2022年度秋学期早稲田ティーチングアワード
総長賞受賞
対象科目:生命保険の理論と経営
受賞者:谷口 豊/大塚 忠義
2022年度秋学期に開設した「生命保険の理論と経営」は、会計研究科の1、2年生が対象の科目だ。アジア生命保険振興センターとの提携講座で、生命保険会社を経営する視点で、生命保険に欠かせない資格であるアクチュアリーの専門知識及び実践・応用能力を得ることを目的としている。自身も実務家である谷口豊先生は、社会人経験のない学生でも基礎から応用まで学べるように工夫し、開設初年度でティーチングアワード総長賞を受賞した。
毎回、生保の専門家を講師に迎えて、15回で基礎から応用まで学べるように授業を構成
「生命保険の理論と経営」は、アジア生命保険振興センターとの提携講座だ。2022年度秋学期にスタートしたこの科目を担当した谷口豊先生は、自身も生命保険業界の実務家で、これまで大学で学期を通して教えた経験はなかった。そこで、コーディネーター役の大塚忠義教授(大学院会計研究科)のアドバイスを受けながら、一緒に講義内容などを検討して授業計画を作成したという。
「履修する学生のほぼ全員がアクチュアリーの資格取得を視野に入れていましたが、アクチュアリー資格のための科目は別にあり、本科目では生命保険会社の経営という視点から、事例を通してアクチュアリーに求められる経営理論の実践的、応用的な能力を身につけることを目標としました」。大きな特徴の一つは、毎回生命保険会社の各部門で経営職(広義の経営者または上席管理職など)が登場して、それぞれの専門テーマに関わる話をしたこと。毎回、異なる先生が登場したことで、学生は飽きずに楽しく話を聞くことができて、それが授業の高評価にもつながったのではないかと谷口先生は推測する。
一方、講師が毎回変わることは、個々の授業が「断片化」するリスクもある。谷口先生は、それを避けるために事前に約15名の講師全員に集まってもらい、講義内容をすり合わせたという。「内容がかぶったり、漏れがあったりしないように話し合い、全体のレベル感もある程度揃えるようにしました。また、基礎的な理論から始めて徐々に応用に入るように、15回の流れも工夫しました」。さらに、谷口先生は自身がメインで話す3回以外の授業にもすべて出席して、授業の難易度や気づいた点などを全員にフィードバック。全体として、難易度のばらつきが少なく、まとまりのある授業になるよう配慮した。
それぞれが経営の課題と解決策を考えるように、毎回ディスカッションの時間を設けた
「生命保険の理論と経営」では、毎回必ずディスカッションの時間を設けたことも特徴の一つだ。「学生には、話を聞くだけではなく、それぞれ経営課題を見つけて、議論を通して自ら解決策を考えるという部分を大事にしてもらいたいと考えました」。ディスカッションの方法は各先生に任せていて、議題によって先生が学生をランダムに指名して答えさせる場合もあれば、前後に座る学生など複数名でグループを組んで話し合う場合もあったそうだ。
「ただ、ほとんどが社会人経験のない学生なので、会社や経営のイメージを持ちづらいという問題がありました。そこで、『もし皆さんが経営者だったら?』などの問いかけをして、経営者として考えるように意識的に働きかけをしました」。また、質問をするときにはオープンクエスチョン――つまり「○○をどう思うか?」といった漠然とした問いにならないように注意したという。「実務をご存知ないので、オープンクエスチョンだと何を答えてよいのかわからなくなるからです。たとえば、選択肢を用意して挙手で答えられるようにするといった工夫をしました」。
授業後は、学んだ内容の復習を目的にレポートも課した。レポートは、全15回の授業の内容的な区切りに合わせて全部で3回。「授業を聞くだけではなく、ディスカッションで自分が言ったことや他人の意見、またそれらを聞いて改めて思ったことなどを、自分の言葉で整理して体系立ててアウトプットすることで、学んだことが力になるからです」。ちなみに、レポートは授業の内容をそのまま書くだけでも形にはなるが、授業内容をベースに自分なりに深掘りすることを期待したという。「中には、今からアクチュアリーになれるほど高いレベルのレポートを書いた学生もいました」。
1年生も2年生もいてレベルに差がある中で、授業のレベル感をどう調整するかが今後の課題
ティーチングアワードの学生授業アンケートでは、「総合的にみてこの授業は有意義だった」が6点満点中5.73点など学生から高い評価を受けた。生命保険関連の科目は、他の大学院を含めてアクチュアリー資格合格するためのものが主流だという。その中にあって、生命保険会社の経営にまで触れた内容が、学生たちにとっては面白かったのではないかと谷口先生。
しかし、初年度の授業に課題がなかったわけではないという。それは、授業のレベル感についてだ。個々の学生にはレベル差があり、どこに合わせるかというのは最後まで課題だったそうだ。「履修者には大学院の1年生と2年生がいるので学年によるレベル差があり、しかも同学年でもアクチュアリーをよく知っている人もいれば、学び始めて間もない人もいるのが難しかったですね」。全体としては、比較的レベルが高めの学生に合わせて飽きないようにしたというが、「2023年度秋学期も同じ科目を担当するので、レベル感については今後も学生を見ながら調整していこうと考えています」。
最後に、アジア生命保険振興センターとの提携講座であるこの科目への思いを聞いた。「大学の役割の一つは、教育を通じて社会に貢献する人物を育てることだと考えています。一方、学生のうちは一般的に経営の視点を学ぶ機会がなく、生命保険業界の場合、社会に出ても若手の頃は経営に携わることはなかなかありません。しかし、大学で経営の視点を学んでいれば、シニアの経営者とタッグを組んで早い段階からさまざまなチャレンジが可能になり、より社会に貢献できるのではないでしょうか。この講座が一つの足掛かりになって、変化の激しい時代に経営の視点を持って会社に入り様々なイノベーションを起こしてほしいと思っています」。