【報告】人間科学研究交流会 2024 年7月10日(水)17:00~17:45 第 79 回 人間科学学術院 助教 松尾綾子【 演奏者の練習過程における室内音響効果の活用に向けた研究 A study on the utilization of room acoustics in the practice process of performers】
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- Thu, 08 Aug 2024
演題:演奏者の練習過程における室内音響効果の活用に向けた研究
Subject:A study on the utilization of room acoustics in the practice process of performers
話題提供者:人間科学学術院 助教 松尾綾子
概要:
演奏者が音楽演奏を行う際、自身の演奏のみならず、その演奏が行われる空間の響き等の室内音響条件の特性に深く依存する。室内音響分野においては、演奏者の演奏心理や演奏行為と音場との相互作用的な関係を前提とした研究が進んでいる1,2)。しかし、演奏者が曲を練習する空間は、実際に演奏を披露する音場と聴感上異なっており、演奏者の負担が大きいことが課題とされる。そのような背景から、演奏者が多くの時間を過ごす練習環境に着目した研究として、上野らは、コンサートホールのステージ及び客席での三次元音場を再現した音場の活用に着目した実験を行い、練習・演奏を行うことの有効性を確認している3)。これらの研究では、演奏者が曲を自在に演奏できる状態、すなわち曲の仕上げが完了した状態で演奏実験を行い、響きに対する評価や演奏への影響を調べる実験が行われている。しかし、練習環境における演奏者の行為に着目すると、曲の仕上げ過程において練習の内容は変わり、演奏に対する響きの影響も変化するものと想定される。
以上を踏まえ、発表者は、演奏者と音場との関係を演奏者の「聴覚認知・演奏行動制御プロセス」をもとに整理し、演奏者が曲の初見時から演奏会本番に至る過程を「曲仕上げ過程」と定義し4)、習熟の時期における相応しい音場について、心理・実験面の観点から検討をしてきた。心理面からは、その過程における練習や演奏行動の内容、及び音場への意識について、ピアノ奏者や声楽者に対するインタビュー・アンケート調査を実施し、曲仕上げ過程における練習・演奏行動に関する構造を心理モデルとして示した。実験面からは、曲仕上げ過程の進行に応じて練習内容に相応しい音場の響きの違いを確認した4,5,6)。これらにより、演奏者に寄り添った室内音響設計に向けた検討として、演奏者の属性(演奏楽器、プロやアマチュア等の種別)や演奏ジャンル(クラッシックやジャズ等)、演奏形態(ソロやアンサンブル等)等を絞り込むことにより、演奏者の認知・行動制御プロセスについての具体的な検討が可能となることが示された。
更に、人間科学的なアプローチとしては、ここでは音場や習熟による影響について演奏行動の客観的な観察や、演奏時の脳活動について着目することで、より人側の指標について検討することが出来る可能性がある。音楽音響や音楽教育の分野では、演奏者の演奏行動等を客観的に示す研究が行われているが、室内音響分野における演奏者の視点に立った研究では多くはない。そこで、発表者は予備的な検討として、以下の2つの実験を行った。一つ目は、音響条件の違いと曲仕上げ過程がピアノ奏者の演奏表現に与える影響について検討するため、曲仕上げ過程を「初見,定着後,習熟後」に分割し、演奏表現に関わる演奏行動として、ある曲の「打鍵速度,離鍵速度,レガート値」に着目し、分析を行った7)。二つ目は、演奏時の脳活動を調べるため、初見演奏時と自由に弾ける曲の演奏時に、脳血流量計測器(NIRS: Spectratech Inc. OEG16)をピアノ奏者の頭部に取り付け、演奏実験を行った8)。上記に示す研究では、ピアノ奏者の演奏行動や脳活動において、音響条件や習熟による影響を客観的に検討し得る可能性を示している。
今後は、演奏者を取り巻く様々な要因についても着目し、主観的な印象のみならず演奏行動や脳活動等の客観的な情報も踏まえて、演奏者に相応しい音響空間を見極めていきたい。

引用文献:
(1)Sebastià V., et al. (2019). “Analysis of trumpet performance adjustments due to room acoustics”, Proceedings of the ISRA2019.
(2)Ueno K., Kato K., and Kawai K. (2010). “Effect of Room Acoustics on Musicians Performance. Part I: Experimental Investigation with a Conceptual Model”, Acta Acustica united with Acustica, Vol.96, pp.505-515.
(3)上野, 廣井, 横山他 (2008). 「演奏者のためのホール音場シミュレーションシステム-音楽大学生による評価実験-」,日本音響学会音楽音響研究会, 音響教育調査研究会2008-10.
(4)松尾, 秋田, 小島他 (2020).「曲仕上げ過程に着目したピアノ奏者の聴覚認知と演奏行動に関する研究(その1):曲仕上げ過程段階の分類と練習・演奏行動・音場への意識に関する統計的因果分析」,日本建築学会環境系論文集, 85巻, 774号, pp.557-567.
(5)宮崎, 松尾, 秋田他 (2020) .「ピアノ奏者の曲仕上げ過程における演奏と音場の関係について(その 2)─室の平均吸音率の違いがピアノ奏者の響きの印象と満足度に与える影響について─」,日本建築学会大会梗概集, 40115.
(6)Matsuo A., Nagano Y., Ueno k., et al. (2023). “Room Acoustics Preference of Solo Singers for Mastering a Piece-Experiments Using “Sound Cask”: A 3D Sound Field Simulation System-”, Forum Acusticum2023.
(7)松尾, 宮崎, 秋田他 (2021).「曲仕上げ過程における演奏空間の音響特性がピアノ奏者の演奏表現に与える影響について(その 1)― 室の残響時間の違いがピアノ奏者の初見の演奏行動に与える影響 ―」, 日本建築学会大会梗概集, 40010.
(8)Matsuo A., and Akita T. (2016). “A Research on Understanding of Piano Players’ Control of Performance Behavior in Brushing Up Processes of Music Piece Using Near-Infrared Spectroscopy”, The Journal of the Acoustical Society of America2016.