教育学部
T・T
6/17、ICC主催による、よさこいサークル「東京花火」と和太鼓サークル「魁響」のパフォーマンスイベントに参加した。本レポートでは、参加したきっかけと当日の内容を振り返る。
このイベントに参加した発端は、Wasedaメールで「よさこい×和太鼓 パフォーマンス!ICC ジャパニーズ・カルチャー・イベント(6/17)」というイベント紹介メールを偶然目にしたことだった。タイミングによっては読み流していたかもしれない。きっかけはそれくらい些細なものだった。
もともと、ICCの活動や日本文化にそこまで興味があったわけではない。今回のイベントに参加しようと思った理由も、「日程的に大丈夫で、参加費も無料で、そこまで時間もかからない」からだ。友達との話の種にでもなればよいか、という軽い気持ちで、参加フォームのURLをクリックした。
当日友達も誘って、会場に足を踏み入れた。場所は小野記念講堂。運よく前の席に座ることが出来た。公演が始まるまでの間、よさこいや和太鼓について調べた。「よさこい」や「和太鼓」といった言葉は聞いたことこそあったものの、実際にパフォーマンスを見たことがなかった。このとき、せいぜい盆踊りのようなものだろうと思っていたことをここで断っておく。
司会の軽い紹介の後、幕が上がった。最初は東京花火による、よさこいの演舞だった。舞台上には、鮮やかな着物を身に纏った男女が隊列を組んで立っていた。30人はいる。掛け声とともに演舞が始まった。曲が始まり、空気がガラッと変わるのを肌で感じる。演者が一歩前に出た次の瞬間、目の前に広がった光景に鳥肌が立った。
見事としか言いようがなかった。大勢で踊っているのに、誰一人動きが乱れないほど完璧にあった呼吸。全身を使った演舞は躍動感もありながら、優雅さも兼ね備えていた。両手を広げ、一歩前に出て、瞬時に扇子を広げ、手首周りで回転させたかと思うと踵を返し、入れ違いに別の人が現れる。左から右へ、前から後ろへ、動きが波紋のように順々と伝わる。ときには手や体を回し、ときには宙を舞い、ときには鳴子を響かせ、舞台上の景色を目まぐるしく変えていく。発せられる掛け声にはホールが震え、軽やかなステップに、曲調に合わせて変化する振り付けが観客を飽きさせない。
演目も次々と披露されていく。「ときあかり」をはじめとして、「天つかさ」「はれびより」など、歴代の演目が矢継ぎ早に繰り広げられる。それぞれが独立した物語のようで、場所は変わっていないのに、全く違った情景を見せていた。
決して短くはない演舞が、気づけば一瞬で過ぎ去っていた。なぜか観客側の自分が汗をかいていた。「これはすごい。」とつぶやくのが精いっぱいだった。
後半の和太鼓サークルである魁響(さきがけひびき)のパフォーマンスも素晴らしかった。大小さまざまな太鼓をリズミカルに打ち鳴らす様子は圧巻で、個々のダイナミックな動きはエネルギーに満ちていた。太鼓の野太い音が空気を裂き、演者の掛け声も相まって溢れんばかりの力強さを感じさせた。
和太鼓を使った演奏とはいえ、ただ太鼓を叩くわけではなかった。片方のばちで太鼓を叩きつつ、もう片方のばちを多彩に動かす動作や、自分の太鼓を叩きつつ隣の太鼓を叩く動作。それは単なる音が中心の「演奏」ではなく、視覚的な美しさを兼ね備えた「演舞」でもあった。太鼓の叩き方ひとつとっても、太鼓の音量から、繰り出される音の性質までを自在に操っていた。右手と左手のどちらで打つか、打つときにどのような姿勢をするか。音が同じでも視覚的な印象が全く違う。そういった細部の動きでさえ、寸分の狂いすら感じさせない。阿吽の呼吸とはまさにこのことをいうのだと思う。
演奏と演奏の合間に、演者が舞台を飛び出して通路を歩くパフォーマンスがあったり、実際に会場に来た人向けに和太鼓演奏体験会を実施していたりしたことも印象的だった。演者も参加者も一体となって、その瞬間を作り上げていた。言葉が通じなくとも、演者と参加者は確かに通じ合って楽しんでいたと思う。本イベントが、国際交流の魁(先駆け)となったことを切に願っている。
総じて、本イベントは素晴らしいものだった。単純な動機だったにせよ、足を運んだ甲斐があった。このレポートを最後まで読んでくださった方には、ぜひとも手元のデバイスで「東京花火」「魁響」とそれぞれ検索し、パフォーマンスをご覧いただきたい。百聞は一見に如かず。言葉では表現しきれない素晴らしさを堪能できるはずだ。
改めて、本イベントを企画してくださったICCの皆様と、素晴らしいパフォーマンスをしてくださった東京花火と魁響の皆様に、心より感謝申し上げます。






