電子メールやSNSの普及により、個人のコミュニケーション能力が落ちているという議論が社会や研究機関で近年盛んに行われています。では、相手に好印象を与えるにはどうすればいいのか。印象を決める重要な要素の一つ、「笑顔」を研究している人間科学学術院の宮崎正己教授と同学術院の菅原徹非常勤講師にお話を伺いました。
人間科学学術院 教授 宮崎 正己(みやざき・まさみ)
1951 年東京都生まれ。1978 年日本体育大学大学院体育学研究科修士課程修了(体育学)。埼玉医科大学博士課程修了(医学)。早稲田大学体育局助教授、同大学人間科学部助教授を経て、1994 年4 月より現職。専門は生体機能測定学。
人間科学学術院 非常勤講師 菅原 徹(すがはら・とおる)
1976年福岡県生まれ。信州大学大学院工学系研究科生物機能工学専攻修了、博士(工学)。早稲田大学人間科学学術院助手、人間総合科学大学人間科学部助教を経て現職。エクステンションセンター講師。専門は人間環境デザイン心理学。
感性工学の手法を用いて 笑顔の力を解説する
私の研究室では、感性工学の手法を用いて「笑顔」の研究を行っています。感性工学は人の心の仕組みを知り、心の形を学び、心の喜ぶものを作ることを理念としています。そのため、人の数だけ存在する「感性」を、アンケート調査による主観評価や心電図を用いる生理評価などを通じて、定量化させる試みを行っています。
それはいわば、言葉にならないものを訳す作業。一見感覚的に思われる「笑顔」の研究ですが、感性工学を取り入れることで人々を魅了する笑顔がどのような幾何学的特徴を持っているかを、数値的に明らかにできるのです。(宮崎教授)
私は笑顔研究家・感性価値プロデューサーとして、宮崎ゼミで教育コーチを務めています。会話中の何気ない笑顔には、情報の親和性を高める効果があります。幸福感情を示す表情である「笑顔」が、その人を魅力的に見せることを私たちは経験上知っています。研究でも、会話中の何気ない笑顔に、情報の受発信のスピード、容量、親和性を一変させる効果があることが裏付けされています。
また、笑顔はポジティブな心を作ります。笑顔を作ると、表情筋活動の生理的フィードバックがポジティブな感情を喚起するという報告もあるのです。笑顔は、個人の人生を豊かにするだけでなく、周囲の人も含めた社会全体を幸せに導きます。社会を幸せにすることが、実は「笑顔」研究の醍醐味(だいごみ)です。(菅原講師)
ワークショップ 笑顔編
笑顔には魅力的なものと そうでないものが存在します
宮崎ゼミに参加する学生を対象に、笑顔の写真を複数枚撮影し、画像を魅力的な笑顔に表れる幾何学的特徴と照らし合わせることで、ワーストスマイルとベストスマイルを菅原講師に判定していただいた。
「私たちの研究により、男女共に最も魅力的に感じる笑顔の部位は、目尻に現れるシワが特徴的な『目』、次いで口角が上がることで開かれる『口元』であることが明らかになりました。つまり、頬骨(きょうこつ)筋と頬筋、笑筋と下唇下制筋を十分に収縮させ、頬を持ち上げて目を細くし、口を半月形に広げる笑顔に、人は好感を抱き喜びを感じるのです。
この結果は、19世紀のフランスの神経学者・デュシェンヌが筋肉の動きから定義した「真の笑顔(デュシェンヌ・スマイル)」に重なります。ただし、顔は個人によって異なることから、私たちは、笑顔の魅力を目と口の形状に加えて、目と口の相対位置にも求めたところ、そこに黄金比が認められました」。(菅原講師)
これとは対照的に、不自然な笑顔の筋肉はどのような状態なのか。
「よく見られるのは、頬骨筋のみの収縮による目が笑っていない笑顔。また、筋肉の過度な緊張と筋力の不均衡から生じる不自然な笑顔も多いです。このように、笑顔には魅力的なものと、そうでないものが存在します。実際、早稲田大学で笑顔の実験を行ったところ、デュシェンヌ・スマイルを作れた学生は全体の2割でした」。(菅原講師)
笑顔は生得的である。しかし、幼少期を通じて「喜び」「うれしさ」といった感情を抑圧される傾向にあった人は、表情筋がこわばり、笑顔を作ることが難しいのだそうだ。
「顔を崩すのが怖いとか、恥ずかしいとか、心理的なバイアスもある。多くの人が無表情をニュートラルの顔だと認識していますが、わずかでも表情筋の収縮がなければ、重力により顔の肉は下がり、不機嫌そうに見られてしまいます。笑顔作りは作法だといえるのです」。(菅原講師)
>> メイク編へ続く(7月8日掲載予定)
(『新鐘』No.82掲載記事より)