2022年度秋学期早稲田ティーチングアワード
総長賞受賞
対象科目:Corporate Finance
受賞者:鈴木 一功
この授業が設けられているMSc in Finance(MSc-F)というプログラムは、大学院経営管理研究科(早稲田大学ビジネススクール)の中でも、特にファイナンス分野でグローバルに活躍したい人に向けたコースとなっている。金融の現場経験も豊富な鈴木教授がこの授業で力を入れているのは、実務で強くなるための理論を身につけることだという。
実務の実例を見せながら、理論との関係を理解させる
経営管理研究科の他のプログラムでは、社会人経験のある学生を優先することが多いのに対し、このプログラムでは実務経験を要求していない事情もあり、学部卒業後に直接大学院に進学する学生が多い。授業はすべて英語で実践されており、受講生のほとんどは留学生である。
この授業では、企業価値を最大化する投資プロジェクトの選択、投資家を説得するための適切な財務政策の選択など、企業の財務担当者が直面する問題に焦点を当て、投資プロジェクトの評価や配当政策、企業価値評価などを学ぶ。MSc-F の2年間のカリキュラムの中で、入学後の最初に履修する必修授業であることもあり、教科書の内容を一通り理解することが目的となる。「教えるべき内容が比較的きっちり決まっているため、授業の進め方自体は特に奇をてらうことはなく、淡々と進めている」と語る。
「このプログラムの学生は特にファイナンスに興味があって入学しているので、金融の理論面の知識は相応にあっても、実務面については経験が乏しい学生が多いです。そこで、いかに実例を見せながら、学んできた理論が、実務の現場においてどのように活用されるのかという話を中心にするようにしています」
具体的には、実際に現在進行形で起こっている取引事例を使ったり、実在の企業名を出したりして、興味を持たせるよう意識している。さらに、実務における理論の適用への理解を深めるため、教科書の練習問題を解くだけでなく、金融実務と同様に、スプレッドシート上でモデルを組む実技などを宿題として取り入れている。「理屈を覚えるだけではなくて、実際に手を動かして学びながら、現実に起こっていることを理解できる力を養ってほしいと思っています」
学生を「クライアント」と捉え、常に対等なパートナー意識を持つ
講義主体の授業の合間にはディスカッションの時間も設けている。「留学生の履修者が多い本講義ですが、欧米の学生は積極的に突っ込んだ質問をしてくるので、それをきっかけに話が広がります。アジアの学生などあまり質問等をしてこない場合には、こちらから質問を投げかけて、発言を促しています」
経験を重ねるうちに学生の出身国による特徴なども分かるようになってきた。その年に受講している学生の構成を見て、どんな内容にフォーカスするか、運営の仕方や話し方にもアレンジを加えている。留学生は中国の学生が多いが、それ以外の国からひとりで参加している学生には気を配っている。「同じ国出身の学生は固まりがちなので、それ以外の学生が孤独感を感じないようには気にしています。金融市場がそれほど発達していない国の学生が授業中の発言が少なくて心配になったので、個別にメールしてフォローしたこともありました」
学生からの個人的な質問は、一般的なことであれば次の授業でも話をする。「一部の人だけに限定した知識を与えるのはよくないと思うからです。ある特定の人だけに話した内容が試験に出たら不公平ですよね」
学生アンケートのスコア(平均値)は気にしていないが、コメントは必ず目を通す。「改善すべき点がないかヒントにしたいと思っています」。取り扱う事例が少ない、もっと違う事例がいいなどいった、学生のリクエストに応えて変更したこともある。「自分が納得できるものであれば、批判的な意見についてもオープンに受け入れるようにしています」
肝に銘じているのは、「サイレントマジョリティは何を考えているか」を意識することだという。「声の大きい少数の人に引っ張られないようにするということです。後でアンケートを取ってみると、良かれと思って変えたことがマイナスな評価を受けたという経験もありました。強硬な意見を言ってくる学生との向き合い方は難しく、言い方を間違えるとハラスメントと受け止められる可能性もあるので、なぜそうなのか、なぜできないのかを、説明する必要があります。ダメだからダメでは通じない時代ですね」
このような学生への真摯な対応は、「学生はクライアントである」という認識があるからだ。「私自身は、教員と学生の関係については、ビジネスの現場におけるお客さんとの関係に近いものであると考えています。学生はクライアントですから、満足はさせなければなりませんが、媚びてはいけない。距離感は常に保ちつつ、対等なパートナーとしての関係を保つ。そのためには、こちらのクオリティも上げ続ける必要があると考えています」
自分の身を守れる理論を身につければ、実務家としての武器になる
早稲田大学着任後も現場との接点を持ち続けている。「退社したときにいたM&Aの部署には、今も月に2回ほど顔を出して案件の相談を受けたりしています。今リアルな現場ではこんなことで悩んでいるのだという話ができるなど、授業へのフィードバックにもなりますし、自分自身の研究のテーマも現場から得るものが多いです」
あえて教育の現場に転じることを決めた理由は、「強い実務家を育てたい」との思いがあったからだ。「自分自身が理論を勉強することで仕事に深みが出たという経験もありますし、理論は武器になると確信しています。理論を学ぶことなく経験と勘だけで判断したために、怪しげな金融取引に手を出して会社を存続の危機にさらしてしまうという例が、世の中にはたくさんあります。ビジネススクールでファイナンス理論を教えることによって、このような悲劇を少しでも減らしたいと、ずっと考えていました。実務で強くなるため、失敗しないために必要な知識をこれからも教え続けていきたいと思います」