『Authors Alive!~作家に会おう~』 レポート♯3
2022.07.15
- 文学・芸術
『Authors Alive!~作家に会おう~』6月8日 堀江敏幸さん 朗読イベントレポート
6月8日(水曜日)に、国際文学館において、2022年度の「Authors Alive! ~作家に会おう~」第3回が行われました。
会場は第2回に続き、「B1F・ラウンジと階段本棚」に設けました。また、このイベントでは初めて、本学・放送研究会が音響・照明を担当しました。
公募を中心にした参加者の館内見学を、今回は終演後に設定し、その際、当館の助手・助教が案内役を務めました。
第3回の出演は、作家の堀江敏幸さんです。当館顧問でもあるロバートキャンベルさんが対談相手をつとめながら全体の司会進行にあたりました。橋本周司・当館顧問(本学名誉教授)が主催者挨拶をし、本学・文学学術院教授でもある堀江さんですが、この日は作家・堀江敏幸としてお招きしたと紹介したのち、イベントが始まりました。
早稲田大学入学のため上京した堀江敏幸さんは、高校時代から「漠然と文学をやりたい」と思っていたものの、外国文学でなく国文学を志望していたのが、第一文学部で「変節」したとのこと。古典文学について、意味を伝えるものではあるが翻訳とも違う“現代語訳”でなく、原文で読んでこそ、リズム、音、文字の風景を味わえると、キャンベル先生との対談でその面白みを話した堀江さんですが、フランス文学を専門に選んだ経緯の一つに、フランスの文芸書の造本・装丁は、大家であろうと新人であろうと変わりなく簡素で、そのすずやかな特徴によって、本という物質に触れる喜びをあらためて感じたことがあったと、紹介されました。
この日の朗読作品を収めた堀江さんの自著『その姿の消し方』が(他の多くの著書でもそうですが)、実に瀟洒であることをキャンベルさんは会場の参加者に示したうえで、今日の朗読では、堀江さんのオリジナルの言葉のつらなり(=小説作品)と、広義の翻訳(『土左日記』口語訳)との、“あわい”を往復する感覚を楽しんでもらえれば、と案内しました。
その朗読に入る前に、堀江さんの創作活動と『その姿の消し方』について、もうしばらく対談が続きました。
1999年に『おぱらばん』で三島由紀夫賞を受賞してから、2001年に芥川龍之介賞(『熊の敷石』)、2004年に谷崎潤一郎賞(『雪沼とその周辺』)、2006年に読売文学賞(『河岸忘日抄』)など、数多くの作品で受賞を続けている堀江さんですが、1995年に刊行された最初の単行本『郊外へ』は多様なスタイルやジャンルの文章が収められたものとのこと。それを受けて、一つの作品内に様々な要素が混ざりこんでいることは、堀江さんの創作にも、そして朗読される「土左日記」にも共通して見受けられる、とキャンベルさんは話しました。
2015年刊行の『その姿の消し方』(2016年に野間文芸賞受賞)の成り立ちは、字義通りの連作短編集でなく、ご自身の流儀で、依頼を受けた媒体(雑誌)に対してそれぞれ“読み切り”として書いたものなのだが、書いたことで触発された“続き”が自分の中から出てきて、緩やかに連なっていったもの、と堀江さんは説明しました。
そしてこの物語を書き続けている最中に『土左日記』翻訳の仕事が重なっていたのですが、これは「日本文学全集」の個人編集にあたった池澤夏樹さんからの依頼によるもの。どの作品はどなたが訳すかをセットにした表が示され、他の作品でと相談する余地はなかったようですが、実際には創作と『土左日記』口語訳の仕事二つは内的に深く関係したものだった、と堀江さんは振り返りました。
朗読する短篇「デッキブラシを持つ人」にはいくつか言葉遊びがあって、文字で見ないとわからないところもあるが、解説をのちほど加えます、と断って、作品の冒頭部分を堀江さんは朗読しました。
朗読後、作中の10文字×10行に組まれた詩などをめぐっての背景や感想が交わされました。そして、間違えられた名前のままで小切手を使うという実体験からのエピソードを作中に生かしたときに、堀江さんは“私の揺らぎ”のようなことを感じたといいます。それが、『土左日記』を読み直したとき、紀貫之が書き手を仮構したことや、位相の違うテキストを重ねていったことに関わると思った、などの、『土左日記』の現代性に通ずる堀江さんならではの観点が、詳しく述べられました。
じつは『土左日記』は、「日記」をそのまま受け取るだけではわからない幾つもの“謎”があると堀江さんは続け、それを解くべく、堀江訳『土左日記』には原文にはない「緒言」がフィクションとして書き加えられ、さらに本文中に( )を使って貫之が自分の記述に“ツッコミ”が入っているようなスタイルになっていることが、朗読の前に伝えられました。実際に訳文の( )もそのままで、堀江さんの朗読は行われました。
(冒頭部分など、朗読箇所から2カ所を文字で例示します。引用文出典はレポート文末尾に記しました。)
おとこがかんじをもちいてしるすのをつねとする日記というものを、わたしはいま、あえておんなのもじで、つまりかながきでしるしてみたい(それは必ずしも、女になりすますことを意味しない。すでにこの書が私という男の手になるものであり、土左日記という標題を持つ創作であることは、劈頭に、ほかならぬ漢字で記されているのだ。これは土左日記であって、とさのにきではない)。
十二月二十五日。あたらしいくにのつかさのつかいが、やかたへのしょうたいじょうをもってきた。これにおうじて、ひがないちにち、よるはまたよるで、おんがくをかなでるまねごとをし、あれこれさわいでいるうち、あさになってしまった(わたしが女だとすれば、こんな酔っ払いたちに、朝までつきあうはずはなかろう。では、彼らにつきあっていたのは、だれなのか)。
朗読後には、現代語訳でも“ひらがな”を生かしたことの意図・意味などについてお二人で話し合われたあと、事前に集められた参加者からの質問が紹介されました。
「10代や学生時代によく読んだ本は」「創作の授業で学生への声かけはどのように」といった質問に対して、堀江さんから「『土左日記』のほか『伊勢物語』『更級日記』など日本の古典を中心に」「声がけはしていませんね。ゼミの中で、学生たちは相互に批評や感想を出し合っていて、自分はその整理整頓をしている程度。あえて言えば同じ空間・時間をともにしていることの貴重さを伝えることでしょうか。この2、3年のような時、あせらないように、耐えるしかない、としか言えないところ、学生は実際にがんばっていて、私自身が励まされている」という答えがあり、イベントは終了に向かいました。。
今回のイベントで朗読された作品
堀江敏幸:
- 「デッキブラシを持つ人」(『その姿の消し方』所収、新潮社・2016年、新潮文庫・2018年)
- 「土左日記」(堀江敏幸訳。池澤夏樹=個人編集『日本文学全集03』所収、河出書房新社・2016年)
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