Waseda Weekly早稲田ウィークリー

早稲田の学問

文明を越える視点<後編>

未来を考えるディスカッション

物事についての価値観は人それぞれ。個人の価値観が違うなら、個の集合であるコミュニティー、組織、国家、さらには文明の価値観も多様です。時には価値観の違いで衝突し、争いに発展することも……。学年、学部、国籍も違う早稲田大学の学生が集まり、哲学が専門の八巻和彦教授とともに、文明・文化をテーマに実施した座談会。違和感から起こる衝突と、それを回避するために必要なことを話し合った前編に続き、後編では多様性やグローバルスタンダードについてディスカッションしながら、文化・文明について考えました。

P81⑫八巻和彦教授トリミング版_GKN6240

商学学術院 教授 八巻 和彦(やまき・かずひこ)

1947年山梨県生まれ。1986 ~ 1988年にはドイツのトリア大学クザーヌス研究所に、1998 ~ 2000年にはドイツのボン大学に客員研究員として滞在。1990年より現職。専門は西洋哲学。著書に『クザーヌスの世界像』(創文社)などがある。

P78-79⑧トリミング_GKN6057_k

学生メンバー(左から)

法学部 4年 辻 あやめ(つじ・あやめ):カナダに1カ月、アメリカに1年間の留学経験あり。学生参画・ジョブセンターの学生スタッフを務める。

商学部 2年 張 珏堯(Jue yao Zhang):中国・安徽省出身。2012年4月から日本に留学。ハンセン病問題支援学生NGO「Qiao」の幹事を務める。

政治経済学部 4年 藤井 琳子(ふじい・りんこ) :早稲田大学交響楽団のコンサートマスター。ドイツ、オーストリア、フランスへの演奏旅行の経験あり。

大学院創造理工学研究科総合機械工学専攻 修士課程 2年 Sufian Ahmad(アハマド・スフィアン):多民族国家であるマレーシアのジョホール州出身。2012年4月から日本に留学。

>> 前編はこちら

外国人の素朴な疑問で部内の風通しが良くなった

P80⑩真ん中_GKN5922

 

 

 

 

 

 

 

 

八巻教授

ダイバーシティ(多様性)という言葉があります。心にゆとりがないと「一つにまとまった方が集中できるのに」とイライラしますが、ゆとりがあれば多様性を楽しめるもの。皆さんは多様性が良かったと感じたことはありますか?

藤井

サークルには何年も続く“しきたり”があります。それに対して外国から来た人が「なんで?」と聞いてくれました。私たち日本人にとっては当たり前すぎて、疑問にすら思わなかったんです。でも言われてみると、「確かに変だ」となり、そのしきたりを変えてみたら、効率的に練習できた。視点・視野の多様性はいいなと感じましたね。

一つの国の文化で育ち、知らず知らずのうちにその考え方に固執すると、思考は広げにくくなります。でも日本の文化と出合ったことで、自分の考えやアイデンティティーが広がったと思います。それは国に縛られないもの、人間としての感覚。中国と日本。両方の文化に深く影響を受けた場合は、日本人とか中国人ではなく、個人としてものを考えられるような気がします。

八巻教授

ところで、文化の多様性はなぜ生まれるのでしょうね。

スフィアン

気候など地域の自然条件の影響もあるでしょうし、宗教の違いもあるでしょう。この二つが大きいと思います。

八巻教授

例えばムスリムは1日に5回お祈りをします。イランやイラク、さらにはトルコの人の暮らしとマレーシアの人の暮らしには、同じ宗教なのに大きな違いがあります。キリスト教も同じです。自然条件は地球上で明らかに違います。服装などそこから生まれる文化の多様性は統一できません。対照的に、自然科学は普遍性を持っています。例えば“2×3=6”はどこに行っても変わりません。現在のグローバル化はこの延長にあるように感じます。どこでも同じなら便利だと。

藤井

私がグローバル化を実感したのは“食”からです。食文化は国により異なりますが、一方で中国でもドイツでも、同じファストフードやコーヒーショップがありました。便利だけどつまらないとも感じましたね。食は文化も違えば作物も違う。労働コストも経済活動も違います。それらを壊してまで一つのものが広がると、その国に合わない恐れもあるように感じました。

イメージで相手を決めつけるのは危険なことかも

八巻教授

「食」について面白いのは中華料理ですね。ここからは中国文明の適応性の高さが感じられます。どこの国でも中華料理店の経営者の多くは中国人。そして彼らは現地で手に入る食材を全て中華料理にしてしまうんです。

しかも日本の中華料理は中国のものとは少し味が違います。地元の人たちの口に合うように改良されているのだと思います。

スフィアン

私も食文化には違いがあった方がいいと感じます。ただグローバル化が進んだ方がいい部分もある。例えば企業風土。いろいろな国で事業を行う大企業は国によって仕組みが違うと働く側は混乱します。統一ルールがあればどこの国でも適応できるのではないでしょうか。

