Waseda Weekly早稲田ウィークリー

早稲田の学問

〈農業法学〉家族農業と農地制度の未来

家族によって支えられてきた農業のこれから

法学学術院 教授 楜澤 能生(くるみさわ・よしき)

著書に『農地を守るとはどういうことか―家族農業と農地制度― その過去・現在・未来』(農山漁村文化協会、2016年)、編著『持続可能社会への転換と法・法律学―Law and Sustainability』(成文堂、2016年)、論文「持続可能社会への転換期における新『所有権法の理論』」(『法社会学』80号、有斐閣、2014年)

 家族単位で生産活動を行う産業は多く、農業もその一つである。しかし、近年は農業の担い手を企業に移す動きが見られる。農業と家族の関係を法的観点から考える。

農業の担い手の変化

家族は、人々の生活の基本単位としてのみならず、同時に生産の場として重要な機能を果たす領域がある。一つの典型が農業だろう。これまで農業は、家族= 農家が担ってきた。ところが近年、効率的な生産が可能な企業が、農家に代わってこれからの農業の担い手となるべきだ、という議論が声高に主張され始めた。経済のグローバル化の進展の中で、農産物市場も自由化が求められ、海外から安価な農産物が入ってくるようになると、小規模経営の農家では価格競争に勝てない、だから資本力、市場競争力のある企業が農業へ参入すべきだという。しかし現行の農地制度は、一般企業が農地を持つことを禁じている。そこでこの法制を撤廃すべきだというのが経済界の主張である。ではなぜ現行農地法制は、企業の農地取得を認めないのか。

戦前の日本では、小作人が収穫物の5割を超える高率の小作料を地主に払い、農地を借りて農業を営んでいた。地主は小作人の労働の成果の半分以上を領有して生活するので、寄生地主と言われた。戦後の農地改革は、地主の小作地を国家が強制買収して小作人に配分する事業だったが、これにより、直接の生産者である旧小作人が、農地の所有者として労働の成果を自分の手にすることができるようになったのである。農地改革が創出したこの自作農による農業経営の体制を元に戻さないために、1952年に農地法が制定され、農地の取引規制が設けられ、実際に耕作する者でなければ農地を取得できないようにした。1970年の改正で経営規模の上限3ヘクタールを撤廃することと引き替えに、農地を買ったり、借りたりすることができるのは、実際に農業を経営すると同時に、農作業に常時従事する者だけ、という原則が樹立された(耕作者主義)。耕作者主義は、経営と労働と土地に対する権利(所有権や賃借権)が一体であることを求めるものである。この三者が分離する一般企業法人は、農地に対する権利を取得することができない。

地域社会の担い手としての農家

ところで農業は、食料の生産以外に多面的な機能を果たしている。生物の多様性を確保したり、国土を保全(山林、田畑のダム機能)したり、農村の文化景観を維持したり、実に多様な働きをしている。今日、農業の多面的機能の持続的維持が求められており、それが食料・農業・農村基本法という法律の中に規範化された。農業の自然循環機能が維持増進され、多面的機能が発揮されるには、持続可能な農業が求められる。長期にわたって微生物空間としての土壌を培養管理し、地力を維持するには、世代を超えて地域に定住し生活の営みの中で農業に従事する農業者=農家が必要である。これを確保してきたのも、農地法の耕作者主義に他ならない。経営と農作業常時従事の一体性は、農地を適正に長期にわたって保全・管理する担い手を確保するために必要な要件でもある。

農地法が想定する農業の経営者は、実はその地で生活を営みながら農業生産に持続的に従事する生活スタイルを想定している。この生活スタイルには、農地のみならず、地域の里山、林野、水、といった自然資源、祭りなどの社会資源の維持管理も含まれてくる。農家は要するに地域社会の担い手でもあるのだ。地力を収奪し、短期的な利益を上げた後さっと資本を引き揚げる生産者から農地を守る機能を、耕作者主義は持っているとも言える。

持続可能な農業の主体となる家族農業

以上のような家族農業が果たす重要な機能は、ヨーロッパでも以前から認識されてきた。ECマンスホルトプランへの対案を作成したH.Priebe(フランクフルト大学教授、農村構造研究所所長、西ドイツ連邦政府とEC農業委員会の政策顧問を歴任)は、「自然に適合的な農業経営の基本原理」を、経営体のあり方、景観・耕地の形態、生産方法の3つの観点から提起した。このうち経営体のあり方について次のように記述している。

農業労働の過程は、四季と結合してあらゆる作業が天候の変化と作物の成長の中で即興的に行われなければならず、工業経営におけるような高度に合理化された途切れのない生産過程は存在しない。したがって農業は独立自営小経営の典型的領域にあり、農業が成功するか否かは、農民が慎重さと巧みさと自己責任をもって労働の遂行と機械の投入に関して、いつでも自律的な決定ができるか否かにかかっている。この農業の自然の生産条件からして、農民的家族経営こそが自然適合的でかつ効率的な経営形態である。(※)

※ 出典:Hermann Priebe, 1985. “Die subventionierte Unvernunft” Siedler Verlag

現にヨーロッパの多くの国々が農業政策の照準を土地利用型家族経営に合わせている。その背後には、何世代にもわたって地域に根をおろして農を営んできた農家こそ、持続可能な農業を将来世代に継承する主体たりうるという認識がある。

農業を生産機能に特化して評価し、非効率な家族農業を効率的な大規模生産が可能な企業経営にとって変えるべく、農地法の廃止を主張する議論に欠落しているのは、現に農業の大部分を担う家族経営が代々農の営みを通じて形成してきた農村社会・文化・景観とその歴史の重みへの眼差しであり、この歴史を持続可能な農村社社会形成へと接続する展望である。

(『新鐘』No.84掲載記事より)

※記事の内容、登場する教員の職位は取材当時(2017年度)のものです。

Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/inst/weekly/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる