“Letters from the Haruki Murakami Library”―謝曉虹 (Dorothy TSE Hiu Hung)日本語版 “Letters from the Haruki Murakami Library”―謝曉虹 (Dorothy TSE Hiu Hung)日本語版

“Letters from the Haruki Murakami Library”―謝曉虹 (Dorothy TSE Hiu Hung)日本語版

“Letters from the Haruki Murakami Library” は「早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)を訪れて、だれかにお手紙を書くとしたら?」という発想で、国際文学館に滞在いただいた方に執筆いただくシリーズ企画です。
「国際文学館翻訳プロジェクト」で2026年5月に当館に滞在いただいた、香港で活動する作家の謝曉虹 (Dorothy TSE Hiu Hung)さんに英語で手紙を書いていただきました。

本ページでは、日本語版を公開しています。(翻訳:小磯洋光)
原文(英語とあわせてお楽しみください。


親愛なるS/Hへ

この手紙を書いている今、あなたはもう、あの壁の向こうにいませんが、あなたに言葉を届けるには今もこの方法しかないということにさせてください。

正直に言えば、あの数年間に手紙を書いたのは、大切なことを伝えたかったからではありません。そうせずにはいられなかったのです。手紙は一枚残らず、誰だかわからない者に厳しくチェックされなければならないことを、私たちはよくわかっていました。どこまでなら書けるのか、そのぎりぎりの線を探らなければなりませんでした。書かれた言葉より、手紙を書く手間の方が大切でした。便箋を買いに行ってから、一画、また一画と文字を記しながら、かつてあなたが綴っていたあの重みのある動きに匹敵させようと努める。それから郵便局まで歩き、投函し、返事を待つ。そうして初めて、言葉はそのくびきから自由になれたのです。そこに何が書かれていたにせよ、伝えたかったことは、封筒をポストに落とすその手がすでに伝えていたのです。

今私たちは、何千、何万という言葉が生産される、巨大な工場の中で暮らしています。私は偽りなく綴る手の動きを失いたくありません。言葉には人を壁の向こうに運ぶ力がある、と自分が信じていることを忘れたくありません。

*

招かれたのは3月でした。村上春樹ライブラリーでの二週間のライター・イン・レジデンスに参加しないかと。そのとき、早稲田大学の中にありながら一般の人にもすっかり開かれているその場所を、あなたなら気に入るだろうと思いました。

ここはガラス張りになっているせいで、すべてが見通せるように感じられます。正面玄関の外や階段のトンネルのようなデザインは、どんな場所にも隠された空間があることを思い出させます。そして、割れた卵の殻のような形をした、すっぽり包み込んでやさしく抱いてくれるあの読書用の椅子を好きにならない人がいるでしょうか。

一階ではジャズが途切れることなく流れ、地下には学生たちが運営する「橙子猫」というカフェがありました。その日の午後、私は季節のお茶とプレーン・ドーナツを注文しました。甘いものはそれほど好きではありませんが、村上春樹の図書館でドーナツを目にして、どうして我慢できるでしょう。カウンターの女の子に、「村上ドーナツ」を知っているかと尋ねると、きれいなまつ毛に縁取られた目が一瞬きょとんとしていました。

村上春樹の物語の、「ドーナツ化」した登場人物たちのことを、あなたはよく知っていますよね。魂が目を覚まして、人生の真ん中にぽっかり空いた穴しか見えなくなったら、こちら側へ連れ戻すには、パン屋を襲いたいという暗い衝動に従うしかありません。私はトレーを手に取り、向かいに誰もいない席に座りました。そこでドーナツをかじりながら、一人で静かに笑いました——本によって結ばれた秘密結社の仲間たちが交わす笑いです。

