ロバート キャンベルさん(国際文学館顧問)
2026.10.05
国際文学館の開館時から顧問を務め、「Authors Alive!~作家に会おう~」をはじめ、多彩な企画に携わってきた日本文学研究者のロバート キャンベルさん。
開館5周年の節目に、国際文学館の内外で手がけた日本文学を中心とする文化の発信、国際交流の取り組みを振り返るとともに、その活動を通して感じたことや、学生や音声メディアとともに描く今後の展望について、お話をうかがいました。
コロナ禍、古典籍の収蔵庫から
日本文学と感染症を題材に動画を配信
——キャンベルさんは、2017年から4年にわたり、国立国文学研究資料館(以下、国文研)の館長を務められ、コロナ禍だった2020年4月には「日本古典と感染症」をテーマにした動画を日本語と英語で制作・配信されました。この動画は、日本の文学作品が古来、感染症の流行や社会状況を扱ってきた歴史を世界中の人が知るきっかけになりました。また、これに関連した書籍も出版されましたね。
国文学研究資料館(以下、国文研)は、数十万点に及ぶ古典籍と関連する記録資料を収蔵し、それらの画像と書誌情報をデータベースとして公開しています。研究者や日本文学の愛好家たちに研究や活動の場を提供することも事業の一つなのですが、コロナ禍によって閲覧室や展示室を閉鎖することになり、人を受け入れることができなくなってしまった。そこで、私は「この状況で何ができるだろう?」と考え、研究棟の地下にある古典籍の収蔵庫に降りていき、動画をつくることにしたのです。この動画を国文研のYouTubeで配信したところ、多くの方が見てくださったようで、海外からも反響がありました。
また、配信の翌日に、動画を見た編集者から、書籍を出さないかという打診を受けました。そこで、『万葉集』から近代文学まで、人々がどう感染症を受け止め、困難と対峙してきたかをまとめるため、国文研に所属する教授陣や他分野の専門家などに執筆を依頼し、書籍『日本古典と感染症』(角川ソフィア文庫)を作ったわけです。
動画のなかでも話しましたが、江戸時代には大きな飢饉があると必ず、感染症が流行し、パンデミックが起こり、それに関連した医学書や物語、詩などが作られました。例えば、戯作者の式亭三馬は、江戸を襲ったはしかの流行をとりあげた滑稽本『麻疹戯言』を書いています。感染症を取り上げた作品は、江戸時代に限らず、『万葉集』には天然痘にまつわる歌が収録されていますし、時代を下って夏目漱石の作品には腸チフスが出てきます。人々がどう厄災を乗り越えていったかなど、新型コロナウイルスが蔓延した現代においても役立つようなことが記されています。
——国文研では、キャンベルさんが中心となって「ないじぇる芸術共創ラボ」という事業を創設され、アーティストや翻訳家等を招いたワークショップやイベントなどが開催されています。これについては、今年6月に開催した「Authors Alive! 特別企画 ラジオマン作家・延江浩の制作と文学」に登壇された俳優の長塚圭史さんが話題にされていましたね。
「ないじぇる芸術共創ラボ」は、国文研が保有している古典籍を材料に、新しい芸術表現を生み出し、研究者のコミュニティの外側へ向けて発信することを目的に立ち上げました。作家や音楽家、舞台芸術家などのアーティストを招くアーティスト・イン・レジデンスや、日本文学の翻訳者を招聘するトランスレーター・イン・レジデンスなどの制度をつくって、俳優の長塚さんもそうですが、作家の川上弘美さんやアニメーション作家の山村浩二さんなどを招いたワークショップを行いました。
日本文学の各時代や分野をつなげ
作家たちにとって居心地のよい場所に
——2021年の国際文学館開館時に顧問に就任されました。その時の思いは?
私は前近代日本文学の専門家であって、村上文学の研究者ではありませんから、顧問のお話をいただいた時は正直に言って、とまどいましたが、私のこれまでの研究や知見をもとに協力をしてほしいという言葉をいただき、非常にうれしく思いました。おそらく、国文研でやってきた活動をふまえて、お声をかけていただいたのだと思います。
村上さんがおっしゃったように、国際文学館は風通しの良い、交流の場として機能し、誰もが気軽に立ち寄れるような場となることを目指しています。私は日本文学の各時代や分野をつなげる架け橋、というより桟橋のような立ち位置で、ここを訪れる作家の皆さんにとって居心地のよい場にしていきたいと考えました。
——キャンベルさんは、開館当初から作家が自作を朗読するイベント「Authors Alive!~作家に会おう~」を計画され、これまでに多くの作家に出演いただいています。
国文研では収蔵する古典籍のなかから一冊を選んでゲストと感想を語りあう公開対談を開催していました。また、以前から、海外ではよくある作家による朗読イベントを、日本ではあまり見たことがないと感じていたので、作家の朗読会は国際文学館でやるイベントとしては、最適ではないかと思いました。
名称はどうしようと考えていたとき、村上さんが「Authors Alive!がいいんじゃない?」とおっしゃったので、「それ、いいね」と、そのまま使わせていただくことになりました。

