2021年度秋学期ティーチングアワード
総長賞受賞
対象科目:日本語教育学特殊研究(2) (アカデミック・ライティング II) (秋集中)
受賞者:舩橋 瑞貴
日本で唯一日本語教育を主専攻とする日本語教育研究科は、学部を持たない独立研究科だ。この授業では、実際に書いた文章を学生同士で分析し合いながら洗練させていく。論文など学術的文章はどんな研究をする学生も避けて通れないが、その悩みに寄り添う授業として、非常に高い満足度を獲得している。
事前課題の文章を学生同士で検討し合い、論文作成の力を身につける
この授業は秋学期の集中講座として設置され、2021年度の履修生は11名だった。「基本は修士課程の院生ですが、中にはすでに修士論文を終えた博士課程の学生もいました」。
同研究科には別の教員が担当する「アカデミックライティングⅠ」という春学期・秋学期の授業もあるため、内容を組み立てる際にはⅠとの差別化も考慮した。「Ⅰは文章の作成法をメインとした授業ですので、私の方では論文のためのロジックな思考をどう伝えるかを重視しました」。
授業の開始に先立ち、学生たちには事前課題として「自分の研究を自らの研究室のWebサイトに紹介する」という設定で400字の文章を書かせた。「専門的な内容になりすぎると文章を直すという部分での議論が進まなくなる懸念があるので、ここはあえて「論文の要旨を書く」といったアカデミックな路線ではなく、かといって、内容的には専門から離れずという線を狙い「紹介文」を書く課題としました」。
事前課題は授業開始の10日前には提出することとし、授業当日までに教員が中身を確認し、取り上げるべき問題点をピックアップしておく。ZOOMで実施した授業はそれを題材として展開する。「その文章を論文の形式に変えるには、どこをどう直せばよいかみんなで検討します。たとえばタイトルの付け方、論の飛躍がないか、引用の問題、客観性など、問題点をグルーピング化しておき、それを各回の授業で取り上げていきます」。
授業では提示したポイントについてまず3人程度のグループで話し合った後、それをクラス全体で共有する。「どう直せばよいかは分からなくてもいいので、まずはどこが問題かを見つけてどんどん挙げてもらいます」。
その後全員でのディスカッションに移るが、事前にグループで話し合っていることもあり、意見が出なくて困ることはないという。さまざまな意見を出し合った後、最後は教員がまとめを行い、質問にも応じる。
授業の最終日前日には、事前課題提出後の確認時に教員がつけてあったコメントを各自にフィードバックする。「最終日の授業では、それも踏まえて個別に相談を受ける時間も設けました」。毎回の授業で学んだ内容と教員のコメントを参考に、学生たちは自らの事前課題を元に800字の論文形式として作成し、最終授業終了後に事後課題として提出する。
人の意見を聞いて思考をブラッシュアップすることが大きな力になる
ディスカッション中心の授業にした1つの理由は、この授業が集中講座であることだ。「15回分を4日間連続で実施するので、ずっと座学的な授業では集中力も切れてしまいます。授業と授業の間に宿題として何かをやってきてもらう時間もないですから、ワークショップ的要素を入れた授業にしようというのは、最初から考えていました」。
この形式を取るにあたっては、実際の文章を直していくという作業を、学ぶべき理論といかに繋げていくかを意識したという。
この授業は2020年度から担当しており、当初は前半を講義、後半で議論という形だったのを、より実践的な内容に重点を置くようにシフトした。「アカデミックな文章を読んだり書いたりする経験はある人たちなので、実際に文章を直す体験を通して自ら気づいていく時間を増やした方が教育効果が高いと考えました」。
ディスカッションで学ぶという手法については大きな手応えを感じている。「私ひとりの頭では限界もあるところを、全員に参加してもらうことで想定した以上の意見が出てくることもあって、私自身もとても勉強になりました。人の意見を聞いて自分の頭を整理し、思考をブラッシュアップしていくことは何にも代えがたい力になるんだなと実感しました。他の授業でも、基礎的な講義の部分とうまく連動する形で、こういう時間を作っていけるような授業がしていきたいですね」。
実践を通して、一人ひとりの論文スキルを上げたいという思いに応える
この授業の履修生は半数が中国人をメインとする留学生だが、その日本語レベルは非常に高くて驚いたという。「当初はグループワークでは日本人と留学生を組み合わせた方がいいのかとも考えたのですが、実際に議論しているのを見ているとまったく遜色がないので、その必要はありませんでした。むしろ、日本語を理論的に勉強してきた留学生は、母語話者である日本人学生よりもロジカルな視点を持っていることもあるので、留学生の存在はクラス全体にプラスとなりましたね」。
事後課題のレベルは期待以上に高く、学生たちの大きな成長を感じたと声を弾ませる。「自分の中に書きたいことはたくさんあって、かつうまく書きたいという欲望も強いので、学生たちは授業に対してとても貪欲です。その結果深い議論ができたのだと思います」。
学生からの高評価に対しては、彼らの抱えているアカデミックライティングの悩みにこの授業の内容がマッチし、その思いに寄り添えた点が良かったのだろうと感じている。「事前課題という形で学生たちの現状を伝えてもらうことで、今抱えている悩みみたいなものを抽出できたように思います。文章を考える作業は研究の内容の整理にもつながるものなので、この経験が一人ひとりの研究自体にも役立ってくれるとうれしいですね」。