サイエンスとフィクションの間 ─ ゴリラ学者が フィールドワークから考える(2025/10/9)レポート(前編) 講演:山極壽一(霊長類学者)
2026.07.09
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「科学と文学」をテーマにした特別講演会の第二弾として、村上春樹さんと親交がある霊長類学者の山極壽一さんを招いた講演会を開催しました。第一部の講演の様子をご紹介します。第二部 小川洋子さんとの対談は後編をご覧ください。
山極さんは講演の冒頭で、「私はこう見えてもサイエンティストです。でも最近、サイエンスはあんまり人気がない。サイエンスは事実を説明するけれど、真実を語らないから」と切り出し、「例えば、人間がいつから言葉を使い始めたのか、化石の舌骨や歯列の形から言葉をあやつる装置が出現した時期はわかっていますが、それだけでは言葉を使っていた証にはならない。真実にはまだ遠い。それがサイエンスなのです」と語り始めました。
人類は700万年前にチンパンジーの共通祖先から分化し、二足で歩行をし始めると、熱帯雨林を離れ、草原へと進出します。直立二足歩行したことによって速力は落ち、木に登る力も失われましたが、自由になった手で食料を運べるという強みがあったといいます。
「類人猿は基本的に食物をみつけると、その場所で食べ、仲間への分配もそこで行います。一方、直立二足歩行を始めた人類は遠いところで採取した食物を仲間のいる安全な場所まで運んで一緒に食べた。これこそ、人間がサバンナで生き延びるための唯一の方策だったに違いありません。そこで芽生えたのは、目の前に見えないものを欲望するという新たな精神性でした。それは、遠くに行った仲間が自分の好きなものを持ち帰るに違いないという期待、そして、自分が食べ物を持ち帰ることを期待して待っている仲間がいるという思いです。こうして人を信頼するという感情が生まれ、新たな物語を作り出すことになったのです」。
「人間の脳の容量は、ゴリラの3倍あるんです」。こう切り出した山極さんは、直立歩行を始めた人間の脳がなぜ発達していったかについて語ります。
「人間は言葉を使ってさまざまなものに名前を付け、それを物語として記憶し、仲間と共有します。そのためには、進化の過程で脳容量を増やす必要があっただろうと、誰もが考えるでしょう。でも、調査の結果、脳容量の増大と言葉の獲得は関係していないことがわかっています」。
なぜ人間の脳は大きくなっていったのか。山極さんは、イギリスの人類学者ロビン・ダンバーの研究成果を紹介しました。
ダンバーは脳の新皮質の比率と各々の種が暮らす集団の大きさを調べ、大きな集団で暮らす種ほど、脳の新皮質比が大きいことを明らかにしました。人間の脳容量がゴリラと同程度だった頃は10~20人で暮らし、200万年前に脳容量が600㏄を超えると、集団は30人規模になった。脳容量と集団サイズは同期して大きくなり、現代人と同じ脳容量に達すると、集団サイズは150人になったそうです。
「この150という数は、非常に面白い数字です。アフリカで私と一緒に仕事をしてくれたピグミーという狩猟採集民など、現代においても食料生産をせず自然の恵みだけに頼って生活している人たちは、約150人の集団で暮らしています」。
さらに興味深いと感じたのは、ダンバーが明示した集団の数とコミュニケーションのタイプが現代にも残っていることだといいます。
「10~15人といえば、サッカーやラグビーなどのスポーツの集団の人数です。練習時には言葉でプレーを解説しているかもしれないが、試合になったら言葉を使う余裕はなく、目配せや身振り手振りだけで、一つの生き物のように群れが動く。いわば、身体を共鳴させてつくる集団で、原則として言葉は要りません。30~50人の集団といえば、学校のクラスの人数で、これも言葉は要りません。毎日顔を合わせているので、各々の顔と性格が一致していて、一人が欠けたらすぐにわかる。誰かが行動を始めると、他の人も追随し、かろうじてその集団は分裂せず一つの行動をとることができます」。
150人という集団サイズについて、ダンバーは社会関係資本だと述べており、山極さんはこの150人を、悩みを抱えたときやトラブルに陥ったときに相談できる相手、信できる仲間の数の上限だと考えているそうです。
