ライブラリーを、本とめぐるーーアフターダークとファミリーレストラン考
2026.09.25
みなさんは、早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)にこられたことはありますか?
国際文学館に来たことがあるかたもないかたも(あるいはオンラインでも)、本を片手にライブラリーをたのしんでいただけるよう、図書担当オカダがご案内いたします。
今回は、ライブラリーに来たならぜひ読みたい村上春樹作品から。めぐっていくうち、足はなぜか、みんな大好きファミリーレストランへと向かっているかも!?
日常に風を吹き入れるライブラリーへの扉を、ご一緒にひらいていきましょう。
アフターダークとファミリーレストラン考
「いらっしゃいませ、デニーズへようこそ!」
入店すれば聞こえてくる、お決まりのせりふです。村上春樹作品をいくつか読んだことのあるかたには、なんかそういう小説あったような……と思っていただけるかもしれません。ファミリーレストランは、村上さんの物語でなんども登場し、その舞台となっています。洋食文化の流入とともに発展してきたファミリーレストランは、いまや日本特有の文化として海外からの渡航者にも愛され、じっさいファミリーレストランで Murakamiesque(ムラカミっぽい)な雰囲気をたのしむ人も多くいるとか。

デニーズが舞台の村上作品といえば、『アフターダーク』(講談社, 2004)です。文庫本の厚さでいうと、だいたい1㎝。少し長めの中編といったところです(先にお伝えしておかないと、読む気をなくしてしまう場合もあるかもしれませんので、念のため)。村上さんの小説のなかではあまり主張の強くないほうで、読んだことないよというかたも多いかもしれません。けれどもじわじわ良さがやってくる本だと思っています。
深夜 12 時の少し手前。デニーズの店内でひとり本を読む女性・マリと、彼女につかの間かかわる人々を夜明けごろまで追った、それだけの物語——と言ってしまったらあまりに無感動にすぎるかもしれませんが、決定的な破局が訪れるとか、なにかがすぱっと解決するような話ではありません。ただ、ものごとが全体として少し移動するだけ、といった印象でありつつも、不思議な後味を残します。いっぽうでテンポの良い会話が物語をスムーズに運んでくれ、直接的な性描写がないので(舞台のひとつとしてラブホテルはありますが)、そういった表現が苦手なかたでも読んでいただけると思います。カメラ・アイの存在が明確に言及され、映像作品を観ているような錯覚をおぼえるのは、早稲田大学第一文学部(当時)でアメリカ映画をテーマに卒論を書いた村上さんならではでしょうか(映像化されていないのが不思議なくらいです)。読後感は、これぞ村上春樹小説の醍醐味といったおもむきですので、ぜひ一度体感してみてください。1

それにしてもなぜファミリーレストランが小説の舞台として選ばれるのでしょうか?『ファミリーレストラン : 「外食」の近現代史』(今柊二著, 光文社, 2013)では、日本におけるファミリーレストランの原型から、わたしたちが利用する現在のかたちになるまでをたどっています。新書なので手に取りやすく、ファミリーレストランの成り立ちがコンパクトにまとまっていて、多くの人にとっては深く考えずに選ぶ行き先であろうファミレスが、読後はとても興味深いものとして立ち上がってくるのでおすすめです。
ごくかいつまんでいいますと、明治時代にまず鉄道をはじめとした交通網の発達と移動の長時間化が、家の中での食事を駅弁や駅前食堂のかたちで外へとひっぱり出します。続いて「現金掛け値なし」の呉服屋から発展した百貨店(デパート)が、家に閉じ込められていた女性たちの食事を、お買い物のついでに気兼ねなく利用できるデパート食堂と、お子様定食(ランチ)の発明(!)とでひっぱり出すことになりました。その後しばらくの第二次世界大戦の闇を抜けて、戦後とくにアメリカ食の流入を受けながら、いまわたしたちの知る「ファミリーレストラン」へと進んでいった……というのが大まかな流れです。

子どものころ、休日に家族でファミリーレストランに行ったことをよき思い出として残している人もいるのではないでしょうか。明治の、まだ外食が一部の高給取り男性だけのものであったころから、家族と一緒に、という当時では珍しい使いかたをしていたのが文豪・森鷗外でした。作家業と外勤めとで忙しかった鷗外は、日々ほったらかしにしていることの埋め合わせをするかのように、時々は子どもたちを料理店へ連れていってたのしんだという記述があります。おいしい料理に、普段は顔を合わせることすら珍しい父親が少しお酒を飲んで上機嫌な姿も相まって、子どもにとっても美しい思い出になったのでしょう。現代の忙しいママパパの週末せめてもの「家族団欒」的な使い方を鷗外先生は先取りしていたのだな、と鼻の奥がつんとしました。
読み進めていくと、80 年代ごろにコーヒーお代わり無料からのドリンクバーがはじまり、さらに深夜営業する店舗が増えてきたことから、ファミリーレストランは「食べる場所」から「いる場所」に変化してきたとあります。このあたりの使われかたをとらえているのが、『アフターダーク』をはじめとした村上「ファミレス」小説のように思います。都市生活者の孤独が闇夜にぼんやり浮き上がる場所としてのファミレス。エドワード・ホッパーのよく知られた絵画、〈ナイトホークス〉のイメージが浮かびます。『アフターダーク』のマリも、家で原因不明に眠り続ける姉のエリを避けるように、深夜営業のファミレスで夜明かしをしていたのでした。アメリカ文学の影響があり、世界中で共感され読まれていることから、日本的なものとは無縁といわれることも多い村上文学ですが、じつは舞台装置をはじめ多分に日本固有の要素を含んでいて、海外からの村上愛好者にとってはそれが日本への旅をたのしむ手がかりとなっているのかもしれません。

ところで、日本のファミリーレストランのはじまりにおいて、顔といえるのが「ロイヤルホスト」ではないでしょうか。よく見渡すと村上さんの短編にも、控えめにですがその顔を出していることがあります(ご興味あるかたは探してみてくださいね)。東京だとだいたいどの駅を降りてもあるように感じるガストやサイゼリヤなんかと比べると、店舗数はそこまで多くありません。ですが創業以来の食へのこだわりとホスピタリティ、非日常性を失わない経営理念によって、そんな障害も乗り越えて多くの熱狂的ファンがいる、ということがわかるのがこの本。『ロイヤルホストで夜まで語りたい』(朝日新聞出版, 2025)です。フードエッセイストの平野紗季子さんを筆頭に、小説家の朝井リョウさん、柚木麻子さん、カレーやビリヤニの有名店・エリックサウスの稲田俊輔さんなどなど……!!!執筆者が豪華で信頼できすぎて、ロイヤルホストでの外食体験にさらに期待が高まってしまいます。「朝まで」ではなく「夜まで語りたい」なのはきっと、ロイヤルホストが 2017 年までに全店で 24 時間営業を廃止しているから。アフターダークもとい、「ティルダーク」といったところでしょうか。従業員の幸福度も置いてけぼりにしない姿勢へのリスペクトが、本のタイトルにも表れているのだと思います。

夢中で読み返していたら、いつのまにか閉館時間になってしまいました。もう少し読書を続けたいときは、すこし離れているのですが、夕方の散歩もかねて周辺のファミレスに移動してみるのもよいかもしれません。
ライブラリーでするのとはまた、違った読書体験ができそうです。くれぐれも睡眠不足にはご注意を。
それではまた、お会いしましょう。
(国際文学館図書担当 岡田舞衣子)

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