Global Japanese Studies早稲田大学 文学学術院 国際日本学

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開催報告「シェイクスピアの翻訳と上演」 —舞台のための翻訳をめぐって

早稲田大学シェイクスピア・プロジェクトによるリーディング公演の舞台より
『ヴェニスの商人』(2017年)

オンライン・シンポジウム「シェイクスピアの翻訳と上演」舞台のための翻訳をめぐって

  • 日時:2021年7月3日(土)14:00~15:30
  • 講師:西川 信廣氏(文学座演出家) 、小田島 恒志教授(早稲田大学文化構想学部教授) 、大塩 誠至氏(早稲田大学大学院修士課程)
  • 司会・講師:冬木 ひろみ教授(早稲田大学文学部教授)
  • 開催方式:Zoom

シェイクスピア劇を日本語に翻訳し、上演台本として使う場合に何が問題となるのかについて、翻訳・演出・演じる側というそれぞれの立場からシェイクスピアの翻訳と上演に関わる問題を討論し、問題点をあぶり出し、今後の展望を得ることを目的として、本シンポジウムを開催した。シンポジウムでは、司会を務める冬木教授から最初に概要と目的などをご説明し、登壇者の紹介を行なった。その後、登壇者がそれぞれの立場から解説や意見などを出し合い、質疑応答も含め白熱した議論が展開されたため、予定時間を延長して1時間50分ほどのシンポジウムとなった。

舞台上演を第一に考えたト書きの挿入やリズムを重視した訳出法

講師として、まず冬木教授が明治期から現代に至るまでのシェイクスピア翻訳のいくつかを取り上げ、翻訳と上演の結びつきとそれぞれの問題点などを概説した。取り上げたのは坪内逍遙、福田恆存、小田島雄志、松岡和子の翻訳であり、時系列に沿って特に上演との関わりを指摘した。逍遙は、日本初のシェイクスピアの全訳者であり、その訳語の正確さとともに、舞台上演を第一に考えたト書きの挿入やリズムを重視した訳出法など、その後の翻訳と上演に多大な影響を与えた功績は大きい。その後、福田訳の「身振りとしての台詞」の実例および翻訳者ごとの比較も試みた。さらに小田島訳の現代の口語を意識した翻訳の特徴は、原文から離れることはあってもその対話のリズムと真髄を伝え得ている点を実例から指摘した。最後に松岡訳が現場である舞台に最も即した翻訳であること、女性的な言葉を原文が実は使っていない点を重要視し、いかにも女性的な言葉を使わない方針の特異性について概説した。

早稲田大学シェイクスピア・プロジェクトによるリーディング公演の舞台より
『マクベス』(2019年)

言葉がシェイクスピア劇の最大の武器

演出家の西川氏からは、シェイクスピア劇が現代劇とは異なり、人物が豊かで言葉が長いけれど現代にも通じるものであることが指摘された。また若手の俳優たちがシェイクスピアの長い台詞に慣れていないことが難しい点だが、言葉がシェイクスピア劇の最大の武器であるので、それを俳優と観客が共有することで、演劇特有の喜びが出てくるのだと思う。またシェイクスピアは現代劇としてどのようにも変容できるので、そこが演出の醍醐味だし、いかに現代劇として成立しうるかが最大の点だと思うといった意見が出された。さらに、西川氏は小田島雄志訳による文学座での舞台上演の熱気、特に江守徹による『ハムレット』の舞台の際の観客の多さとともに、江守が日本語のみならず英語の台詞のほとんど記憶していたとの実例が挙げられた。シェイクスピア劇の台詞は確かに長く難しいものが多いが、俳優の台詞が何を言っているかわからないようなことではだめであり、テンポやスピードということではなく、ポイントとなる言葉をしっかり伝えることの重要性と、相手役にどのように働きかけられるのかを考えなくてはいけないと提言した。これは福田恆存の行分けをしないことと、言葉は動作であることと繋がる。また、イギリスでは観客はaudience「聴衆」であることからも「聞く」ことが重要であり、触れること、触覚も重要であることを俳優たちに伝えている。どのように言葉を聞かせるかが最大に重要な点だと感じているという演出家ならではの指摘をされた。