P79⑭アハマド スフィアンさん_GKN6015

 

 

 

 

 

 

 

八巻教授

よくイスラム文化では女性が社会に進出していないといわれますが、歴史を俯瞰(ふかん)すると、パキスタンやトルコなど、女性の首相が誕生している国があります。一方で日本ではいまだに女性の首相は誕生していません。この事実からは、実は日本の方が女性の社会進出が遅れていると言えるかもしれない。グローバルな視点で物事を見る場合、一つの時代を水平的に見るだけでなく、時間という奥行きを意識することでより深い見方ができそうですね。

私の専門は犯罪学なのですが、アメリカに留学する前は「アメリカは昔から治安が悪くて危ない国」というイメージを持っていました。でも実際に行ってみて、数字を調べてみると、アメリカだけが世界で目立って治安が悪いというデータはなかったのです。日本も以前よりも治安が悪くなったといわれますが、むしろ犯罪件数は減っているんですよね。

P81⑫左_八巻和彦教授_GKN6240

 

 

 

 

 

 

 

 

八巻教授

最近は青少年犯罪が多いという議論もありますが、ちゃんと調べると一番多いのは戦後ですよね。今は減少している。

それは戦後の混乱で警察が機能していなかったことが理由のひとつでもあります。驚いたのはアメリカ人が「日本の治安は最近とても悪い」と思っていたことです。そんなことない! とすぐに否定したのを覚えています。人はイメージを先行させがちですが、客観的な視点が大切だと感じました。

人がいいと思ったものは自然にグローバルスタンダードになる

八巻教授

先ほど食のグローバル化と多様性の話が出ました。私が面白いと思っているのは“お茶”です。お茶は中国で生まれました。張さん、中国語でお茶は何と言いますか?

茶(chá)です。

八巻教授

そう。日本の茶と中国の茶は発音がほぼ同じです。茶はユーラシア大陸を渡り、トルコではチャイ、ヨーロッパではティーと呼ばれ楽しまれています。そして大西洋を渡り南米にも伝わりました。日本でもマテ茶が有名ですね。物事が世界のスタンダードになるとき、“武”という強制力で広めることがありますが、人間にとって楽しめるものなら強制しなくても広まるのだと思います。“武”ではなく“文”の力ですね。

スフィアン

マレーシア料理も最近は日本でよく見かけます。もちろんマレーシアで食べるのが一番おいしいですけどね(笑)。

アメリカで洋服を買いに行ったら、世界展開するファストファッションのお店で、“KIMONO”というカーディガンが売られていました。スペイン人の友だちが「これがヨーロッパで大人気」と教えてくれて。

P80⑪右原稿_GKN6100

 

 

 

 

 

 

八巻教授

今は“グローバルスタンダード”が必要だと唱えられて、露骨な武力ではないが、それに近い強制によって世界を覆い尽くそうという流れも感じますね。

P78③藤井琳子さん_GKN6023

グローバル化してもいいものは残るはず。(藤井)

 

 

 

 

 

 

 

藤井

日本は江戸時代の鎖国を経て明治になり、外国からいろいろなものが入ってきましたが、今でも昔から変わらない日本人らしさがあります。ということはグローバル化が加速しても、変わらず残っていくものはあるということではないでしょうか。例えば保険制度。人々が支え合っていこうという考えのものは広がっていくべきだと思います。

先ほど言語の話が出ましたよね。私の父は高知県出身で、高知といえば坂本龍馬の土佐弁が有名です。でも父が話すのは幡多弁(はたべん)という方言で、こちらは忘れられる雰囲気があります。歴史的に見れば消えた言語、消えた文化はたくさんあるはず。人は便利な方に流れるものですから。でも武力など“力”で文化・文明を消すのは違うと思います。

僕は異文化についてまとめた本を100冊読むよりも、実際にその国に行ってみる方が、真実に近づけるのではないかと感じています。人間と同じように、国もパーフェクトではない。逆に全て悪いこともないはずです。いろいろな情勢も、客観的な視点が必要ですね。

八巻教授

“百聞は一見にしかず”ですね。英語だと“one eye-witness is better than many hearsays”

中国では“百聞不如一見”と言います。

スフィアン

マレー語では“SERATUS TELINGA YANG MENDENGAR TIDAK BOLEH MENANDINGI SATU MATA YANG MELIHAT”と言います。

八巻教授

今回は文明・文化という難しいテーマについて議論しましたが、皆さんがいろいろなことをとても深く考えていることが分かりました。頼もしい限りですね。さらにお二人のような留学生が早稲田に来てくれていることもうれしいことです。本日はありがとうございました。

P81⑬真ん中_GKN5936

(『新鐘』No.82掲載記事より)

※記事の内容、登場する教員の職位および学生の所属・学年などは取材当時(2015年)のものです。

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