Waseda Weekly早稲田ウィークリー

特集

ラグビーW杯、挫折乗り越え全試合出場 山中「早稲田のレガシー示せた」

アイルランド戦で逆転勝ちし大喜びの日本代表。中央が山中選手(写真提供:共同通信社)

瞬間最高視聴率53.7%。日本中が熱狂したラグビーワールドカップ(W杯)日本大会で、“最も盛り上がったシーン”は決勝トーナメント進出をかけた大一番、日本対スコットランド戦のラストプレーだった。フルバックの山中亮平選手(神戸製鋼コベルコスティーラーズ所属)がボールを蹴り出してノーサイド。悲願の決勝トーナメント進出を決めた瞬間、テレビの視聴率は令和初の50%超という驚異的な数字を記録した。

スコットランド戦の後半、山中選手(左端)がボールを蹴り出し試合終了(写真提供:共同通信社)

日本代表の全5試合に出場し、初のベスト8進出に貢献。今や「瞬間最高視聴率男」の異名でも話題の山中選手は、早稲田大学ラグビー蹴球部出身(2011年スポーツ科学部卒)。在学中から日本代表に選ばれ、「日本ラグビー期待の星」と呼ばれた山中選手。しかし、W杯は意外にも31歳で迎えた今大会が初出場だった。

『早稲田ウィークリー』では、神戸製鋼コベルコスティーラーズ練習場にて山中選手にインタビュー。W杯出場をつかむまでの軌跡と本大会の舞台裏、そして早稲田時代や早慶戦・早明戦の思い出などを伺った。

日本代表につながった、早稲田時代のレガシー

「今まで経験したことのない感覚でした。満員のスタジアムで、日本代表として国歌を歌える。全てが新鮮で、言葉には表せられない興奮がありました」

夢に見続けたW杯のピッチを踏みしめた瞬間をこう振り返った山中選手。大学4年次の2010年に、代表として初の国際ゲーム出場を果たしてから、既に10年近くの歳月が流れていた。

ロシア戦の後半、W杯初出場を果たし突進する山中選手(写真提供:共同通信社)

山中選手に対するW杯代表入りへの待望論は、2011年大会の頃からあった。ところが大会直前、ひげを伸ばす目的で使った育毛剤に禁止薬物が含まれていたのだ。思わぬことで2年間の出場停止処分になり、次の2015年W杯もバックアップメンバーに留まった山中選手。ただ、夢の舞台を諦めることはなかった。

31歳。最後のチャンスかもしれない自国開催のW杯。山中選手は、大会1年前に「スタンドオフ」から「フルバック」へとポジションを変更。その決断も功を奏し、ついに悲願の代表入りを果たした。

「神戸製鋼のチーム事情もありますが、どのポジションでもできる、というのが自分の強み。幅広くプレーできれば、それだけ代表入りの可能性も高くなります。結果的に神戸製鋼も昨シーズンは優勝できましたし、代表入りもできた。いい決断だったと思います」

山中選手は、スクラムハーフ以外全てのバックスのポジションに対応する器用さとスキルを持ち合わせている。どのポジションでもできるという強み。どんな戦術にも対応できるという柔軟性。それは早稲田大学ラグビー蹴球部での経験も大きな要素だと言う。

2007年11月16日、1年生で出場した関東大学対抗戦の帝京大学戦。ディフェンスを振り切り突進する山中選手(右)(写真提供:共同通信社)

「早稲田では、自由にのびのびとプレーをさせてもらえました。そのことが、自分が大学で成長できた要因だと思います。入学当初から、当時4年生だった五郎丸さんや畠山さんたちに、『山中、自由にやっていいぞ。ミスしても全部俺たちが助けるから』と言っていただき、思いっきりプレーできていましたね」

2015年W杯で、日本が世界ランキング3位の南アフリカを逆転で破る大金星の立役者となった五郎丸歩選手(2008年スポーツ科学部卒・ヤマハ発動機所属)や、畠山健介選手(2008年スポーツ科学部卒)。彼らが牽引(けんいん)した当時の早稲田大学は、2007年度の全国大学選手権で優勝。山中選手は1年生でレギュラーとして活躍し、翌2年次にはさらなる連覇達成の立役者となった。

「(当時の監督)中竹竜二さん(1997年人間科学部卒)は、選手に考えさせるタイプの指導者。『あれをやれ』『これをやれ』ではなく、『こうしたらいいと思うけど、どう思う?』と、部員の意見も取り入れてくれたおかげで、考えてプレーするスタイルが身に付きました。今大会の日本代表も、選手だけでミーティングをしたり、グループごとに話し合って約束事を決めたりする場面がよくありました。僕の場合、早稲田時代からできていたことが、今につながっているのかなと思います」

また、早くから大舞台の経験を積めたことも「早稲田時代のレガシー(遺産)」と、山中選手は話を続けた。

「早慶戦・早明戦と、観客席が人で埋まるような大きな舞台に立つことができた。それは、早稲田のラグビー蹴球部だからこそできた経験。本来は、日本代表になって初めて経験することなんです。その経験値、ラグビーに対する高い意識を学ぶことができたのは、早稲田で過ごしたからこそです」

