2022年度秋学期早稲田ティーチングアワード
総長賞受賞
対象科目:比較西洋建築史
受賞者:中谷 礼仁
2017年度にも「近代建築史」という授業で本賞を受賞している中谷教授。従来その場での学生の反応を見ながら授業を行うライブ感を大事にしてきた。コロナ禍でのオンライン授業も体験して、改めて「ライブ」の価値への確信を深めている。
大人数でも一人ひとりが満足できる授業がしたい
今回受賞の対象となった「比較西洋建築史」は、建築学科の2年生以上を対象とした専門選択科目だ。前回受賞の「近代建築史」同様、授業内容の書籍も好評を博すなど人気の授業で、他学科からも含めて多数の履修生がいる(2022年度後期は160人)。
この授業において中谷教授は、大規模授業でも個々の学生にいかに満足感を与えるかを重要視している。学生が提出したレポートに教員からの具体的なコメントがつかない場合もあるかもしれないが、それは良くないこと、という。「大人数教育だから仕方ないとは考えないようにしています。簡単なコメントでもいい、時間がなければ線を引くだけでもいい、こちらがちゃんと読んだという証を返すことが大事です。それがないと信頼関係は生まれません」。学生の頃、ある教員からのコメントに力づけられたという思いがあったので、教員として実行しているという。
各回の授業後に寄せられたレビューに対しても、次回の授業で紹介したり問いかけに答えたり、なるべくフィードバックする。さらに、積極的に書いた学生の上位10%程度には最終成績に加点する措置も取っている。「個々の学生のがんばりが教員に伝わっていることをきちんと知らせる。それが、学生が伸びる基本だと思っています」
ゲーム形式を取り入れ、学生も参加する形で納得してもらう
本授業の内容は、西洋における古代ギリシャ・ローマから近世ルネッサンスまでの建築の見方を、別の地域の建築物との比較や素材との関係、物理法則などから解説するというものだ。
意識しているのは、<歴史は暗記もの>との思い込みを払拭すること。「建築史とは、存在する建築の価値を、形による比較や物理的特性、そして時間的順序から考える、サイエンスなのだと伝えたいのです」
授業では、歴史的建築を実験的に再現したものとして歴史映画を鑑賞するほか、建築史研究者の類推方法を再現したゲームも取り入れている。
最初に行うのが「世界建築史ゲーム」。「建築物の写真を500枚ぐらいカードにしたものを、バラバラに提供します。そこから各学生に2枚ずつ選んでもらい、どちらが新しくてどちらが古いのかを考え、なぜそう思うのかの理由を添えて書いてもらいます」
このゲームの目的は、建築史は比較的考察で行うものであると理解させることにある。「古い建築物であればあるほど、何年に作られたのかはっきり記録されているわけではなく、研究者たちもいろいろ比較しながら考察していきます。このゲームを通じてそんなエッセンスを感じ取ってもらうのが狙いです」
最後の授業では「モダン建築史ゲーム」を行う。ある建築物を見てどんな考察ができるかを学生たちに考えさせるのだが、ポイントは教員自身の考える内容との相違だ。「そこに至るまでの授業を通して、学生たちは私の歴史観を学んできています。学生の回答が私の回答とかけ離れていれば、私の歴史観は信用できないということです。実際やってみると、基本的に7割ぐらいは私の歴史観に近いものになりますね」
これらのゲームは学生たちも楽しんで参加していたという。「歴史に唯一の正解はありませんから、自ら参加する形で納得してもらえるのがこのゲームのメリットですね」
コロナ禍に作った音声だけの授業コンテンツは今も活用
コロナ禍ではオンデマンドもZOOMも体験したが、現在はすべて対面に戻している。「コロナで対面が禁じられたときは何くそと思って、オンラインでいかにライブ感を出すか、いろいろ考えました」
そのひとつが、ポッドキャスト形式の授業だ。すべての授業がオンラインになるなかで、学生をパソコンの前から解放するべきとの視点から、映像ではなく音声だけで授業を収録したのだ。「参考にイメージ資料も用意しましたが、学生は教科書を見ながら聞くもよし、何か他のことをしながら聞いてもよしとしました。あの頃はみんな大変だったので、とりあえずリラックスして聞けるものをと心がけました」
工夫したのは、教員がひとりで話すのではなく、TAに聞き役として登場してもらうことだ。「ラジオ番組のように聞き役を設けて対話する形にすれば、オンライン授業の息苦しさから逃れられるのではと考えました」
そうして作り上げた「ラジオ版建築史」は、学生にも好評だった。「元々私の紹介する話が物語風だったのも功を奏したのかもしれません。聴覚だけで想像しながら聴く授業というスタイルは、結構独自性があるように感じています」。クオリティ的にも満足するものができたため、対面授業となった後も引き続き資料としてMoodleアップロードしておき、参考にしてもらっている。
一方で、当時収録したオンデマンド動画は基本的には使っていない。「私が授業に出られないときに補講として使うことはありますが、それ以外はMoodleには置いていません。コロナ収束によってオンデマンドから対面授業復活へ大きく舵が切られたからです。私自体は後もう少しオンデマンドの可能性を検討してみたかった感じはあります。そういう意味でも、こういうポッドキャストぐらいがちょうどいいのかもしれませんね」