定説はありません。
早稲田大学の校章は学生の帽章として生まれたものです。校旗は創立30周年の1913年に橘静二の発案、今和次郎のデザインによって誕生しました。
神宮球場で早慶戦の試合開始前から盛り上がる学生たち。残念ながら在学中に東京六大学野球で優勝したのは、この時だけだった。
大正末から昭和初期にかけて、東京の都市風景は大きく変化しました。その象徴のひとつが地下鉄です。「東洋唯一の地下鉄道」は、東京地下鉄道株式会社が地下鉄開業の周知・宣伝のため制作したポスターであり、図案家・杉浦非水による1927年ごろの作品として知られています。
早稲田大学歴史館には、数多くの写真資料も所蔵されています。未公開の資料群から、この記事では1977年9月20日・10月19日に撮影されたとの記載があるキャンパス空撮写真をご紹介します。
早稲田大学歴史館には、数多くの写真資料も所蔵されています。未整理・未公開のネガフィルムから、この記事では1962年4月に撮影されたと推定されるキャンパス風景写真をご紹介します。
早稲田大学歴史館の収蔵庫に保管されていた木製の古いビール箱の中から資料が発見されました。箱の裏面には「昭和二十七年五月八日事件」と記載されており、ニュースフィルムや木片などが収められていました。
早稲田大学歴史館(館長:真辺将之文学学術院教授)は、所蔵する16mmフィルム映像「1956年早稲田祭」をデジタル化し、YouTubeにて全編を公開しました。当該資料は2012年度に稲門シナリオ研究会から寄贈された16ミリ […]
早稲田大学歴史館は、元沖縄県知事で株式会社りゅうせき参与の稲嶺惠一氏に関係する資料を、所蔵資料中に確認しました。発見・検証の経緯および資料の概要と、稲嶺惠一氏からのメッセージをご紹介します。
八重山は、沖縄から南西に広がる石垣島などの島々で構成される地域です。台湾より少し東に位置し、東京から遠く離れていますが、「早稲田のゴッドファーザー」と深い関わりのある場所です。
2024年4月、早稲田大学歴史館(館長:真辺将之文学学術院教授)は、篤志の方より中野正剛筆の書額をご寄贈いただきました。
1889年10月18日に起きた「大隈重信遭難事件」に関係する年史の記述、大隈本人の述懐および歴史館所蔵資料等をご紹介します。
早稲田大学創立の最大の功労者、建学の精神の生みの親小野梓は1885年2月20日の日記に、来訪した「越中の人」の求めに応じて筆を走らせたと書いています。それが、おそらくこの書です。
早稲田大学歴史館アーカイブズは、時代と人々の記憶を伝える資料を保管しています。今回は、1993年7月7日に本学を訪問したクリントン大統領のサイン入り木製椅子をご紹介します。
2023年7月、早稲田大学歴史館は佐瀬雅行氏(公益社団法人日本写真家協会会員、1978年第一文学部卒)より「WASEDA 1974-1977」をご寄贈いただきました。佐瀬氏ご本人からご経歴とご寄贈までの経緯および写真キャ […]
早稲田大学歴史館には、数多くの写真資料も所蔵されています。未公開の資料群から、この記事では1977年9月20日・10月19日に撮影されたとの記載があるキャンパス空撮写真をご紹介します。
早稲田大学歴史館には、数多くの写真資料も所蔵されています。未整理・未公開のネガフィルムから、この記事では1962年4月に撮影されたと推定されるキャンパス風景写真をご紹介します。
早稲田大学歴史館は、歴史資料を収集・整理・保存・公開するアーカイブズであると同時に、教育研究・学生・卒業生の活動に関する展示を行う博物館として、建学以来の個性と越境性を広く世界に発信しています。