かつてハンナ・アーレントは、私たちが共有する世界を一つのテーブルにたとえました。その世界は、一人ひとりの違いが生む距離の中で息づき、人々が立ち上がり本当に思っていることを語るのに必要な愛と勇気によってひとつにつなぎとめられている、と彼女は言いました。しかし、人々が顔を見せられなくなったら、世界はどうなるでしょうか。私はブルーノ・シュルツのことを考えます。彼は配給のパンを抱えたままゲシュタポに射殺されました。彼にもテーブルをめぐる独自のまなざしがありました——本によって結ばれた世界とは、そのテーブルの下でこっそり手を握り合うようなものなのだとシュルツは書いています。

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村上春樹ライブラリーとは、村上春樹だけをめぐる場ではありません。彼はもちろん作家ですが、英語を日本語へ移す仕事に長年身を捧げてもきました。ここには作家だけでなく、それ以上に、さまざまな国の日本語翻訳者たちがレジデンスに招かれています。だからこそ、この建物の正式名称は「国際文学館」なのであり、だからこそ、ここで出会う人たちには私を惹きつける独特の雰囲気があるのです。翻訳者たちは、言語の境界を越え、その境界そのものを少しずつ動かしていく存在です。あるいは、こう尋ねるべきかもしれません。翻訳者が壁を乗り越えることを好む人々でないなら、いったい何でしょう、と。

公開朗読会の準備として、ホスト役の方が、私の短編「Chewing on Words(言葉を嚙む:邦訳題「字を口にする」)」の日本語訳を用意しましょうかと提案してくれました。こうして、二十年近く前に書き、自分でも忘れかけていた作品が、ひとつの都市がいかに分断され、誰の声が失われるかを予見するものとして、再び私に会いに来ることになったのです。その物語は、故郷から訪ねてきた旧友のように、発せられることなく口に残された言葉を、少しずつ、嚙むごとに薄れていく味を分かち合ってくれました。

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ライブラリーにレジデントとして滞在するとは、どういうことなのでしょうか。私はゲストハウスに部屋を用意してもらい、館内には広い机が二つある研究室を与えられました。しかし、何より大きな意味があったのは、入館カードです。それがあれば、一般の人は立ち入れない階まで行くことができ、消灯後の建物にも影のように出入りできました。誰もいない通路で宙返りをしたり、踊りながら歩くこともできましたし、閉店前にカウンターを拭いているカフェのスタッフに手を振り、地下の隠れた扉から外へ出て、屋外のテーブルで黙ってスマートフォンを眺めていた学生を驚かせる——そんなこともできました。

そうこうするうちに、夕食の時間になりました。何人かの友人たちと、五月とはいえまだ冷える東京の街を歩き、居酒屋にたどり着きました。私と一緒にいた三人も、今回の滞在の「国際的」な雰囲気をそのまま引き継ぐような顔ぶれでした。東京に暮らしながら、作品を英語でしか書かない日本人詩人のY。幼いころ、家族とともに中国本土からアメリカへ移り、今回日本を訪れていた詩人のC。そしてもう一人は、アメリカ出身で、今は香港に暮らす詩人のJ。そう、三人とも詩人で、小説家は私だけ。

Yはビールを飲みはじめると、村上春樹の話を始めました。

「それで、あなたは村上春樹ライブラリーのレジデントなわけだけど、村上さんに会えると思う? あそこで仕事をしていたら、彼がふらりと現れたりしてさ」

「さあ、どうだろう。案外、あり得るかもね」と私は肩をすくめて答えました。

「そもそも、彼は何をしにライブラリーへ来るだろう?」とJが言いました。「きみは小説家なんだから、彼が来る動機を考えてみなよ」

「つまり、私が彼自身のライブラリーで村上春樹にどう出会うかをみんなで考えようってことね?」

話は決まりました。私は詩人たちから突きつけられた挑戦を受けて立ったのです。

*

急に、Mの胸にある思いが湧き上がった。彼はあの声をどうしても聴きたくなったのだ。かつて自分のバー「ピーター・キャット」に置かれ、今はライブラリーの地下にあるカフェの片隅に置かれたグランドピアノの声を。大学の構内に入り、大きなガラス越しに中を覗けば、静かにたたずむその姿を見ることができた。けれど、その日の午後には大学のジャズクラブの学生たちが演奏することを、Mは知っていた。若者の指が、その古い黒のヤマハから、もう一度音楽を引き出すのだ。

