Waseda Weekly早稲田ウィークリー

早稲田の学問

文明を越える視点<前編>

未来を考えるディスカッション

物事についての価値観は人それぞれ。個人の価値観が違うなら、個の集合であるコミュニティー、組織、国家、さらには文明の価値観も多様です。時には価値観の違いで衝突し、争いに発展することも……。学年、学部、国籍も違う早稲田大学の学生が集まり、哲学が専門の八巻和彦教授とともに、自分たちが体験した“違和感”や衝突を回避するために必要なことを話し合いました。

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商学学術院 教授 八巻 和彦(やまき・かずひこ)

1947年山梨県生まれ。1986 ~ 1988年にはドイツのトリア大学クザーヌス研究所に、1998 ~ 2000年にはドイツのボン大学に客員研究員として滞在。1990年より現職。専門は西洋哲学。著書に『クザーヌスの世界像』(創文社)などがある。

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学生メンバー(左から)

政治経済学部 4年 藤井 琳子(ふじい・りんこ) :早稲田大学交響楽団のコンサートマスター。ドイツ、オーストリア、フランスへの演奏旅行の経験あり。

大学院創造理工学研究科総合機械工学専攻 修士課程 2年 Sufian Ahmad(アハマド・スフィアン):多民族国家であるマレーシアのジョホール州出身。2012年4月から日本に留学。

法学部 4年 辻 あやめ(つじ・あやめ):カナダに1カ月、アメリカに1年間の留学経験あり。学生参画・ジョブセンターの学生スタッフを務める。

商学部 2年 張 珏堯(Jue yao Zhang):中国・安徽省出身。2012年4月から日本に留学。ハンセン病問題支援学生NGO「Qiao」の幹事を務める。

“空気を読む”のは日本人特有の行動?

P79⑥真ん中_GKN6217

八巻教授

この企画では、皆さんと文明・国・文化などの違いから起こる衝突と、それを避ける術について考えていければと思っています。留学生のお二人は初めて日本に来たとき、違和感はありましたか?

スフィアン

最初は建物の狭さに驚きました。マレーシアは家もレストランも広いし天井も高い。東京は人が多い分、空間を有効に使っているなと感じたのを覚えています。

日本人だと“狭い”というのを考えたことがなかったので驚きました。

スフィアン

あと違和感ではないですが、難しさを感じることは今でもあります。私はイスラム教徒なので、1 日5 回お祈りをします。お祈りの前には体を水で清めるのですが、日本には清めるための場所がないので、トイレの洗面台を使っています。水が飛び跳ねてしまったらタオルなどで拭くようにしていますが、拭いている様子を日本の方が見ると、驚かれます。

藤井

ドイツでは日本人が子ども扱いされることに驚きました。大学4 年生なのに小学生と間違えられたんですよ。見た目以外に行動なども幼いのかなと感じましたね。

中国だと、どんな場面でも自分の意見を話すのが当たり前なのですが、日本ではまず相手のことを考えることに驚きました。周りの人がある提案をしたら、自分はそう思っていないのに話を合わせますよね。

八巻教授

私は中国に行ったときに「日本人は声が小さい」と言われたことがありますよ。

僕も声が小さいので日本は楽です(笑)。僕が所属するサークルでは、みんなが意見を言わないので苦労することが多いですね。ディスカッションがなかなか進まず、数時間に及んでしまうこともあります。

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目上の人を立てたら逆に怒られました(辻)

 

 

 

 

 

 

 

カナダでは60 代の台湾系カナダ人の家にホームステイしました。そこには30 代のドイツ人カップルもいたんです。大人と話すので私はみんなを立てないといけないと思っていたのですが、ある日ドイツ人に「なんであなたは自分のことを何も言わない。そんなに私と話したくないの?」と。そうじゃないのに……と困ったのを覚えています。

目の前の人の行動=その国の人の特徴。人はつい、こう考えてしまう

八巻教授

日本人が自分を出さないというのはよく言われますね。本当にそうなのかな?

