2021年度春学期ティーチングアワード総長賞受賞
対象科目:発展途上国における教育開発と国際協力論(E)
受賞者:黒田 一雄
この授業で扱う「途上国の教育開発と国際協力」という分野は非常に新しく、
日本で学問として広まってきたのは90年代後半という。
JICAや外務省、文科省と共にその枠組みを作ってきた黒田教授は、
まさにこの学問分野を日本に紹介したファースト・ジェネレーションでもある。
この授業は、そうした実績や経験をティーチングに生かして構成されているのが大きな特長だ。
講義で論点も提示し、ディスカッションにつなげる
この授業は大学院アジア太平洋研究科の英語プログラムで、20名の履修生はほとんどが留学生だ。入国できない学生もいることから、教場で授業を行うと同時に、ZOOMによるリアルタイム配信も行うハイフレックス形式で実施した。ZOOMでは教室に来ている学生も含めて基本的に全員がカメラをオンにして、画面上で顔が見えるようにした。「特にディスカッションのときは顔が見えることが大事だと思うので、その間は画面からスライドも消し、学生の顔が見えるようにします。強制はできませんが、回線状況が悪く映像を切らざるを得ないケースを除いて、ほとんどの学生が協力してくれました」。
授業のスタイルは、講義後に学生とディスカッションを行うのが基本となる。「講義は理論や現状の話をしますが、対立的な議論や観点を紹介するなど、できるだけ論点をつくり、それをどう考えるかを議論してもらっています」。念頭にあるのは、既成のものをただ教えるのではなく、この分野の魅力に気づいてもらうことだ。「正義論やこうあるべきという問題意識から始まり、そこに貢献したいと集まってくる学生は多いです。その思いは実践的な手法にも繋がっていきますが、多様な考え方があるなかで自ら考えることの知的興奮という面もインスパイアしたいのです」。
授業では、理論的な枠組みを研究していくアカデミックな部分と、複数の面からプラクティカルに見る部分とを、層構造の形で伝えるよう意識している。講義の前には資料を読ませるリーディング課題を実施しているが、今回はオンラインでの著作権の影響で、国際機関が公開しているものを使った。「今すぐ国際機関に勤めても使えるような実践的なメソッドを示せたおかげで、学生たちも非常に意欲的に取り組んでくれました」
研究を進める準備として、情報や文献の集め方の実践的手法も丁寧に指導している。「たとえば、引用文献データベースや図書館のリソースの使い方などは初歩の部分からかなり詳しく説明しています」。自身が研究委員長を務める国際学会で提供しているWebリソースを紹介したり、ユネスコや世界銀行が公開している専門的な統計サイトを見せて、演習を行わせたりもしている。
学会でも通じるレベルにつながるレポートを書かせる
試験の代わりに課している期末のレポートにも思い入れがある。「せっかく時間をかけて書くのに、目的が成績を取ることだけではもったいないと思うのです。修士論文の一部を書くようなつもりで、後に残るものを書いてほしい。私自身が院生時代に課題レポートを米国の学会で発表する機会を得て、それが後のキャリアにも生きたという経験があるので、学生たちにも学会で通用するようなレベルのレポートを目指すようにと伝えています」。
レポートを書く前のコンサルティングにも力を入れている。「まず1ページぐらいのドラフトを提出させて、テーマが決まっている学生にはリソースの紹介をしたり、迷っている学生にはアドバイスをしたりします」。一人ひとりテーマは違っても、アプローチの方法などを学ぶ機会になるため、コンサルティングは基本的に授業時間内に行うが、必要があれば個別にも対応している。
この授業は前半のクォーター科目であるため、授業終了後8週間かけてじっくりレポートに取り組めるところもポイントだ。「以前15週でやっていた頃は、すべての授業が終わる前にレポートを書き始める必要がありましたが、今はしっかり授業で学び終わってから取り組めるので、レポートの質は非常に向上しました」。コンサルティングも以前は終了後にフィードバックの形でやっていたが、終えてしまった学生のフォローは難しいとも感じたため、着手する前に行うようにしたところ、大幅なクオリティアップを実感している。
授業の内容が自分の実践とつながる喜び
過去には、授業で書いたレポートから発展し、国際的な学術雑誌に掲載されたものもある。「学会発表やパブリケーションに結びつけば、将来プロフェッショナルとしてのレジメにも書けるのだと説明して奨励しています。そもそも授業のためだけに書かれたレポートを読むのは、こちらも楽しくないんですよね。修士論文に結びつくようにとか、学会発表に耐えるようなものになど、インセンティブを与えてよいものを書いてもらうことは、学生にとって教育効果が高いだけでなく、私自身もとても勉強になります」。
黒田教授はこの授業を担当して18年になる。「この間、外務省や文科省、JICAなどといっしょに日本の国際教育協力政策の策定に関わり続けてきたので、リアルタイムな世界状況も含めて授業で示すことができました。同時に、この授業で学ぶ学生の目で、日本の政策をクリティカルに議論してもらえて、自分の実践と授業の内容をつなげることができたのはうれしく思います」。
卒業後は同じ道に進み、第一線で活躍している教え子も多い。「彼らがアジアを代表するような大学で、その国のパイオニアになっていることは、大きな喜びです。70歳の定年までほぼ折り返し点にいると考えたとき、研究も実践も好きだけれど、自分にとっての一番うれしい功績は、結局学生だなと思うのです。自分が開拓してきた分野を学生が受け継いでくれて、それぞれの立場で発展させてくれていることに大きなやりがいを感じています」。