ライブラリーを、本とめぐるーー雑貨と村上春樹と ライブラリーを、本とめぐるーー雑貨と村上春樹と

ライブラリーを、本とめぐるーー雑貨と村上春樹と

みなさんは、早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)にこられたことはありますか?
行ったことあるよ、むしろ毎日通ってコーヒー飲んでるよ!というかた、ありがとうございます。ぜひまたどうぞ。興味はあるけど、遠いから行けない……というか外に出るのがおっくうで、どこにも行けないというかた、心中お察しします。これからの季節、さらにしんどくなりますが、やりすごしていきましょう。
国際文学館に来たことがあるかたもないかたも(あるいはオンラインでも)、本を片手にライブラリーをたのしんでいただけるよう、図書担当オカダがこれからご案内いたします。日常に風を吹き入れるライブラリーへの扉を、ご一緒にひらいていきましょう。


雑貨と村上春樹と

早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)の地下1階には、「村上さんの書斎」があります。といっても、村上春樹さん本人はいませんのでご注意を。こちらは、村上さんのお宅の書斎を、できるかぎり忠実に再現した展示スペースです。

同じく地下1階のカフェ「橙子猫-Orange Cat-」の席に着いて、コーヒー片手にガラスの向こうの「書斎」を眺めていると、飾られている小物たちに目が留まります。カフェ店内のほうも改めてよく見渡してみると、6人掛けの大きなテーブルのわきには、どこかとぼけた表情の羊やかえるの置物が。どれも村上さんご自身がお持ちだったものです。

村上さんは「高度な雑貨感覚」を持っている——そう指摘するのは、西荻窪で雑貨店を営みながら、雑貨とはなにかという問いにラディカルに向き合われている三品輝起さんです。物がその機能性や内容を抜きにして、「かわいい」「素敵」「おしゃれ」といった「雑貨感覚」でとらえられた瞬間それは雑貨になる、そうした「雑貨化」が世界を覆いつつある、ということを『すべての雑貨』(夏葉社, 2017)で三品さんは書いています(本ですら、表紙の見た目や、ずらっと並んでいると「知的」「かっこいい」という観点でディスプレイ要員として使われるときまさに「雑貨化」していると書かれてあり、ひやりとします)。

いまやわたしたちの欲望はインターネットにめぐらされたアルゴリズムによって感化され続け、これいいじゃんめっちゃ欲しい、でも最初に欲しいと思ったのは誰だったのか、思ったのか思わされたのかもわからなくなっている——。そんななかで、しかし三品さんの筆致は、雑貨とそれにまつわることがらひとつひとつに、わたしたちが郷愁や切なさを感じずにはいられない、ということもまた思い出させてくれます。個人的には「ホットポー」という章を読みはじめたとたん、「平成」がこみ上げてくるのを感じました……!引き続き平成リバイバルがさかんなこのごろですが、たまごっちとかシールとかプロフィール帳とか、単なる商品や物に過ぎないとはいえ、当時の空気だったり友達とのやりとりだったり、手に入れるまでの葛藤なんかも含めて、色々な記憶が避けがたくくっついているからこそ、ここまで盛り上がるのではないでしょうか。かつて少年だった三品さんの年月をめぐる、レゴの話もなかなか切ないです。

話は戻って村上さんの「高度な雑貨感覚」ですが、『雑貨の終わり』 (新潮社, 2020)のなかの「ふたりの村上」という章によれば、三品さんは、出版社のウェブページで村上さんの書斎の写真を見たときにそれを感じたとのこと。お部屋はすみずみまでかわいい雑貨であふれていて、「雑貨屋のひとつやふたつを余裕で切り盛りできるくらいの、かなり高度な雑貨感覚の持ち主」1 のようだと語っています。

村上さんのそうした雑貨的一面については、これまであまり語られてこなかったのではないでしょうか? とはいえ、わたしもこの文章を読んだとき、たしかにそう!と膝を打ちました。ライブラリー内の小物も、村上さんの小説にちょくちょく登場して、われわれ読者を親しませもすれば振り回しもする、動物的キャラクターたちを思わせます(羊男をはじめとして、かえるくん、猫のミミ、品川猿、そしてありくい……、挙げればきりがありません)。そういえば、小説『海辺のカフカ』の表紙に使われている印象的な猫の置物と蛇の石がありますが、これも村上さんの私物だそう2。本の表紙にまでなるなんて、村上さんの「雑貨感覚」はやはり売れっ子雑貨店主レベルということでしょうか。

