世界各国の作家、翻訳者、評論家たちが一堂に会し、村上春樹作品の魅力や翻訳の課題について意見を交わした国際シンポジウム&ワークショップ「春樹をめぐる冒険―世界は村上文学をどう読むか」が開催されたのは、2006年であった。はじめに、国際交流基金の梅本和義氏によってまず今回のシンポジウムがその延長線上に企画されたものであるという趣旨が説明された。次いで2006年のイベントにも参加したジェイ・ルービン氏によるオープニングトークでは、そうした村上文学に影響を受けた日本人作家たちが数多く、国際的に評価されている状況が語られ、村上現象の現在性が改めて確認された。

国際交流基金提供
続いての第1セッション「新しい世代の作家にとっての日本文学」では、全員が揃って登壇し、2006年のイベントの案内人の一人であった柴田元幸氏の司会のもと、五人の文学者たちが自分たちの創作と日本文学との接点を話し合った。まずチョン・イヒョン氏は、世界と個人の関係について語ることを村上文学から学んだという。そして、よく知られる壁と卵の喩えから自作の「三豊百貨店」に言及しつつ、コミットメントとして創作していく姿勢の重要性を述べた。次にブライアン・ワシントン氏は、「海辺のカフカ」を初めて読んだ時のそこでの記憶の描かれ方、ヒューストンに暮らす自分が見ず知らずの遠い土地を舞台として書かれた小説からもたらされた影響について述懐し、文学が持つ普遍的な魅力を語った。続いてアンナ・ツィマ氏は、もともと日本文学への強い関心から「アフターダーク」を手に取ったことを話し、現在のチェコにおける村上文学の存在感や、自身の翻訳家としての知見から今後さまざまな日本の小説家が読まれていく可能性を展望してみせた。さらに呉明益氏は、戦前には日本の植民地としてあり、その後は長い独裁政権下にあった台湾という土地が持つ歴史の独自性を強調しつつ、そこで生まれたさまざまな文化を素地として村上文学が熱烈に受け入れられていったことを述べた。最後に柴崎友香氏は、そうした四人の話を受けて、日本語で書く作家として近年国際的な文学者の集まりに参加するなかで、翻訳という営みが実は自身と他言語で書かれたものを近づけるのではなく、むしろその遠さを認識させるものなのではないかと発言した。

国際交流基金提供
最後のディスカッションでは、読者にとって差異と相同性を同時に感じさせながら、一方で現実にはどこにもない文学の〈場所〉性が持つ意味などについて、それぞれの意見が示された。

国際交流基金提供
昼の休憩を挟んで行われた第2セッション「表現者にとっての日本文学」は、舞台を幾度か切り替えながら、岡室美奈子氏の司会のもとに進行した。そこでは総じて、さまざまなジャンルで活躍する表現者たちによって日本文学にどのように向き合っているのかが話された。まず同年(2023年)上演された「ねじまき鳥クロニクル」の演出を担ったアミール・クリガー氏とインバル・ピント氏は、それぞれ元の小説世界に影響されながらも、舞台芸術として再解釈していく試行の難しさを語った。ピント氏は、それに関して振付師としての立場も踏まえ、特に身体の重要さについて、「内部から駆動する動物」をつくるという独特の表現で説明を試みた。一方、クリガー氏は母国イスラエルの置かれている現状にも言及しつつ、西洋世界に普遍的な暴力と正義の物語と日本的価値観の違いに目を向けながら、それをどのようにことばの世界で表現していくのかについて自身の考えを示した。二人の話のあとには特別に「ねじまき鳥クロニクル」の出演者によって、一場面のパフォーマンスが披露された。続いてチップ・キッド氏は、幼少期から日本のカルチャーに傾倒してきた経験から説き起こし、鈴木光司のホラー作品や手塚治虫の漫画、そして村上作品と自身が手掛けてきたブックデザインについて、スライドを駆使しながらその創意工夫を語った。平面的と捉えられる本のカバーにいくつものレイヤーを重ねていくことで村上作品の多層性をイメージさせるねらいが明らかとなった。最後にピエール・フォルデス氏は、六つの村上短篇小説を織り交ぜて作り上げたアニメーション映画「めくらやなぎと眠る女」を制作した経験について、原作と対話しながら、実写ではなく、ほかならぬアニメという形式に移し替えるにあたって自らのインスピレーションがどのように発揮されるのかを実際の映画を見せつつ語った。
発言者全員が揃ったディスカッションの場では、それぞれが性質の異なる表現において村上作品を捉えなおしていくなかでメディアや言語上のアダプテーションの課題が論じ合われた。
以上のように、国際シンポジウム「世界とつながる日本文学 ~after murakami~」では、村上文学を端緒として、それぞれの登壇者たちのユニークな視点によって、現代の日本文学が持つさまざまな可能性や課題が明らかになった。
「世界とつながる日本文学 ~after murakami~」開催概要
主催 | 独立行政法人国際交流基金 |
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共催 | 早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)、柳井イニシアティブ グローバル・ジャパン・ヒューマニティーズ・プロジェクト、スーパーグローバル大学創成支援事業 早稲田大学国際日本学拠点 |
日時 | 2023年10月28日(土) 開始:10:30(開場:9:45)~ 終了:17:00 |
会場 | 早稲田大学国際会議場 井深大記念ホール |
開催方式 | 対面 |
言語 | 日本語・英語(同時通訳あり) |
参加費 | 無料 |