Waseda Weekly早稲田ウィークリー

早稲田の学問

変化する家族像 若い世代に委ねられるべき未来の選択

少年、少女、青年、主婦という呼称から考える

教育・総合科学学術院 教授 矢口 徹也(やぐち・てつや)

ダイバーシティ推進室長。早稲田大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学、博士(教育学)。専門は社会教育(女性教育論、青少年教育論)。著書に『女子補導団ー日本のガールスカウト前史』(成文堂、2008年)、『山形県連合青年団史』(萌文社、2004年)などがある。

家族像は、時代によって変化してきた。変化の背景について理解し、これからの家族の姿を考えてみよう。

少年、少女、青年、主婦の背景

現在の大学生は、青年という言葉には違和感があるようで、若者という言葉を使う。

若者は、本来、江戸時代の呼称である。村の男子は通過儀礼を経て若者と呼ばれた。村には、若者仲間、若衆などの集団があり、地域の生産、自治、祭礼、警備などを担い、そこには教育的な機能も含まれていた。当時の若者は15 ~ 30歳前後の年齢層で、平均寿命を考えると今の成人に近い。若者は、地域の人間関係の中で、経験を積みながら成長していく存在だった、とも捉えられる。

明治期、政策によって若者は青年と読み変えられていった。1870(明治3)年、陸軍士官養成のための兵学寮青年学舎が開校した。徴兵制を導入した大村益次郎が計画し、10代後半~ 25歳の生徒を受け入れた。その後、小崎弘道がYMCAをキリスト教青年会と訳したこともあって、青年は都市の学生の呼称ともなった。青年は、軍隊や学校制度に対応して登場し、若者と比較して年齢層も限定されている。現在の学生たちが青年に違和感を持ち、若者に親近感を持つのは、その歴史的経緯を考えると興味深い。

それでは、少年、少女はどうだろうか。戦前の日本の教育は、中等教育以降は原則、男女別学で、大学も女性に開かれた制度ではなかった。男子は、旧制の中学、高等学校を経て帝国大学へ、女子は高等女学校へというのが当時の「理想」の学歴だった。男子の中学校制度が確立されるのは1886(明治19)年、女子の高等女学校令は1899(明治32)年である。中学、高等女学校の発足に呼応するように、男子向けの雑誌『少年園』(1888年)、女子向けの雑誌『少女世界』(1902年)が発刊された。別学の中等教育に合わせて少年、少女が用いられている。この中等教育に進学する少年、少女が急増したのは大正期以降のことである。

1914(大正3)年、東京駅が日本の中央駅として開業した。東京駅で乗降するサラリーマン、官吏の男性たちは、日本を代表するエリートだった。地方への転勤を繰り返し、出世していく彼らには、転勤生活を共にする妻が必要になった。彼女たちは、夫の生活全般を補助し、生まれた子どもの教育の責任を担った。新しい家族像と専業主婦の誕生である。

このエリート家族の不安は、子どもの将来にあった。親が会社や官庁で出世しても、彼らには子どもに引き継ぐ田畑や工場はなかった。そこで、子どもに託す財産として学歴や資格が注目されていった。男子の中学、女子の高等女学校の受験者数が急増し、その過熱ぶりは、昭和初期、文部省が中等学校の筆記試験中止を勧告するほどになった。

会社員、主婦、進学する少年少女による核家族は家庭と呼ばれ、それまでの日本の家族とは異なる存在であり、産業化と都市化に対応したものだった。この家庭の姿は当時の憧れともなったが、半面、危うさを含んでいた。実際、世界恐慌による倒産、失業によって家庭が危機にひんすると、政府は、家庭教育振興を掲げて家計の合理化と青少年の非行防止政策を進めた。戦時体制が進むと、家庭は兵士の供給単位としても重視されていった。

この家庭は、第二次大戦後も日本の高度経済成長を担う単位となって継続し、拡大した。

日中戦争で出征する若者を囲んでの家族写真。戦時体制が進むと、家庭は兵士の供給単位としても重視された。当時の政府とメディアは協力して、若者たちを家庭から戦場に送り込んでいった(1938年・山形市) 写真提供:佐藤 新作さん

未来の家族像は若い世代の選択

ところが、近年、日本の家庭は大きな変化を迫られている。高度経済成長は終わり、企業の終身雇用制度は揺らぎ、サラリーマンの地位も変化した。現在の大学生が感じる将来への不安の背景には、親世代で維持できた家庭像が、子世代の彼、彼女には実現困難になった状況にも一因があるようだ。近年、結婚せずに親と同居を続ける若者を「パラサイト・シングル」と呼称しているが、若者の自立が困難で、社会的な弱者に転落した現実を慎重に検討していく必要がある。現在の女性の活躍推進政策も、長年の女性差別の解消策であると同時に、深刻な少子高齢化社会が女性の「戦力化」を求めている、とも捉えられる。

家族とその構成員の姿は時代によって大きく変化している。少年、少女と青年像も、時々の政策、メディアによって演出されてきた。家族像には、いろいろな形があっていいし、その未来の選択は若い世代に委ねられるべきものである。皆さんには、大学時代に、卒業後の暮らし方、働き方、さらに家族の姿について、多くの仲間と話し合いながら、考えていただきたいと思っている。

(『新鐘』No.84掲載記事より)

※本書の記事の内容、登場する教員の職位などは取材当時(2017年度)のものです。

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