早稲田の仲間たちの思いも背負って立った大舞台

サモア戦で激しいタックルをする山中選手(写真提供:共同通信社)

W杯で日本代表の全試合に出場し、チームに貢献した山中選手。だが、実は大会直前まで試合に出られるかどうかも分からない立場にいたと言う。

「W杯前はベンチ入りもできず、『1試合でも出られたらいいな』と考えたこともありました。でも、開幕のロシア戦で途中出場のチャンスをもらうことができた。もともとあの試合では、タッチキックからチャンスを作ろう、というゲームプランでしたが、前半はそれができていなかった。でも、僕が出てから、2本のタッチキックでゲームの流れを引き寄せることができた。そこが評価されて、2試合目からは先発を任されたのかなと思っています」

そんな起死回生のプレーの裏側には、「後輩の分まで」という山中選手ならではの思いもあった。大会直前に代表落選となった早稲田ラグビー蹴球部の後輩、布巻峻介選手(2015年スポーツ科学部卒・パナソニック ワイルドナイツ所属)の存在だ。

「ヌノ(布巻選手)とは、大学時代はちょうど入れ替わりなんですが、仲のいい可愛い後輩です。代表合宿では部屋も一緒で、練習でしんどいときも『早稲田代表としてしっかり頑張っていこう』と励まし合いながらやってきました。だから、ヌノが選考漏れしたときは悲しかったですね…。でも、ヌノはその後も試合前になると『頑張ってください』と連絡をくれたんです。出たくても出られない奴がいるんだから、しっかり頑張ろう! と、気持ちを引き締めることができました」

スポーツ専門チャンネル「J SPORTS」の解説者としてスコットランド戦を観ていた布巻選手。初8強入りが決まった瞬間、感極まりグラウンドの山中選手のもとへ駆け寄った

実は、山中選手には布巻選手以外にもう一人、同じ早稲田大学ラグビー蹴球部出身で、大会前も大会中も刺激を受けてきた人物がいる。大会公式キャッチコピー「4年に一度じゃない。一生に一度だ。」を考案したコピーライターの吉谷吾郎氏(2011年政治経済学部卒)だ。山中選手とは同学年で、しかも同じポジションを競い合う関係性だった。

W杯中、試合会場をはじめ街中を彩った、吉谷さん考案の大会公式キャッチコピー「4年に一度じゃない。一生に一度だ。- ONCE IN A LIFETIME -」

「吾郎とはずっと同じスタンドオフとして4年間、練習を共にしました。最後の全国大学選手権で、僕らの代は決勝進出。吾郎をはじめ、試合に出られないメンバーの分まで頑張って優勝を届けたかったのに、それができなかったのは本当に悔しかったですね。そんな吾郎があのコピーを考案したのはめちゃくちゃうれしいし、いつもラグビーのことを真剣に考えてくれている。お互い、いい刺激になっています」

山中選手は、記者会見やテレビ出演の際、いつも吉谷氏考案の「一生に一度」のフレーズをコメントに盛り込む

早稲田時代の経験を糧に、そして、早稲田の仲間たちの思いも背負って夢の大舞台に立った山中選手。そんな偉大な先輩から、次代を担う現役部員に向けてエールをもらった。

「全国大学選手権での優勝は、自分が2年だった2008年度が最後ですよね!? 今の部員には、11年も前のことは分からないかもしれない。でも、だからこそもう一度、早稲田の歴史というものを振り返ってみることで、意識も変わってくるんじゃないかなと思います。今年は強いと聞いているので、優勝を目指して頑張ってほしいです」

最後に、山中選手の次なる目標とは?

「早稲田時代から応援していただいている皆さんに向けて、今回のW杯で少しは恩返しができたのかなと思っています。でも、これで終わりではなく、まだまだ現役は続きます。これからもいいプレーをして、もっともっと応援してもらえるように頑張りたいです」

取材・文:オグマ ナオト(2002年第二文学部卒業)
写真撮影:倉科 直弘

【プロフィール】

大阪府出身。14歳からラグビーを始める。東海大仰星(現・東海大学付属大阪仰星)高等学校で3年次に全国高校大会優勝を果たす。早稲田大学では1年次より主力メンバーとして活躍し、1年・2年次に全国制覇。4年次には日本代表にも選出され、2010年5月、初の国際ゲームに出場した。2011年、神戸製鋼に入団。2011年W杯日本代表候補。2011年8月に禁止薬物による2年間の選手資格停止処分となり、神戸製鋼を一時退団。2016年に他界した元日本代表監督で、当時の神戸製鋼ゼネラルマナージャーであった故・平尾誠二さんの尽力により、再び神戸製鋼に入団。2015年W杯のバックアップメンバーに選出。同年12月には日本初のプロラグビーチーム「サンウルブズ」に選出。2018年、スタンドオフ(SO)からフルバック(FB)へ転向し、神戸製鋼の18年ぶりの日本一に貢献。2019年8月、ラグビーW杯2019日本大会の日本代表に選出される。

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