1936年(昭和11)2月26日に発生した「二・二六事件」に直接関係すると思われる資料は、歴史館アーカイブズにはほとんど見当たりません。事件について、『早稲田大学百年史』は斎藤隆夫の紹介にあたって概説的に言及していますし、また『早稲田大学百五十年史』は「右翼学生運動」「学内右翼団体」の解説中で触れていますが、アーカイブズ所蔵資料を利用してはいないようです。
ここでご紹介する資料は、同年6月18日、正門前にあった丸善株式会社早稲田出張所から中西正二宛に送られた封書ですが、ウラ面の封緘ふたに「戒厳令ニヨリ開封」と手書きされていました。戒厳令は事件翌日から7月18日まで施行されていましたので、戒厳解除のちょうど1ヶ月前に投函された封書だということになります。

「11・6・18」と消印日付がある
中西正二は同年4月に理工学部電気工学科第二分科に入学したばかりで、手紙には注文した洋書3冊に関する書店からの回答が記されていました。『ベクトル解析学』など3冊は在庫があったものの、1冊はないため海外からの取り寄せになる──といった内容です。

丸善からの在庫連絡
ウラ面には、数式やグラフといったものが記載されており、宛先中西本人の住所・氏名も記されていますが、丸善の差出人の筆跡とは異なるように思われます。戒厳司令部による検閲印は「戒厳令ニ依リ開緘」という様式であることを考慮すると、「戒厳令ニヨリ開封」というペン文字は、中西正二氏自身がたわむれに書き込んだものなのかもしれません。

「戒厳令ニヨリ開封」
本資料を含む資料群「2020年度藤野正弘氏寄贈資料」は、2026年度に目録を公開する予定です。