雑貨店は経営しませんでしたが、村上さんはかつてジャズ喫茶を経営していました。『風の歌を聴け』の群像新人文学賞応募原稿は、お店の営業を終えたあと、台所のテーブルで真夜中にこつこつ書きすすめられたもの、というのはよく知られています。2つめの小説『1973年のピンボール』が出版されたあと、32歳のころにお店を人にゆずり渡し、それからは専業の小説家としての一本道を歩まれているわけなので、かつて国分寺に、移転してからは千駄ヶ谷にあったジャズ喫茶「ピーター・キャット」をいまこの目で見ることは残念ながらできません。それでもたとえば、マガジンハウスムック『村上春樹 : 合本』(マガジンハウス, 2022)には1980年当時の千駄ヶ谷での取材記事が再録されていて、木製のアンティーク家具でととのえられ、猫のポスターや置物がさりげなく飾られたお店の雰囲気を、少しばかりうかがうことができます。

じつは当ライブラリーのそこここにも、ピーター・キャットの面影が残されていたりします。P・Cイニシャルがデザインされたオリジナル椅子(レプリカ)や、レコードに押された猫のスタンプ、ライブで使われていたグランドピアノなど。いろいろな場所にあるので、ぜひ探しながらライブラリーをめぐってください。もう存在はしませんが、ずっと昔に(たしかに)あったジャズ喫茶。いまその姿は、限られた書物や、訪れたことのある人の記憶のなかでしか見ることができませんが、それをかたちづくっていたものの一端を、このライブラリーで感じてもらえればうれしく思います。

雑貨といえば、村上さんも自身の「ソウル・ブラザー」3と称するくらい親交が深かった、イラストレーター・安西水丸さんのコレクションもかなりのもの。当ライブラリーのインフォメーションカウンターにも、水丸さんが初めて村上さんの本の装丁を担当した『中国行きのスロウ・ボート』表紙をモチーフにしたスノードーム4を飾っていますが、水丸さんは日本スノードーム協会会長もつとめられたほどのスノードーム・コレクションをお持ちでした。

『ブルーインク・ストーリー : 父・安西水丸のこと』(新潮社, 2021)では、ご息女の安西カオリさんが、幼いころ一緒に水遊びをした海辺から、長じてお酒を一緒に飲みながら、水丸さんのことをごく近い目線で語ってくれています。水丸さんが旅先でよくしていたという青インクの万年筆でのスケッチのように、ブルー一色の本文がとても印象的な一冊。スノードームに限らず、「自分の感覚が反応するもの」をこつこつ買いもとめ、「自分は何が好きかを大切にして」毎日を送っていたという水丸さんですが、そうして集められた雑貨たちの一部を展覧会や書物で垣間見ると、たしかに水丸さんにしか出せない独特なユーモアのある、無二のイラストレーションが想起されます。

安西カオリさんも引用していますが、村上さんの初期作品『羊をめぐる冒険』の登場人物・鼠からの(長い)手紙にはこんな一節があります。

がらくたのひとつひとつをひっぱりだしてほこりを払い、それなりの意味を探し出してやることができる5

村上さんと水丸さんのコンビは、まさしくそれができるタレントを持っていて、ゆえに共鳴するところがあったのかもしれません。

そろそろ閉館時間です。地下1階の書斎に掛けてある和田誠さんとの共作画には、水丸さんのうさぎが手を挙げてあいさつしているのが見えます。
それではまた次の機会に、このライブラリーでお会いしましょう。

(国際文学館図書担当 岡田舞衣子)


1 『雑貨の終わり』p.27
2 『少年カフカ : 村上春樹編集長』村上春樹/著(新潮社, 2003)p.271
3 『うさぎおいしーフランス人 : 村上かるた』村上春樹/著(文藝春秋, 2007)p.4
4 国際文学館では販売しておりません
5 『羊をめぐる冒険』上(講談社文庫)p.141
一緒にライブラリーをめぐった本たち

すべての雑貨

すべての雑貨
三品輝起/著(ちくま文庫, 2023)

雑貨の終わり

雑貨の終わり
三品輝起/著(新潮社, 2020)

村上春樹:合本:読む。聴く。観る。集める。食べる。飲む。そして、思う。

村上春樹:合本:
読む。聴く。観る。集める。食べる。飲む。そして、思う。
(マガジンハウスムック, 2022)

ブルーインク・ストーリー:父・安西水丸のこと

ブルーインク・ストーリー:父・安西水丸のこと
安西カオリ/著(新潮社, 2021)

羊をめぐる冒険 上

羊をめぐる冒険 上
村上春樹/著(講談社文庫, 2004)
Cover illustration ©Maki Sasaki

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