国際シンポジウム 移動する身体――デルリ・ロメロの「移民の顔」と「通過する女たち」における移民の経験の人間化(2026/5/28)レポート

早稲田大学国際文学館 研究助手 佐藤優果

2026年5月28日に国際文学館で開催された移民に関する国際シンポジウム “Bodies in Motion: Humanizing Migrant Journeys in Derli Romero’s Rostros migrantes (Migrant Faces) and Mujeres en tránsito (Women in Transit)”「移動する身体――デルリ・ロメロの「移民の顔」と「通過する女たち」における移民の経験の人間化」では、メキシコ出身のアーティストであるデルリ・ロメロさん、米ニューメキシコ大学でラテンアメリカ文学を教えるキンベリー・ロペスさん、ディスカッサントとしてヒスパニック文化を米マウント・ホリヨーク大学で教えるミーガン・サルツマンさんを迎え、メキシコを通ってアメリカ合衆国へ向かう移民の経験とロメロさんの作品についてお話しいただきました。

当日は、はじめに国際文学館副館長の間藤茂子さんが開幕の言葉を述べました。移民の体験は抽象的なものでも、統計的なものでも政治的な議論でもなく、実在する人々にまさに起きていること。美術作品然とした展示、つまり額縁に入れるのではなく、ロメロさんの作品 を会場に吊り下げ来場者が触れられることは、移民の体験を文字通り感じ取ろうとすること、そうした試みこそが目的だという宣言でシンポジウムは始まりました。

会場に張り巡らされたアートワークは、前日に国際教養学部の学生が中心となって設営したものです。ロペスさんが以前、アメリカで作品に関するシンポジウムを開催したときの動画を参考にし、国際文学館のラボスペースでどのように展示すればよいのか、学生たちがアイディアを出しながら決めていきました。

作品はそれぞれ箱に収められ、すべて違ったかたちを持ち、それぞれに異なる言葉が書かれています。学生たちはひとつひとつの作品を手に取り、語られた移民の経験を読み、どこに吊り下げるかを決めていきます。Rostros migrantes(2019) とMujeres en tránsito(2025)というふたつのプロジェクトの配置のバランスも考え、会場は完成しました。

シンポジウムでは、次にロペスさんによる発表が行われました。まずは移民という事象、アメリカとの歴史的な関係が説明されました。ラテンアメリカの人々が政治的・経済的な理由でアメリカに移住しようとする状況は、アメリカとの関係の中で歴史的に作り出されてきたものだといいます。200年前は、現在アメリカの土地であるとされている場所もメキシコだったという事実があります。さらに、20世紀半ばにアメリカは、メキシコからの移民をブラセロと呼ばれる農業などに従事する短期労働者として積極的に受け入れていました。そして、家族のなかで父や長男だけがアメリカとメキシコを行き来し、母や子どもたちは帯同できませんでした。そうした合法的な労働力としての受け入れの過去を前提として、1970年以降も、経済的・政治的な事情でグアテマラや他の中央アメリカの国から、女性や子どもたちの非正規の移民は増え続けることとなります。また、移民の経験を経た家族の再会は、時として幸せなものになるとも限らないという現実があります。関連する作品として、Sonia Nazario, Enrique’s Journey: The Story of a Boy’s Dangerous Odyssey to Reunite with His Mother (2006)、El Norte (1983)といった作品が紹介されました。現在の状況として、移動中の水を奪うことや、収容施設で両親と子どもを引き離すなどのアメリカ政府による非人道的な移民への行為にも触れられました。

以上の状況を踏まえて、ロペスさんにロメロさんの作品とその制作プロセスについて解説いただきました。ロメロさんの作品、Rostros migrantes (2019) とMujeres en tránsito (2025)はオーラル・ヒストリー、写真、そして版画を組み合わせた作品です。2019年のRostros migrantesでは、中央アメリカや南アメリカからメキシコを経由してアメリカに向かう100人以上の横顔を撮影しました。ロメロさんは移民の古い服を新しいものと交換し、その布を使って横顔をかたどった紙を作り、そこに人々の語りをプリントしました。2025年のMujeres en tránsitoは女性に焦点を当てたプロジェクトです。全身のシルエットに、女性が移動の際に経験する暴力や傷についての語りがプリントされています。どちらの作品においてもロメロさんは移民の声をアートとして表現し、メインストリームのメディアでは埋もれてしまいがちな生きた経験を浮かび上がらせます。発表では、それぞれのリトグラフと木版という制作過程やインタビュー対象者の語りや移動の状況も含んだ映像を紹介いただきました。さらに、子どもの誘拐や移動の過程で人々が手足を失うこと、より良い環境を求める移民が非人道的な状況に置かれてしまうという、現実に起きている事例が挙げられました。

ロペスさんの発表後、サルツマンさんによるコメントの時間が設けられました。サルツマンさんは、あらゆる場所で外国人排斥が高まっていることに警鐘を鳴らし、ラテンアメリカの人々が合法的に移住することの困難さを訴えました。また、移民が直面する暴力は政策のなかで意図的に生み出されているものだと述べ、アシル・ムベンベの「ネクロポリティクス」の概念を参照しながら説明しました。そして、移民たちが語った個人的な経験が、ロメロさんの作品を通して芸術表現として可視化されることで、社会や政治を変化させる力を持つのだと指摘しました。また、こうした作品や知識を学術的な場の内部に留めるのではなく、広く共有していくことの重要性が強調されました。

最後に会場からは、作品制作のプロセスやコンセプトについて多くの質問が寄せられ、活発な対話が行われました。「触れられる」ロメロさんの作品の持つテクスチュアリティによって、シンポジウムの空間そのものが、他者の経験に触れ、対話するための場となっていました。

 


デルリ・ロメロ(Derli Romero)
美術家、版画家、ブックアーティスト。ラ・エスメラルダ国立美術学校で版画を専攻し学士号を取得、グアダラハラ大学で博士号を取得。現在サン・ニコラス・デ・イダルゴ・ミチョアカナ大学ポピュラー美術学部で美術を教えている。作品はメキシコ国内のほか、アメリカ、ロシア、そして日本においても個展・グループ展で発表されており、現在は、中米・南米からメキシコを経由する移民・移住をテーマとした作品制作に取り組んでいる。

キンベリー・ロペス(Kimberle López)
カリフォルニア大学バークレー校で博士号を取得。現在、ニューメキシコ大学スペイン語・ポルトガル語学科准教授。著書にLatin American Novels of the Conquest: Reinventing the New Worldがあり、歴史とフィクションの関係について論じている。研究分野はラテンアメリカ文学における人種、階級、ジェンダーの表象で、特に近年は移民・移住を主な研究テーマとしている。

ミーガン・サルツマン(Megan Saltzman)
マウント・ホリーオウク大学ヒスパニック文化研究コース上級講師、上智大学客員研究員。著書にPublic Everyday Space: Cultural Politics in Neoliberal Barcelonaがある。


【開催概要】
・開催日時:2026年5月28日(木)13時30分~16時
・会場:早稲田大学国際文学館 2階ラボ
・主催:早稲田大学国際文学館
・協力:早稲田大学ラテンアメリカ研究所

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