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【著作紹介】『厳選 中世ロシア奇譚集』(文学学術院教授 三浦清美)

【著作紹介】『厳選 中世ロシア奇譚集』(文学学術院教授 三浦清美)
Posted
Fri, 15 May 2026

松籟社 初版 刊行日2026年3月10日 判型 A5判 517頁
ISBN 978-4-87984-475-0

本書の狙いーロシアをロシアたらしめているもの

『キエフ洞窟修道院聖者列伝』、『中世ロシアのキリスト教雄弁文学(説教と書簡)』、『中世ロシアの聖者伝(一)―モスクワ勃興期編』、『中世ロシアの聖者伝(二)―モスクワ確立期編』(いずれも松籟社刊)につづき、本書では、中世ロシアの想像力の性質を端的に表していると考えられる物語を集めてみました。この間、筆者は共著として、『「ロシア精神」の形成と現代―領域横断の試み』(松籟社刊)という論文集を上梓しましたが、そこに収録された諸論文も含めて、本書に連なる一貫した問題意識は、ロシアをロシアとして成り立たしめている「精神」とは何かという問いでした。『中世ロシアのキリスト教雄弁文学』の解説「中世ロシアの歴史とロシア思想の展開の諸相」は、いわば表街道に現れた「ロシア精神」の変遷を追ったものですが、本書では、この「ロシア精神」のかたちをいわば裏道からたどっています。『キエフ洞窟修道院聖者列伝』を卓越した文学作品に仕立て上げたのは、一介の修道士ポリカルプの「逸脱の精神」であったことをその解説で詳述しましたが、本書ではそうした「逸脱の精神」が形象となってさまざまに発現した多様な意匠をつぶさに見てゆきます。

収録作品した20作品

『中世ロシアの聖者伝(一)』、『中世ロシアの聖者伝(二)』の解説のなかでは、モンゴル侵寇以後のカオスのなかから生まれた清新で深みに根ざすロシアの修道精神が、復興に伴う繁栄のなかで徐々に病み衰えてゆく逆説的な流れを示しましたが、そうした流れのなかでも、神への懐疑と戦いながら神を求める切実な魂の動きは存在したのです。それは文学的奇想というかたちをとったわけですが、本書はそうした奇想が現れた文学作品を取り上げました。それらの根底にあるのは、神でありなおかつ人間であったイエス・キリストがほんとうはいったいどんな存在なのかという切実な問いではなかったかと、筆者は考えています。本書の解説「中世ロシアの奇譚的想像力の世界―『イエス・キリストとは何者か』という問いのまえで」は、この問題を正面から取り上げ、中世ロシアの想像力の世界に迫っていきます。

本書に掲載されているのは、以下の20の作品です。『王の娘を妻として求めた長老についての物語』(15世紀以前)、『セルビア版アレクサンドロス大王物語』(15世紀以前)、『マケドニアのアレクサンドロスの娘についての物語』(15世紀以前)、『至賢アキルの物語』(15世紀以前)、『預言者モーセ伝』(12-13世紀)、『ソロモンの裁き』(12-13世紀)、『十字架の木についての講話』(12-13世紀以前)、『至福のゼルバベルの講話』(15世紀以前)、『デヴゲーニイの事績』(15世紀以前)、『メルキゼデクについての物語』(15世紀以前)、『アフロディティアンの物語』(14世紀以前)、『アブガル王についての伝説』(13世紀以前)、『ラザロ復活に寄せる講話』(12-13世紀)、『神の御母の地獄へのご訪問』(11世紀以前)、『シニチヤ丘における神の御母のイコンの顕現についての物語』(16世紀後半)、『スモレンスクのメルクーリイについての講話』(13世紀)、『フトゥイニの堂守タラーシイの幻視』(16世紀前半)、『我らが師父、アガーピイの物語』(12-13世紀)、『ドラクラについての物語』(15世紀末)、『ステファニトとイフニラト』(15世紀末)。

 

