入しなくても活発な意見交換で自走できるチームは、かなり成長しますね」。
授業を終えた学生の多くは、「こういう場で自分も活躍したい」との思いを強くし、「試験をがんばろうと受験のモチベーションが上がった」という感想をもらす。さらに、会計士以外のキャリアを志向する学生にとっても、この授業で企業経営とはどういうものかを知り、「良い経営者とは、良い会社とは、良いガバナンスとは何か」を理解できるようになるメリットがある。会計士試験とは関係なく、最初からそれを目的に履修する学生もいるという。
この授業を10年以上続けてきたなかで、昔受講した学生がトーマツに入社し、今ではTAとしてこの授業に「凱旋」する例も見られるようになった。「将来的には、今私がやっている講師を務められるような人材が育ってくれるとうれしいですね」。