Mは、人が大勢いる場所が好きではなかった。何度も人前に立ってきたが、皆の視線を一身に浴びることに、どうしてもなじめなかった。それに、ひとたび自分の存在に気づかれると、落ち着いて音楽を楽しむことなんてできない。それでもMは、Tシャツにカジュアルなズボンという格好になり、コーヒーとドーナツを買おうと思い立ち、気がつくと大学構内へ足を踏み入れていた。まず目に入ったのは、コントラバスやトランペット、サックスを大事そうに抱える演奏者たちの後ろ姿と、その前に座る観客だった。笑みを浮かべている人もいれば、口を開けて見入っている人もいる。さらに歩いていくと、自分のピアノと、それを弾く若者の横顔が見えた。大きなガラスの向こうで繰り広げられる彼らの演奏は、まるで無言劇のようだった。

Mは財布に入れた入館カードのことを思い出した。ライブラリーの開館日に、館長が彼の手に押し込むようにして渡したものだ。使うことなどないだろうと思っていたが、今、そのカードを隠し扉にかざすと、ランプが赤く点滅し、錠がカチッと開いた。そこから中へ入ると、カフェのレジの脇に出た。音楽は聞こえてきたが、ピアノの音はかすかで、ほかの楽器の音の合間からわずかに聞こえるだけだった。ハンドドリップでコーヒーを淹れている人は作業に没頭し、飲み物を待つ人たちは皆、反対側にいる演奏者たちに目を向けていた。

Mが入ってきたことに誰も気づかなかった。彼は扉のそばのエレベーターに乗り込み、縦長の鏡に映った自分の姿を見て、思わず笑みを浮かべた。しかし、音楽はどこで聴くのが一番いいだろう。Mはセンサーにカードをかざすと、操作盤のボタンをすべて押した。

エレベーターの扉は、開いては閉じ、また開いては閉じた。Mは、本がずらりと並ぶ階や、明かりが消え誰もいない研究室を目にしたが、その場から動かなかった。やがてエレベーターは、屋上階の下にある五階で止まった。また下の階へ運ばれるのだろうか、とMは思ったが、ボタンには触れなかった。ただ白い箱の中にいて、何が起こるかじっとしていた。すると、箱がまた動きはじめた。四階、三階、二階。歯車がかみ合うような、乾いたカチカチという音が聞こえた。「2」のランプが消えても、ほかのどのランプも点灯しなかった。

扉が開くと、出口が小さくなっているように思えた。エレベーターの扉には変わったところはなかったが、外へ出ようとすると、細くなっていくトンネルの中へ進んでいくように感じられた。Mは屈み、歩き方を変えなければならなかった。扉を通り抜けたのかどうか、わからなかった。体がすっかり小さくなったように感じられ、低い天井と、スニーカーの下の木の床板とのあいだに挟まれている気がした。床は薄く、かすかに、規則正しく震えていた——まさか、音楽のせいなのか。まるで鼓膜のように振動していたのだ。建物そのものの耳の中へ入り込んでしまったのだろうか。それでも、Mはうれしかった。ちょうどピアノのソロに間に合ったからだ。あの古いピアノの声を、これほど間近に感じたことはない、と思った。

一方、Dはその日、あまり順調ではなかった。午後の大半を四階の机で過ごし、画面の鈍い光を顔に浴びながら、物語の登場人物にどんな帽子をかぶせたらいいかといった程度のことに悩みつづけていた。やがて、部屋を出て演奏の最後のほうだけでも聴きに行くことにした。

