2021年度春学期ティーチングアワード総長賞受賞
対象科目:日本語学概論
受賞者:太田 陽子

大学院日本語教育研究科の「日本語学概論」では、日本語学の各論を研究する前段階として、
基礎となる知識を体系的に学ぶ。授業は、学生同士のディスカッションが中心だ。
2021年度春学期は、コロナ禍で前年度に続きオンライン授業となったが、
太田陽子先生は事前の課題シートによって学生の知識や関心を把握し、適切な議題を設定。
その結果、オンラインであっても学生の満足度の高いディスカッションを実現することができたという。
多様な背景を持つ学生が共に学べるように、事前課題シートで各自の知識や関心を把握
2021年度春学期の「日本語学概論」の受講者は全部で6名、そのうち4名は留学生だった。また、日本語教育研究科の設置科目だが、理工系など他の専攻の学生も受講していた。一方で、すでに日本語教師として長年キャリアを重ねてきた学生もいたという。「少人数とは言え、多様な背景を持ち日本語の専門知識の量や関心の異なる学生たちが、どうやったらお互いに学び合っていけるのかについては、最初に考えました」と太田先生は語る。
日本語教師経験のある学生には経験に裏打ちされた言葉の捉え方があり、他の専門の学生には、日本語学的整理にとらわれないものの見え方がある。そうしたさまざまな視点をお互いの学びに生かしたいと考えた。とは言え、既有知識の差を無視しては、授業の中心に据えているディスカッションの質にも影響する可能性がある。この問題は、事前課題に取り組んでもらうことで解決したという。
授業は、まず基本的な事項についてのお互いの疑問について考え、そのあとで、より発展的なテーマでディスカッションを行った。「そのテーマも課題シートを見ながら検討しました。できるだけ身近な話題から、専門知につながるようなテーマを選び、受講生それぞれの背景を活かして、ことばを画一的にとらえずに多角的に観察する日本語学のアプローチを体感できるよう、工夫しました」。
人間関係ができるまでは、教員の配慮がオンラインでのディスカッション成功のカギに
太田先生が、早稲田大学大学院で「日本語学概論」を担当するのは、2020年度に続いて2回目だ。2020年度もすでにコロナ禍で、2年続けてオンライン授業となった。初年度の授業もディスカッションが中心だったが、太田先生の関わり方は2021年度とは少し違っていたという。
「前年度は、私も学生もオンライン授業に慣れていなかったこともあり、ディスカッションの主導権を私が握る場面が多かったと感じています。ただ、みんなオンラインには慣れてきたはずなので、2021年度は基本的に学生に任せることにしました」。それでも、最初の何回かは多少の工夫が必要だったという。「対面のディスカッションでは、視線を感じたり『空気』を読んだりすることで、お互いの発言を促し合うようないい流れも生まれますが、オンラインではそれが難しい。そこで、最初は意識して私が学生の名前を呼んで、議論を組み立てていくこともありました」。
少人数だったこともあり、学生同士の人間関係ができてからは、対面と遜色なく活発なディスカッションができたと太田先生。「むしろ、座席の位置などに左右されないので、うまく回り出せばオンラインのほうがフラットな雰囲気があるかもしれません」。また、Zoomのチャット機能を使って全員に意見を求めたり、逆に学生が授業中に情報をシェアしてくれたりと、オンラインならではの機能も活用し、充実したディスカッションができたと感じている。学生からも「オンライン授業ながら受講者同士の距離が近いと感じる授業だった」という声が上がったという。多様な背景は、多角的な視点からの検討につながり、相手の意見を尊重し、ことばについて各自が捉えなおすうえで、むしろ大きなメリットとなったと感じている。
Googleフォームで先行研究リストを共同作成。新たな発見があり学生たちの刺激にもなった
授業の後半では、毎回日本語教育の各分野に関する先行研究を取り上げ、学生は自分の担当分野について発表した。先行研究の論文リストはGoogleフォームを使って全員で作成したが、これが学生たちに非常に好評だった。「他大学の学部で同様の授業をしていたときには、私のほうで先行研究をまとめて紹介していましたが、これから各自の分野で研究者として学んでいく大学院生たちなので、先行研究を探すところから任せようと考えました。Googleフォームのように簡単に情報を共有できるツールを積極的に活用したいという思いもありました」。
具体的には、「音声」「語彙」「文法」といったテーマごとに、各学生が一人3本ずつ興味深いと思った先行研究を報告。論文の執筆者や発表年、タイトルをGoogleフォームに入力した。「一人3本なので、重複がなければ1テーマにつき20本近い論文が集まりました。同じテーマでもそれぞれ注目する論文が異なっていたり、テーマによっては特定の執筆者に論文が集中したりと、さまざまな発見があり学生たちには刺激になったようです。今後自分たちでテーマを決めて研究をしていく上で、先行研究の見つけ方の練習にもなり、多数の論文からテーマの立て方を学ぶこともできたと思います」。
今後も、「日本語学概論」ではディスカッションを中心に授業を進めていきたいという太田先生。「ただし、学生は毎年変わります。今回、有意義な授業ができたのは、学生たちの力によるところが大きいと考えています。メンバーが変わったときには、また別の工夫も必要になるかもしれません。例えば、もっと『教わりたい』『正解がほしい』という学生がいたときには、どのような働きかけができるのか。今後もよりよい方法を考え続けていきたいですね」。