「現在、SNSを駆使して仲間を増やしたとしても、おそらく150人を超えることはないでしょう。実際、現代まで狩猟採集生活を続ける人たちは、この150人規模の集団で暮らし、脳容量も変化していない。つまり、言葉は集団サイズを大きくするのには役立たなかったことになります」。
続けて、山極さんは「言葉はなぜ現れたのか」について言及します。
類人猿は生まれつき出せる声が決まっていて、後天的に新たな声を獲得することはありませんが、人間は生後、さまざまな声を出すことを学びながら成長します。
「人間は直立二足歩行を始めたことによって喉頭が下がり、多様な声が出せるようになりました。言葉を使い始めるまで、こうした多様な声を使った音楽的な能力を身に付け、それを使ったコミュニケーションで共感力を高めたのでしょう」。
イギリスの考古学者スティーヴン・ミズンによると、40万年前に現れたネアンデルタール人は言葉を話す身体装置をすべて備えていましたが、現代人のような複雑な言語は使っていなかったそう。しかし、歌や何かを叩いて音を出すパーカッション的なものでリズムを取ることには卓越していたそうです。
「人間はまず、音楽的コミュニケーションによって、サバンナでの食事や子育てなどの共同作業のなかで対面交渉を広げ、そして、他の集団と付き合うために、意味のある言葉を必要としたのでしょう。言葉には重さがないので、どこへでも持歩くことができ、遠くにあって見えないものや過去に起こったことを仲間に伝えられます。そうして人間はさまざまなものに名前を付けて物語をつくり、過去と現在、未来をつないで未来を予測した。さらに、いま、目の前で起こっていないことも想像し、フィクションとして作り上げた。これが文学につながるわけです」。
山極さんはいま、SNSやAIの情報が飛び交う現代社会に危機感に感じているといいます。
「脳は意識と知能を分かちがたく結びつけ、判断力をもたらしてくれる装置です。しかし、意識も身体を持たないAIに我々が考える力を預けてしまうのは危険なこと。我々は直感を働かせて情緒的社会性を育む機会をだんだん見失いつつあります」。
そしていまこそ、哲学者・西田幾多郎が述べた「形なきものの形を見、声なきものの声を聞くという情緒を持つ」という日本人の自然観を見直すべきと主張します。
「科学者が科学的に正しい知識を与えても、問題の解決にはつながりません。それは物語にならないからです」。こう前置きし、山極さんは、イギリスの歴史学者サイモン・シャーマの自説を紹介します。シャーマは『風景と記憶』の中で「我々が見ている風景は、自然である前に文化である」と述べています。
「我々は風景を、想像力を使って物語として感じているわけで、自然をそのまま見ているのではないということです」。
そして、山極さんは人間が言葉を獲得する前に作り出した物語の重要性を強調し、最後にこう語りました。
「文化は人間の心に埋め込まれた価値観であり、それを共有するには物語による共感や共振が不可欠です。科学は共感や共振を簡単にもたらしてくれない。だからこそ、村上春樹さんや小川洋子さんが作り出した物語はみんなの心をとらえるのです。科学的に正しいわけではないけれど、フィクションは何かと響き合っているので、みんなの胸を打つのです」。

山極壽一
理学博士。総合地球環境学研究所所長。ルワンダ共和国カリソケ研究センター客員研究員、日本モンキーセンター研究員、京都大学霊長類研究所助手、京都大学大学院理学研究科教授、同研究科長・理学部長を経て、2020年まで第26代京都大学総長。屋久島で野生ニホンザル、アフリカ各地で野生ゴリラの社会生態学的研究に従事。 日本霊長類学会会長、国際霊長類学会会長、日本学術会議会長などを歴任。 南方熊楠賞、アカデミア賞受賞。『猿声人語』(青土社)、『共感革命- 社交する人類の進化と未来』(河出新書)など著書多数。
【開催概要】
・開催日時:2025年10月9日(木)14時~15時45分
・会場:早稲田大学大隈記念講堂 大講堂
・主催:早稲田大学国際文学館
※募集時の案内はこちら
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