【Translators Talk】「翻訳と創作 二人のローレル・テイラー?」(2025/12/3) レポート
2026.03.09
- 文化
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東京大学大学院人文社会系研究科博士課程 テイバー・ジェイムソン
2025年12月3日、早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)にて、トークイベント「翻訳と創作 二人のローレル・テイラー?」が開かれました。テイラーさんはコロラド州デンバー大学で教える傍ら文芸翻訳と執筆活動を同時に進め、藤野可織、川上未映子、バチェラー八重子、松田青子など数多くの文芸作品の翻訳に携わりながら、2024年に日本語の詩集『Human 構造』をも発表しました。本イベントは柴田元幸さんを司会にそんな多才なテイラーさんを迎え、翻訳家と創作家のその両側面を捉えようとしました。
トークは翻訳の文化的役割や日英翻訳の近況から、創作と翻訳の関係や母語の外での詩作過程まで多岐に亘り、その間に二人による日英朗読と質疑応答の時間が二回ずつ挟まれました。

「私にとって全てが翻訳」と語るテイラーさんは、創作と翻訳の間にはっきりと境界線を引くというより、創造力と忠実性という二極の間に執筆のグラデーションを見出すといいます。その考え方も、明治の翻訳文学を扱った柴田さんの授業で「翻訳者と作者の作業が分けられていなかった」時代に触れ、特に坪内逍遙の複数のシェイクスピア訳のクリエイティビティに感銘を受けた経験から継続するものでした。
観客からの質問も交えた翻訳談話では、日本の女性作家が多く訳される近年の動向について両名が見解を述べました。テイラーさんは「いやらしさ」を売りにした過去のオリエンタリズム的受容を一極に、現在は他方で日本文学から「癒し」を求める二極的な傾向が形成したと指摘しました。日本文学の英訳の表紙を飾るものとして、多く見られてきたアジア人女性の写真の他に、新たな選択肢として「猫」が登場したことがこの傾向を象徴していると説明しました。
柴田さんは「リアリズムの重み」を尺度に時代の変化を語り、「現実をがっしり捉える」描写力を競い合う時代から、「日常生活のすぐ後ろに」ある神話的・幻想的・暴力的な世界を描いた文学が求められる時代へ変わったこと、そしてそれが女性の書く文学に色濃く現れているという解釈を提示しました。

こうした知見交換の合間、特段会場を賑わしたのは、テイラーさん、柴田さんによる日英並行朗読でした。練習を重ねた舞台役者のように交互にセリフを応酬させた二人の朗読は、だんだんと調子づいて国際文学館全体の感興を催しました。
最初に読み上げられたのは藤野可織の「鍵」(“The Key”)とそのテイラー訳。テイラーさんは世界の不気味、暴力、そしてあり得たかもしれない現実を描く藤野の文学に魅力を感じたといいます。「鍵」でテイラーさんが特に印象的に思った「遠い時間」の感覚は、藤野の「ぼんやりしてしまう」を「I grew distant」とした訳文に反映されていました。特に小説がうまく伝えるとテイラーさんがいう時間の感覚を、柴田さんは時間の逆戻りで爆撃の悲惨さを訴えるSlaughterhouse Fiveなどの戦争文学と結びつけました。
イベント後半にはSawako Nakayasu(中保佐和子)の詩“Ant as a Glass of Water”「コップ一杯分の水としての蟻」の日英朗読が披露されました。詩の独自な言語感覚が場を愉快にし、創造的な翻訳者でありながら詩人でもあるテイラーさんの詩作の話題へ繋がりました。


柴田さん曰く「日本語を気持ちよく壊す人」であるテイラーさんの詩は、言語の姿と構造を見つめる、翻訳の核となる<凝視>を原動力に持ちます。knowなど英語で黙字として残る「k」と「美しい」でなくなった「美しき」の「き」に共通する音便変化で失われたk音や、日本語の「心臓」と「こころ」(心理)が英語では共通して「heart」と表すことなど、言語の形の不自然さを源に、詩の文面に創造力の水飛沫が舞います。
詩作は、初めは英語から日本語への翻訳過程で成立したが、自らの声に慣れて最初から日本語で書くことになったとテイラーさんは語ります。以下のような文章に、言語の境目から日本語を凝視する独自の創造力から生み出されたものが窺われます。
「Cの詩ハープを監視して私を視よ。」 (「家庭管理」)
「私の命は単なる科学の結果ではなく「る」が「た」になる前の妙なスペースにもあるよう」 (「細胞記憶」)
「ダメな心臓をとり出してもダメなこころはいつづけて、見ず知らず人にもらった中古心臓を毒してしまう」 (「細胞記憶」)
ローレル・テイラー著『Human構造』より
こうした詩の創作には翻訳経験の影響を受けており、母語の外に出ることで、言語の「当たり前」により見えなくされていた不自然さに気付くようになったとテイラーさんは語ります。その「当たり前」をどれくらい「壊す」かは文章の種類によりますが、初訳の際には作者の代弁者として忠実性を重んじます。しかし既に翻訳がある作品の場合はより自由な翻訳行為が許され、それ以上に「自分の頭の中の翻訳」である詩作はより実験的なものとなります。実験的な翻訳の魅力をテイラーさんに示してくれたのは、翻訳ワークショップで指導を受けた中保さんだったといいます。
詩作と文芸翻訳の繋がりを問われたテイラーさんのキーワードが「声」でした。翻訳の指針は人物の声を捉えることであり、進行中の川上未映子著『黄色い家』英訳の手法の一つとして、「訳文にどうしても‟She would not say that”と感じるものを取り除くこと」をテイラーさんは紹介しました。また、翻訳・詩作を通じて友人・編集者・家族の助言に頼り、それが複数の「声」として翻訳の文章に反映されているといいます。透明な翻訳を目指すより、再訳を複数の角度からテクストを多面的に映す水晶に喩えるテイラーさんの翻訳家としての価値観には、その詩「凝視」に見る光の屈折という独創的なイメージが連呼していました。忠実な日英翻訳者、実験的な詩人という「二人のローレル・テイラー」の連続性を、こういうところに見出せるのではないでしょうか。
質疑応答では、AIの発展と執筆や翻訳の関係、講師として詩や翻訳を教えるときの指導方針に触れました。テイラーさんはこれらの問題に対して、AIを使用禁止ではなく報告義務事項にしている現実的な教育者でありながら、本物の創造力は人間からしか生まれないという強い信念を持った芸術家でもある二側面を示しました。
活発な質疑応答で幕を下ろしたイベントの終了後も、観客は列をなしテイラーさんに個人的な交流を求めました。翻訳家のプロフェッショナルの知見を尋ねる者、詩集を手にサインを求める者と様々で、両方のローレル・テイラーの魅力が観客に届いたことが目に見えました。

ローレル・テイラー
米国コロラド州生まれ。現在翻訳家、作家、デンバー大学で日本語・日本文学の専任講師として勤務。アイオワ大学修士課程修了(文学翻訳)、ワシントン大学セントルイス博士課程修了(日本文学・比較文学)。バチェラー八重子、松田青子、藤野可織、瀬尾まいこ、様々な作品を英訳。川上未映子の『黄色い家』(Knopf)の由尾瞳と共訳が2026年3月出版。詩集『Human構造』(七月堂)2024年出版。
【開催概要】
・開催日時:2025年12月3日(水)18時30分~20時
・会場:早稲田大学国際文学館 地下1階
・主催:早稲田大学国際文学館
※募集時の案内はこちら
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