〈研究内容紹介〉

物語群の特徴―差し迫った幻想性

ここに奇しくも集まったこれらの作品は、奇想がきらびやかで、妖しくおどろおどろしげでありながら、厳しいこの世の現実のなかで光を夢見るような差し迫った幻想性があり、非常に多彩多様です。「文学が栄える国、ロシア」の看板を背負っても、決して色あせることも、まったく恥じ入ることもありません。まさに堂々たる作品群です。そこで、本書を『厳選 中世ロシア奇譚集』と名付けることにしました。その向こうには、散佚されたものも含めて豊かな中世ロシア文学の作品世界が控えています。ここで展開されるのは、中世ロシアの想像力の世界ですが、その想像力の軸となっているのは、イエス・キリストという存在を知った人間にとって「知」とは何なのかという問いにほかなりません。「知」とは、神を知り、人間の人格を陶冶し、秩序をもたらす輝かしいもの(それを古人は「理性」と呼びました)である一方で、神を欺き、他の人間を自らの欲望に奉仕させ、役に立たなくなれば容赦なく切り捨てる冷酷で偽りのあざといもの(すなわち「奸智」)の側面をも有しています。この「知」の二面性に、キリストの究極の自己犠牲が対置されるところに、中世ロシアの想像力は大きく翼を広げて羽ばたいたと言えます。

「文明」(≒キリスト教)への参画-イエス・キリストとは何者かという問い

そこに厳然と存在したのは、「文明」(≒キリスト教)への参画の意識でした。イエス・キリストという最終的なこの世の救済者の存在を知らなかった野卑野蛮の時代を、自分たちはすでに脱し切った、いまや究極の自己犠牲を実践したイエス・キリストをこそ、この宇宙の頂点に置く高い認識の領域、すなわち「文明」の世界に参画しているという安堵の自覚です。それと裏腹に、その認識を少しずつでもこの世に広げていかなくてはならないという差し迫った義務感もありました。その結果として、イエス・キリストの生誕のほぼ千年後にキリスト教に改宗した自分たちは、懸命に「文明」そのものを吸収しなければならない、そうでなければ、昨日まで獣に等しかった「11の刻の改宗者」である自分たちは、永遠に救済されることはない、という切実な意識が生まれたのです。

本書の作品を熟読していただくことによって、ビザンツ帝国から継承し、自らのものとして発展させたロシアの精神のかたちが明らかになってくるのではないかと思っています。ロシアが大きな問題を抱えていることは明らかだと思いますが、その精神に深く分け入ることによって、「奸智」の極を行ってしまった(中世)ロシア文化の揺り戻しの可能性を示すことが出来るのではないか、と秘かに思っています。それが、ほのかな明るさをもった世界全体の希望につながればよいな、とも。

 

早稲田大学文学学術院教授
三浦清美(みうら きよはる)

1965 年(昭和40年)、埼玉県生まれ。専攻はスラヴ文献学、中世ロシア文学、中世ロシア史。博士(文学)。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了、サンクトペテルブルク国立大学研究生、電気通信大学勤務(1995年から)を経て2019年より現職。著書に『ロシアの源流─中心なき森と草原から第三のローマへ』(講談社)、『ロシアの思考回路-その精神史から見つめたウクライナ侵攻の深層』、編著に『「ロシア精神」の形成と現代』(松籟社)、訳書に『キエフ洞窟修道院聖者列伝』(松籟社)、『中世ロシアのキリスト教雄弁文学(説教と書簡)』(松籟社)、『中世ロシアの聖者伝(一)―モスクワ勃興期編』(松籟社)、『中世ロシアの聖者伝(二)-モスクワ確立期編』、『厳選 中世ロシア奇譚集』(松籟社)、ペレーヴィン『眠れ』(群像社)、ストヤノフ『ヨーロッパ異端の源流─カタリ派とボゴミール派』(平凡社)、ヤーニン『白樺の手紙を送りました』(共訳、山川出版社)がある。

(2026年5月作成)