文学座アトリエの会『ハムレット』(1972年)写真提供・文学座

To be, or not to be

小田島教授は西川氏の言葉を受け、聞くことがシェイクスピア時代の劇の特徴であり、劇場の立ち見の土間席の観客がたいして聞いていないこと、また貴族の席は舞台に一番近い横の席であることも、台詞がよく聞こえるためであることを指摘した。シェイクスピアの劇の長い詩的なセリフの中にも、時間・季節を表す内容が入っていること、また、セリフにはリアリズムではない箇所も多く、例えば、オフィーリアの死の場面を語るガードルードの言葉などは、舞台上で実際には上演不可能という制約から作られたものもあることを具体的に示した。さらに、小田島雄志訳は上演のための翻訳ということが最大のコンセプトであるが、それが福田訳などとは異なる点は、原文をそのまま訳したやりとりではなく、あくまで上演の際の人物たちの状況が明確になるようなやり取りやダジャレを入れ込んでいることを具体的に示した。その核心となるTo be, or not to beの翻訳のこれまでの歴史を示し、リズムを重視しながら、その持つ意味の曖昧性も入れた小田島雄志訳の特異性を解説した。また、演出によるハムレットの人物像の違いが、実際にはどのような翻訳と結びつくのかということへの例示もなされた。西川氏も、翻訳に関しては演出家がどのような人物像を想定しているのか、役者のキャスティングをどうするかに拠るところが多いことを指摘した。さらに西川氏は、ハムレットの「生か死か」の方が時代や訳者によっては表意文字としての日本語としては明確に伝わることがあり得ることも付け加えた。

シェイクスピア・シアターの『間違いの喜劇』の上演(1993年)

小田島雄志訳によるダジャレや言葉遊びがふんだんに取り入れられた舞台の一つ

台詞は俳優の拠り所

大学院学生の大塩氏からも、逍遙訳や小田島訳について役者として語ったことのある経験から意見が出された。ハムレットのTo be, or not to beはリアリズムか象徴的なセリフなのかの議論だと思うし、逍遙訳だと現代では通じない言葉もあるし、象徴主義的な意味を帯びることもある。それにより舞台のスタイルが変わることもあるだろうと思う。また、俳優は台詞を拠り所とすることで舞台への不安が解消されることがあり、逍遙訳の翻訳はその非日常の台詞ゆえに、俳優が虚構のままの世界に居られるある種の安心感があると思うとの意見が出された。それに対し西川氏は、イギリスの俳優がシェイクスピアはわからないから嫌だというエピソードを紹介し、逆に翻訳により日本の方がわかるということがあり得ることを示した。また西川氏自身の体験として、イギリスで演出助手をした際にイギリス人の演出家がわからなかった台詞と動きの関係性を、西川氏が翻訳から理解して示し得たことを披露した。小田島教授からは、小田島雄志訳の七五調のリズムが原文の韻をほぼ再現していることが指摘された。また、現代劇の『チャールズ3世』の面白さとともに、ここでもブランク・ヴァースのリズムがきちんとなされていることの妙とその現実と交錯するアイロニーが紹介された。従って、日本語でも韻文を反映することが必要だと思うという意見が小田島教授から出された。

早稲田大学シェイクスピア・プロジェクトによるリーディング公演の舞台より『マクベス』(2019年)

その後、参加者から俳優の訓練に関する質問が出され、日本の演劇訓練所の統一的なシステムがなく、基本的なメソッドに基づいて教えられていないことが西川氏から示された。日本では基礎教育がなおざりにされることが多いので、そこをしっかりすることが重要であり、きちんとした講師陣がいることが必要だと指摘した。上演を考えた時、ネイティブの演出家を招いて製作された舞台が、演出家がきちんと日本語の台詞を理解していないのではないかというものが時折ある。優秀な通訳もついているのに、なぜそのようになるのかの問題は、役者が台詞の疑問点を演出家に伝え、ぶつけられない点が問題ではないかと思うとの意見が西川氏から出された。また、西川氏はデイヴィッド・ルボー(イギリスの演出家)の場合は、日本人を演出していてどこかおかしいと感じた場合は、通訳に英語訳させ、それを役者に確認してゆくことで、非常に見事な舞台を作り得たことが示された。参加者からはさらに、シェイクスピアの演技の指南書がほとんどないのではという問いかけがなされた。また、日本では地方での上演だけでなく、演技に関する育成の機会もないことが指摘された。さらに、西川氏は現代劇の日英の共同演出をした際に、日英の台詞の言い方、解釈、動き方の違いが浮き彫りになったことを示し、原文と日本語の差異をどのように埋めるのかの問題が大きいと感じたとのことであった。

左より、冬木 ひろみ教授(早稲田大学文学部教授)、小田島 恒志教授(早稲田大学文化構想学部教授) 、西川 信廣氏(文学座演出家) 、大塩 誠至氏(早稲田大学大学院修士課程)

明確な結論までは至らなかったが、上演を念頭に置いた場合の翻訳の難しさとともに、立場により翻訳のあり方が変容する可能性についても確認できた。また翻訳だからこそ可能になる言葉の豊かさや解釈の深さがあることの確認もでき、今後上演と翻訳に関わるさらなる議論の余地とともに、舞台上での翻訳のもつ力への期待も込めて、シンポジウムを閉幕とした。

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