2019年度秋学期ティーチングアワード受賞
対象科目:日本語教育実践研究(10)
戸田教授は2015年の秋学期にも同一授業で本賞を獲得している。
その後、学外に向けたオンラインコースを開講した経験を踏まえ、
作成したコンテンツを授業でも使用するだけでなく、そこで得た知見を学内の授業にも還元。
さまざまな工夫を加え続けることで、さらに内容を進化させて再度の受賞に至った。
ディスカッションでは教員の介入の仕方が重要
この授業は、日本語教育の中でも特に発音指導に特化して実践を学ぶものだ。大きな特徴は、実際に日本語を学ぶ留学生の指導をリアルタイムに担当するという点にある。実践指導の対象となるのは、留学生のために日本語教育研究センターが設置している発音クラス。こちらも戸田教授が担当しており、「日本語実践研究(10)」はこの留学生向けクラスと連動して実施されている。
発音クラスは15回のうち後半の10回がオンライン授業で、オンデマンドコンテンツによる自習と、日本語発音を録音した音声データへの個別フィードバックが中心となる。そのフィードバックを担当しているのが、「日本語実践研究(10)」を履修している実習生だ。
実習生は、自分が担当する日本語学習者がオンライン上に提出した音声を聞き、そのフィードバックを準備することが事前課題となる。授業では、互いのフィードバックについて実習生同士のディスカッションを行い、各自修正を加えた上でそれぞれの日本語学習者にフィードバックを送信する。
ディスカッションでは、教員の介入の仕方が教育効果上の重要なポイントになるという。「最初に教員が何かを言ってしまうと、学生は教員からの正解を待つようになってしまいます。そのような状況下では知識を得ることはできても自律的な学習には繋がりませんし、学習意欲の向上や継続にも影響します」。
特に心がけているのは、否定的な言い方をしないこと。「否定的な表現を使うと、学生の自由な思考や活動を妨げてしまうのではないかと思います。指導は必要ですが、まずはフィードバックの準備を成果として認め、学生が自ら考えて行動できるようにサポートすることが大事だと考えています」。
教場での90分はディスカッション中心に行われ、教員が一方的にレクチャーすることはない。「理論の部分は教科書のほかに動画コンテンツを多数用意し、それを見れば私が話す必要はないようになっています」。各自がそれを視聴して自主学習した上で、授業内ではそれをどう実践すべきかの意見交換に時間を割くという、典型的な反転授業形式だ。
大規模公開オンライン講座(MOOC)を、小規模授業に落とし込んで活用する
自習用に用いられている動画コンテンツは、随時追加されてきた。スタートは、2008年にDCC(デジタルキャンパスコンソーシアム)のプロジェクトとして、2004年に出版した教科書に準拠して作成したものだった。その後2012年に別の教本を出版した際にも、出版社のサイトと連動させるために作成した動画を授業用にも追加した。
それに加えて、2016年秋に全世界の日本語学習者に向けた大規模公開オンライン講座(MOOC)「Japanese Pronunciation for Communication(JPC)」を開講してからは、そのコンテンツも授業に活用している。この公開講座は、ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)が共同で設立したオンライン授業配信プラットフォームedXにおいて、早稲田大学が開講した無料のオンラインコース「WasedaX」(https://www.edx.org/school/wasedax)で実施されているものだ。
2020年9月現在で登録者数が7万人を超えるというこの講座は、「世界中の人々に日本語学習の機会を提供したい」という自身の夢の実現に近づくものでもあった。「この試みに参加したことで、私自身も大きく成長できたと感じています。そこで得たものを、担当している科目のさらなる改善に結びつけていけたらと願っています」。
大規模公開オンライン講座のコンテンツを小規模な教室活動に落とし込む手法はSPOC(Small Private Online Course)と呼ばれ、ハーバード大学などのカリキュラムでは正式に単位が与えられているものだ。「SPOC利用については、オンライン講座の内容をどう授業に組み込んでデザインするか、柔軟な仕組みづくりが非常に重要です。この授業では、動画コンテンツのほかにも、フィードバックのためのガイドラインやマニュアル、参考論文など数多くの資料をアップロードして、その仕組みを理解してもらうよう工夫しています。今回は、JPCのSPOC利用を通して、新たな時代のオンライン教育のあり方を、理念だけでなく具体的に考えられるのではないかと期待しています」。
WasedaXにはその後9講座の日本語コースが追加され、各国の日本語教育機関に利用されるなど、コロナ禍においても大きな貢献をしている。「講座の開発には私のゼミの卒業生も参加しています。ここでの学びを活かして世界で活躍してくれているのは、とてもうれしいですね」。
オンラインだからこそできることを考える。そこから新しい可能性が生まれる
対面でないと不可能と思われがちな発音指導に音声ファイルを活用するなど、早くから授業にICTを取り入れてきた戸田教授。数多くの動画コンテンツを作成してきたなかで留意しているのは、目の前に学生がいることをイメージして、語りかけるように話すことだという。「学びたいという人たちがそこにいて、その人たちに私は伝えたいという思いを持って収録するようにしています」。
学内ではコロナ禍での突然のオンライン授業に戸惑うケースもあるそうだが、戸田教授はこの状況を破壊的イノベーションの好機だと指摘する。「オンラインでどう対面授業を再現するかという発想ではなく、オンラインだからこそできることを積極的に取り入れていくという考え方が、今後の改善につながっていくのだと思います。従来の常識を取り払って何ができるのか。そこからいろいろなことが可能になってくるのではないでしょうか」。