Advanced Research Center for Human Sciences早稲田大学 人間総合研究センター

【報告】人間科学研究交流会 2024 年4月10日(水)17:00~17:45 第 76 回 人間科学学術院 講師 北原 卓也【トンガ王国における中国系移民の現況 (The current situation of immigrants from China in the Kingdom of Tonga)】

演題:トンガ王国における中国系移民の現況

Subject:The current situation of immigrants from China in the Kingdom of Tonga

話題提供者:人間科学学術院 講師 北原卓也

概要:南太平洋のポリネシアに属するトンガ王国は人口約10万人を擁する島嶼国である。トンガの国内経済は移民によって支えられているが、ここでいう「移民」には2つの意味がある。ひとつは「トンガから出ていく移民」で、もう一方は「トンガに受け入れる移民」である。本稿では、後者の中でも現在トンガ国内で存在感が増している中国系移民に焦点を当て、その現況について報告する。中国からの移民は国内経済において主要なアクターとなっており、彼らに注目することは、トンガ社会全体を理解するためには欠かせない一つのピースである。

トンガをはじめとする太平洋島嶼国、特にポリネシアに属する国々は、職を求めて母国を離れた移民たち(Immigrant)からの送金(Remittance)が国内の親族の家計を支えるといった経済構造が指摘されてきた(Taufatofua 2011、 Small and Dixon 2004 )。これに加えて、国家レベルでは経済援助(Aid)に頼り、その資金を分配する機能としての国家規模に比して大きな官僚組織(Bureaucracy)を持っているという経済的特徴は、その頭文字を取ってMIRABモデルと呼ばれている(Bertram and Watters 1985)。

一方、移民を受け入れる側としてのトンガの姿は、歴史的には島嶼国間の行き来に加えて、1900年から続いたイギリスの保護領下においては、イギリス、ドイツなどから、1920年代には日本の和歌山県からも移民を受け入れているが、これまでさほど注目されてこなかった。近年は、フィジーをはじめとする周辺の島嶼国やニュージーランド、オーストラリア、アメリカといった国々からの移民を受け入れている中で、圧倒的に人数が多いのが中国からの移民である。

トンガ政府による人口センサスではエスニック・グループごとの人口が示されているが、全人口100,651人のうちトンガ人およびトンガ系98,455人と大半を占めるが、その他のエスニック・グループではヨーロッパ系251人、フィジー人306人、インド系フィジー人117人、その他太平洋島嶼国系201名、その他アジア系192名といった数字が並ぶなかで、中国人の731人は突出している(Tonga Statistics Department 2019)。この数値に加えて、トンガ人の大家が所有する敷地内に居住しているが故に統計調査から漏れてしまっているケースもあり、正確な数値は明らかになっていないが、統計に表れている人数だけをみても、全人口の98%はトンガ系で、その他の民族的な背景をもつ人びとはわずか2%に満たないなかで、中国人の占める割合はその半数を占めていることから、トンガにおける代表的な移民は中国系の人びとであるといって差し支えないだろう。この統計のなかでもうひとつ特徴的な点は中国人の居住地域分布がトンガタプ島に集中していることである。これは中国人らが営むビジネスによる影響である。全人口の70%が居住するトンガタプ島は最大の国内市場であり、また国外からの輸入品のほとんどがまずここに到着するため、仕入れやすく売りやすいという条件が整っている。

中国本土とのコネクションを活用して、貿易や建設業など様々なビジネスを営む中国系移民にとって、こうした環境はメリットが大きい。

中国系移民のトンガにおける法的なステータスは、すでに帰化をしているか、もしくは事業者や被雇用者としてビジネスビザか労働ビザを取得しているかのどちらかである。都市部で大規模なビジネスを展開する中国系移民はすでにトンガ国籍を取得しているケースが多く、村の小さな店舗を運営する中国系移民はトンガ人のビジネスパートナーを雇用主として労働ビザを取得していることが多い。移住のきっかけは、大規模な中国政府によるプロジェクトのために集められた労働者を除いて、既にトンガにいる親族や友人を頼ってやってくる場合が大半である。