スフィアン

マレーシアでも、人の様子をうかがいながら話す人が多いと思います。

P80⑨張さん_GKN6019

大抵のことは国ではなく個人の違いなのだと思う(張)

 

 

 

 

 

 

 

中国人は自分の意見をどんどん出しますが、初対面だと建前も言ったりします。ただ、日本の人は建前も言わない。でもこれって私のサークルのメンバーだけで、他はそんなことはないかもしれないですよね。国や文化の違いではなく、個人の問題のような気もするんです。

八巻教授

確かにわれわれは“目の前にいる人の特徴=その国の人全ての特徴”と思いやすい。

中国の食品というと、安全性が問われることがありますが、全ての食品が危険なわけではありません。一方で、日本の食品は全てが安全で、社会的事件も少ないというイメージがありました。でも、住んでみて分かったのは、日本でも不祥事はあるし、さまざまな問題もあるということでした。これらは国の違いだけでなく社会的発展の段階の違いもある。人間は皆同じだし、どこの国にも良い面と悪い面がある。この辺りを冷静に考えられればと思っています。

P79⑪左_GKN6221

 

 

 

 

 

 

 

藤井

中国の食品問題は記憶に新しいので、怖いなと考えてしまいますが、今の話を聞いて自分の視野の狭さを感じました。私はやはり個人の問題だけでなく、国による文化の違いは大いにあると思います。日本ではクラシック音楽を聴く人は少ないですが、ドイツでは本当に身近にクラシックがある。これって文化だなと感じましたね。

確かに私たちは何かあるとそれが全てと捉えがち。ワシントンDCにいたとき、私の家の近所で発砲事件があったんです。アメリカって怖いと思いましたが、一つの事件でアメリカ=治安が悪いとは言えません。思い込みは危険だと感じました。

言語を一つに統一すれば世の中は便利になる?

八巻教授

人はネガティブなことに対して視野を狭くしがちです。嫌なことが起こると「あの国はこういうところなんだ」と決めつけてしまう。でも、ゆとりをもって視野を広げると、そうでもないことが分かったりします。ところでスフィアンさんは機械工学に取り組んでいますね。母国語はマレー語で、論文は英語。普段は日本語で勉強しています。それらが全て同じ言語になったらいいと思うことはありますか?

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文化の違いがあるから、相手を知りたくなる(スフィアン)

 

 

 

 

 

 

 

スフィアン

私はそれぞれの違いがあった方がいいと思います。確かにいくつもの言葉を覚えるのは大変ですが、違いがあるから文化の違いも発生したのだろうし、違うからこそ、いろいろな国を理解することができると思います。

国際交流や学術交流は英語の方がやりやすいですよね。でもその国の文化、歴史、伝統は全て、その国の言葉で記録されています。多様性のためにも維持した方がいい。

八巻教授

文化の多様性はなぜ必要だと思いますか? 全てが同じになれば、もしかしたら楽かもしれません。

楽かもしれませんが、それぞれの文化にはいいところがたくさんあります。日本なら“おもてなし”や“心遣い”。そしてそれらは言語を媒体として存在しています。急に言語を統一すると、文化のいい面がなくなってしまいそう。

「良い」「悪い」は人によって感じ方が違うというのもありますよね。ワシントンDCでのルームメイトはイギリス人でした。彼女はことあるごとに「イギリスはいつも曇っているから嫌だ」と言っていました。ある日桜を一緒に見に行ったんです。あいにくその日は曇り空。彼女はまた「きれいな花なのに、曇りだから残念」と言うので、私は“花曇り”という日本の文学的表現を教えました。彼女は今まで「曇り」を文学的に捉えたことはなかったけれど、桜の色と合っているかも、とうれしそうでした。新しい視点を見つける際は違う文化があった方がいいと感じました。

藤井

何か学ぼうとするとき、人は分からないことがあるから知的好奇心が向かうのだと思います。オーケストラも日本になかった文化。こんなにすてきなものがあるなんて知らなかったからこそ、自分たちもやってみたいと思ったのでしょう。

P78②上左_GKN5927

 >> 後編へ続く(3月13日掲載予定)

(『新鐘』No.82掲載記事より)

※記事の内容、登場する教員の職位および学生の所属・学年などは取材当時(2015年)のものです。

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