巽孝之氏 講演会 「アメリカ文学史と大統領」(2025/7/4)レポート
2026.06.23
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国際文学館では2025年7月4日に慶應義塾大学文学部名誉教授/慶應義塾ニューヨーク学院長の巽孝之さんによる講演会「アメリカ文学史と大統領」が行われました。1993年の『メタフィクションの謀略』(筑摩書房)から 1995年の『ニュー・アメリカニズム』(青土社)、そして2023年の『アメリカ文学と大統領』(南雲堂)に至るまでアメリカ文学史と大統領について一貫して考えてこられた巽さんに、両者の密接な関係をアメリカ合衆国の独立記念日にお話していただきました。
まず、2000年代初頭や現在の状況にあって、アメリカをなぜ研究するのかと度々問いかけられるというご自身の経験を踏まえながら、民主主義と帝国主義という矛盾した側面をあらわすアメリカという国の研究対象としての特徴を切り口として講演を始められました。講演のテーマにあたるアメリカ文学と大統領を語るときに欠かせないリンカーンは演劇人であり、シェイクスピアを愛読し、同時代の作家ハーマン・メルヴィル『白鯨』を読む文学人でした。しかし、リンカーンだけがとりわけ文学好きの大統領だったわけではありません。アメリカという国は歴代大統領により、文学的想像力というナラティブによってまとめられ、大統領演説が文学史の教科書に収録されることもあるほど特殊性を持っていると巽さんは指摘します。そしてジェファソン、リンカーン、ケネディ、オバマといった大統領たちにまつわる文学的想像力に満ちた瞬間を説明されました。
次にトランプ大統領が第一期で批判されるたびごとに言い逃れとして用いた「魔女狩り」という言葉が、土地の奪い合いという点ではセイラムの魔女狩りとかえって共鳴している─魔女狩りは心霊現象ではなく不動産問題に起因していたため─という現代的なトピックから、大統領の起源とも言えるアメリカの植民地時代の総督についても触れられました。そして、巽さんの著書『パラノイドの帝国─アメリカ文学精神史講義』(大修館書店)で扱ったアメリカ大統領におけるパラノイド的伝統へと話が進みます。巽さんは、自分が国家ぐるみの虚構に騙されているのではないかという陰謀妄想が広がると文学作品が開拓されるということもあると指摘し、ケネディ暗殺からウォーターゲート事件、そして“The Hoax War”(イラクが大量破壊兵器を隠蔽しているといった言いがかりに基づく「でっちあげの戦争」)としてのイラク戦争といった例を挙げられました。トランプ大統領がメキシコとアメリカの国境に壁を作ろうと企図していることもまた、文学的想像力と連動しているのではないかと、ボーダー・ナラティブ(国境危機物語)について説明いただきました。最新の巽さん監修の『映画で読み解く現代アメリカ2─トランプ・バイデンの時代』(明石書店)にもあるように、作家コーマック・マッカーシーをはじめとして、さまざまな映画監督によるボーダー・ナラティブは北米自由貿易協定(NAFTA) による新自由主義の拡大が階級格差や国際格差を助長していったことが背景にあると詳説していただきました。
さらに、今日のように現実が虚構や想像力に浸出してきてしまったことを鑑みるとき、巽さんがもっとも想像力を持った作家のひとりであると考えるスティーヴ・エリクソンの重要性に触れられました。エリクソンは、最新長編Shadowbahn(未邦訳)において同時多発テロで無くなってしまったツインタワービルが2010年代のサウス・ダコタに忽然と現れるというもうひとつのアメリカ史を想像しました。また、日記においてもその力を遺憾なく発揮し、The American Stutter(未邦訳)においては、トランプ大統領のアメリカ議会襲撃事件が自身の想像力を凌駕するほど衝撃的だったため小説が書けなくなったと告白するまでに至ったことのように、アメリカの大統領は文学に大きく影響を及ぼしてきたといいます。このエリクソンのそれ自体ショッキングな告白は、昨今ではスティーヴン・キングやJ・K・ローリングといった現代を代表する人気作家たちが口を揃えて「自分の作品における一番の悪役でもトランプには敵わない」と吐露してきたこととも、連動するでしょう。加えて、フランクリン・デラノ・ローズヴェルト大統領の失策とも言われる日系強制収容所は現代においてもジェシカ・マーフィー・ムー執筆、ジャック・パーラ作曲のオペラ「An American Dream」、宮内悠介『カブールの園』(文藝春秋)といった文学を生みだし、フィリップ・ロス、フィリップ・K・ディックらアメリカの作家陣も建国以来最長任期をつとめたローズヴェルト大統領を分岐点として文学的想像力を働かせたことを指摘されました。
最後に、巽さんが監訳されたブルース・J・シュルマン著『アメリカ70年代─激動する文化・社会・政治』(北村礼子訳、国書刊行会)でも言及されているように、70年代から21世紀初頭にかけて、アメリカが南部化しているのではないかというトピックで締め括られました。その後、フロアからたくさんの質問を受け、アメリカ社会と歴史についてさらに詳しくご説明いただき、講演会は盛況のうちに幕を閉じました。多くの来場者が集まり、アメリカ社会や文学・文化について理解を深める機会となりました。

巽孝之
コーネル大学大学院博士課程修了(Ph.D,1987年)。慶應義塾大学文学部名誉教授/慶應義塾ニューヨーク学院長。アメリカ文学思想史・批評理論専攻。The Journal of Transnational American Studies編集委員。主な著書に『サイバーパンク・アメリカ』(勁草書房、1988年度日米友好基金アメリカ研究図書賞)、『ニュー・アメリカニズム』(青土社、1995年度福沢賞; 増補新版 2005年)、『リンカーンの世紀』(青土社 2002年、増補新版 2013年)、『パラノイドの帝国』(大修館書店、2018年)Full Metal Apache: Transactions between Cyberpunk Japan and Avant-Pop America (Durham: Duke UP, 2006, The 2010 IAFA [International Association for the Fantastic in the Arts] Distinguished Scholarship Award)ほか多数。
【開催概要】
・開催日時:2025年7月4日(金)18時30分~20時
・会場:早稲田大学国際文学館 地下1階
・主催:早稲田大学国際文学館
※募集時の案内はこちら
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