1998年に台湾から中国へ外交関係をスイッチして以来、トンガにおける中国政府および中国系移民の存在感は増加傾向にあるが、トンガ国民の中国系移民に対する負のイメージは根強く、差別意識についても指摘されている(Moala 2020)。そうしたイメージは中国系移民のビジネスに対する姿勢に起因している。朝から晩まで働く彼らの姿は、トンガ人には金に汚くずる賢いと映るようで、そうした話を家庭で聞いて育ったトンガ人の子どもたちも中国系移民に対して横柄な態度で接するようになってしまっている。また、中国系移民によるセンセーショナルな犯罪、中国政府も関与する事業、返済する目処の立たない借款といった記事を扱う現地報道も負のイメージ形成に拍車をかけている。例えば、雑貨店ビジネスは全体の9割が中国系移民によるものになってしまったという報道があり、市場の独占に対する危機感が社会全体で共有されているが、2018年に実施した調査では、トンガタプ島の中国系移民の雑貨店は全体の約65%にとどまっている。実際に都市部に新規開店する大型店舗は中国系移民によるものばかりであったり、トンガ人の店を含めた全国の雑貨店で扱う商品は中国系の卸売業者から仕入れた商品ばかりになっていたりと、イメージを強化するに足る事実はあるものの、実際の数字と比較するとやや過剰なイメージが醸成されている。一方で、中国系移民による雑貨店はトンガ人経営の店舗よりも営業時間の面でも品揃えの面でも安定的に営まれており、トンガ社会においてなくてはならない存在となっている (北原 2023)。

こうした環境下での生活について、中国系移民は概して満足しているという。中国よりものんびりとした土地柄は魅力的で、ビジネスもやりやすいと感じている。国交正常化から四半世紀が経過し、中国系移民の有り様も多様化しており、かつてはビジネスといえば雑貨店経営か中華料理店ばかりだったが、現在では建設、観光、電気、医療など多岐に渡っている。出身地や居住期間も様々で、彼らを一括りで理解することは難しい。トンガ人との婚姻関係やキリスト教教会への所属、また移民第2世代の通う学校などを通じて、地域コミュニティとの交流も生まれつつあり、一般層においては雑貨店や飲食店の店員と客でしかなかったトンガ人と中国系移民の関係性が変化してきているが、差別や負のイメージの問題解決にはさらなる相互理解が求められる。

本稿ではトンガにおける中国系移民の状況について概観してきたが、トンガ・中国関係は国家間においても民間においても話題に事欠かない。今後もその動向を注視していきたい。

 

中国系移民が経営する中規模雑貨店 (2018年 筆者撮影)

引用文献:

(1) Bertram, I. G. and Watters, R. F. (1985). “The MIRAB Economy in South Pacific Microstates.” Pacific Viewpoint 26(3) October, 497-519.

(2) Tonga Statistics Department,(2019).Tonga 2016 Census of Population and Housing Volume 2: Analytical Report.

(3)Moala , Kalafi (2020). “Chinese impact on the ground in Tonga: Part II.” fangongo (https://fangongomediawatch.com/local/chinese-impact-on-the-ground-in-tonga-part-ii/, 最終アクセス日: 2022年1月20日)

(4)Small, Cathy A. and Dixon, David L. (2004). “Tonga: Migration and the Homeland”Migration Policy Institute (https://www.migrationpolicy.org/article/tonga-migration-and-homeland, (最終アクセス日: 2023年12月8日)

(5)Taufatofua , Pita (2011). “TCP/TON/3302: Migration, Remittances and Development Tonga” Food and Agriculture Organization of the United Nations.

(6)北原卓也 (2023). 「中国からの移住先としてのトンガ王国」『移民たちの太平洋ー太平洋諸島をめぐる人の移動と国際制度』黒崎岳大・今泉慎也編, 日本貿易振興機構アジア経済研究所.

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