しかし、館内に一基しかないエレベーターの様子が変だった。壁に並んだ階数表示が、ひとつも点灯していない。Dは何度もボタンを押し、じゅうぶんすぎるほど待ったが、エレベーターが動き出す気配はなかった。そこで、これまで使う必要のなかった階段へ向かった。まずはどこにあるのか探さないといけなかった。階ごとに、思いもよらない場所に隠されていた。ある階では、彼女には読めないいろんな言語の本が並ぶ本棚の裏にあった。別の階では、羊男の絵で覆われた壁に見せかけた、取っ手のないパネルを押さなければ見つけられなかった。そうこうするうちに、Dは自分がどの階にいるのかすっかりわからなくなり、そもそも地下へ近づいているのかどうかさえわからなくなった。

やがてDは、肌色の扉にたどり着いた。見たところはごく普通の扉だったが、大きさはほかの扉のせいぜい半分ほどしかない。開けるべきか迷ったが、開けることにした。中をのぞくと、空間が奇妙にねじれているように見え、めまいがした。いちばん奥に男の姿が見え、その男はひとりでほほえんでいた。その異様な光景に、Dはぎょっとした。レジデンシーの期間が終わる前に追い出されたくなかったので、男に気づかれる前に、慌てて扉を閉めた。

あとになってDは、あの午後に一つだけよかったことがあるとすれば、それはピアノの音だと思った。しかし同時に、地下で観客に交ざって拍手をしていたとき、頭上の天井から、かすかに一定の反響が返ってくるように感じられたことも覚えていた。

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Cが私たちの物語遊びを子どもじみていると思ったのかどうかは、わかりません。彼女は仲間に入らなかったからです。ただ、壁にまつわる別の話を聞かせてくれました。

Cは、カリフォルニア州エンジェル島に残された詩を調査していると言いました。それは二十世紀前半、島に留められ入国許可を待っていた移民たちが、悲しみと苦難のなかで壁に刻んだ詩です。島を通過した数十万人のうち、およそ三分の一が中国人で、彼らは古典的な形式で書かれた数多くの詩を残していました。

島の収容施設は木造でした。名を残すこともできなかった人々が壁に刻んだ詩は、かつて入国管理官によって、ペンキやパテを上から塗られました。消す行為だったにもかかわらず、結果として、それが詩を保存することになったのです。しかし、建物が取り壊される直前の一九七〇年、懐中電灯を手にしてそこへ入った公園管理官がいなければ、これらの言葉は発見されないままだったかもしれません。その発見を機に、詩を保存し、翻訳し、研究する取り組みが始まったのです。

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今度あなたに会ったら、東京で村上春樹さんにお会いしたときのことを話します。

いいえ、あのライブラリーの秘密の通路での出会いのことではありません。でも、私たちの世界に隠れたトンネルがなかったなら、どうして私は、柴田元幸さん、米田雅早さん、及川茜さんのような、私の言葉を別の時間、別の場所へと運んでくれた翻訳者たちと知り合うことができたでしょう。そして、そのようなトンネルがなければ、どうして私は村上さんとテーブルを挟んで向かい合うことができたでしょう。そのときに私は、村上さんが二〇〇九年にエルサレム賞を受賞した際、卵と高い壁について語った言葉に、感謝を伝えることができました——かつて私たちが受け止め、しっかりと心に留めていた、あの言葉に。

 

謝曉虹 (Dorothy TSE Hiu Hung)

香港在住の作家。作品に『好黑』 (So Black) 、『無遮鬼』 (Ghost in the Umbrella) などがある。批評・翻訳にも携わり、香港の文芸誌『字花』(Fleurs des lettres)創刊者の一人。香港書獎、香港中文文學雙年獎、臺灣聯合文學小說新人獎などを受賞。英訳短篇集Snow and Shadow(Nicky Harman訳)が合衆国の最優秀翻訳図書賞(the Best Translated Book Award)選考候補作に。第一長篇『鷹頭貓與音樂箱女孩』のNatascha Bruceによる英訳(Owlish)が全米批評家協会グレッグ・バリオス翻訳書賞(the National Book Critics Circle Gregg Barrios Book in Translation Prize)最終候補作。最新長篇『逝水流城』(City Like Water、同じくNatascha Bruce英訳)がイギリスPEN賞受賞。

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