Authors Alive!~作家に会おう~
グレゴリー・ケズナジャット×ロバート キャンベル
朗読と対談「まなざしの射程」(2025年7月9日開催)
対話、そして文化活動を通じて
ウクライナの人々と日本をつなぐ
——戦時下にあるウクライナで詩人のオスタップ・スリヴィンスキーさんが聞き取った現地の人々の言葉をもとに、書籍『戦争語彙集』(岩波書店)を編訳されました。同著に関連し、2024年1月には、国際文学館と国際交流基金の共催で、「そうやって、私たちは生き永らえたのです ~ウクライナの避難者の声から言葉の「今」を考える国際フォーラム」を開催しましたね。
はい。このフォーラムはまず、学生を巻き込んだイベントにすることを目指して計画しました。戦禍にあるウクライナからスリヴィンスキーさんを招聘するという難しい側面もありましたが、早稲田大学がウクライナからの避難学生を受け入れる日程と合わせて調整し、実現することができました。
第一部ではチェリストの溝口肇さんのすばらしい演奏にのせて、俳優の紺野美沙子さんと早稲田大学の放送研究会の学生が見事な朗読を披露してくれました。
学生の座談会では、両親が占領下におかれているウクライナの学生やシンガポールからの留学生、日本人の学生に話をしてもらいました。また、第三部で『戦争語彙集』について日本の研究者がどう感じたかを、スリヴィンスキーさんも交えた対話ができたことは本当に良かったと思っています。

そうやって、私たちは生き永らえたのです
~ウクライナの避難者の声から言葉の「今」を考える国際フォーラム(2024年1月18日開催)
——『戦争語彙集』には、キャンベルさんが2023年にウクライナを訪れた際のレポートも収録されていますが、その後も継続してウクライナに赴かれています。
今年5月には3週間ほど滞在しました。訪問した場所の一つは、ウクライナ東部のザポリージャ州にあるコンテンポラリーアートセンターです。このセンターは戦時下で大変な状況にありながらも、芸術を通じた活動が人々の心を豊かにするという考えから自治体によって作られたもので、アーティストや地域の人たちが出入りし、文化活動を行っています。活動の一つとして、アーティストたちが戦争をテーマにしたポスターを制作しています。初期の作品は、敵に対する憎悪や戦争を鼓舞するといった内容のものが多かったのですが、最近は、穏やかな表現に変わってきている印象を受けます。
今年11月に、私が館長を務めるせんだいメディアテークで、ウクライナ大使館との共催でウクライナ映画祭を開催するのですが、会場にはウクライナのアーティストたちが描いたポスターを展示する計画です。
それとは別に、ウクライナで爆撃された家屋から収集した食器の破片を日本に持ち帰り、能登半島地震で被災された輪島塗職人の金継ぎの技術によって、新たなアート作品として蘇らせ、ウクライナに返すというプロジェクトを進めています。

『戦争語彙集』
オスタップ・スリヴィンスキー作 ロバート キャンベル訳著(岩波書店、2023)
今後は、学生を巻きこみ
音声メディアを活用したイベントを
——最後に、開館5周年という節目に、これまでの歩みを踏まえ、次の5年に向けた展望を教えてください。
開館以来、「Authors Alive!」では多くの作家の方に出演していただきましたが、昨年度は少し趣向を変えて、作家だけでなく、歌人や俳人を招いた朗読会を開きました。今後は、学生を巻き込んだイベントをしていけたらと考えています。
今はまだ計画段階ですが、ウクライナでの私の活動をみてくれたJICA(独立行政法人国際協力機構)の方から、国際文学館で学生に向けて発信するイベントができないかというお話をいただいています。
また、私は音声メディアに非常に興味があります。音声はすごくクリエイティブで、人の想像力を掻き立てる力があって、多文化共生や国際交流、街づくりなどに適したメディアだと思います。最近、ラジオが見直され、ポッドキャストが人気を集めているのも、理由の一つでしょう。
現在、せんだいメディアテークの事業の一つとして、30分のラジオ番組をつくり、これからの地域社会の価値や事業の方向性を市民にわかりやすく伝えています。
国際文学館にはスタジオがありますから、ここを活用して何かできないかと考えています。「Authors Alive!」の一つのコンテンツとしてもよいですし、柴田元幸先生の翻訳プロジェクトと交わるようなプログラムや企画展示と関連したギャラリートークショーなどが、実現できるといいですね。
(聞き手 国際文学館 橘晶子)
ロバート キャンベル
米国ニューヨーク生まれ。日本文学研究者。
せんだいメディアテーク館長。国文学研究資料館前館長。
19世紀(江戸後期~明治前半)の漢文学と、それにつながる文芸、芸術、メディア、思想などに関心を寄せている。テレビでMCやニュース・コメンテーターなどを務める一方、新聞雑誌連載、書評、ラジオ番組企画・出演など、さまざまなメディアで活躍中。
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